情報収集
「ぐはっ!」
小汚い格好の男が俺の蹴りを食らって悶絶しながら吹っ飛んでいった。
その横には男の仲間二人がすでに気を失って倒れている。
「だから、俺は質問してるだけだろ? あんたらが二日前、路地裏で女の子を襲おうとしたのは、誰かの指示か? って」
「し、知らない! あれはケビンが思い付きでやろうって言っただけで、誰かの指示なんかじゃねぇんだ!」
ケビンというのは隣で寝ている男のどちらかだろう。まあ嘘を言っている感じではない。
最初からそう答えてくれれば良かったのに、と思いながら俺はかゆくもない頭をかく。
いきなり襲い掛かってくるからつい反撃してしまったが、最初の二人に関しては加減が分からず少しやり過ぎてしまったようで、残りの一人にはかなり怯えられているようだ。
まあ殺気のないノーラの威嚇射撃にびびって逃げ出すような連中だから、それは仕方がないのだろうけど。
「そうか。まあたぶんそうだろうとは思ってたけど……ああ、悪かったなあんたら。これで美味い酒でも飲んでくれ」
俺はそう言って銀貨を一枚男に投げて渡すと、そのまま振り返って裏路地から大通りを目指して歩き出す。
男は何が起きたのか分からないといった表情で何かを言いたそうにしていたが、結局俺の背中に声がかかることはなかった。
大通りに出た俺は、そのまま急いで待ち合わせの場所に向かう。少し約束の時間を過ぎてしまっていた。
「お、来たようじゃな」
「悪い、遅くなった」
「シンが時間に遅れるなんて珍しいから、何かあったのかって心配しちゃったわよ」
「見ての通り何もない。ちょっと情報収集に熱が入っただけだ」
すでに待ち合わせ場所に来ていた二人に俺は謝る。
俺たちはノーラを助けるために、まずは時間を定めて手分けして情報収集をしていたのだった。
「まずは俺から。どうやらクロネッカーとその部下である親衛隊の騎士十数名は、俺たちがヴェリステルに到着する前にすでにこの街に来ていたらしい。目的も探ってみたが、親衛隊内の情報統制が完璧なのか、こっちは全然ダメだった。ただクロネッカーはたびたびこうしてヴェリステルに、親衛隊を連れて訪れることがあるということは分かった。ああ、あと二日前にノーラを襲おうとした連中はやっぱり関係なかった」
俺は特に伝手などもなかったので、商人から物を買ったついでに話をしたり、冒険者同士で情報交換をするような形で情報を探った。
最後の情報は特に探るつもりはなかったが、たまたま顔を見かけてしまったので、本人らに直接尋ねてみた結果分かったことだ。
まあクロネッカーはその辺のゴロツキに安易に情報を漏らしたり、雑な仕事を頼んだりするような人間ではないということが分かっただけでも良しとしよう。
噂を聞く限り、クロネッカーはかなりの切れ者で、用心深く猜疑心の強い性格をしているらしい。
賢い敵というのは厄介ではあるが、目的や思考が読みやすいという意味ではありがたかったりもする。
少なくとも何をしでかすか分からない馬鹿よりかは、ずっとましだろう。
「次は私ね。私は親衛隊の連中が利用した酒場の給仕や、その酒宴を盛り上げるために呼ばれた踊り子や楽師仲間に色々訊いてみたんだけど、シンの言う通りで親衛隊内の情報統制はかなりしっかりしているみたいだったわ。というか、クロネッカーの目的の詳細はどうやら親衛隊にも知らされていないみたい。そんな中で一つだけ分かったのは、クロネッカーは親衛隊隊長のベアトリスだけを連れて、いつも魔法ギルドを訪れているらしいってこと」
「魔法ギルド?」
「そう。でもそれ以上のことは親衛隊ですら知らないみたい。魔法ギルド側に訊けたら話は早いんだけど……」
「まあ無理じゃろうな」
「……だな」
ステラの言葉に、クリスと俺は同じような反応を返す。
クロネッカーとの会合は、魔法ギルドにとっても重大な機密なはずだ。ただでさえ秘密主義っぽい魔法ギルドが、それこそ俺たちなんかに簡単に情報を漏らすはずもない。
特にあのミレイっていうギルドマスターはかなりの曲者だった。あの人から情報を引き出すのはさすがに現実的ではないし、かといって下の人間がそんな重要な情報を握っているはずもない。
「最後は儂じゃな。儂はノーラがどこに連行されたのかを知るために、ユーニス教会の施設を一通り探ってきた。結果から言えば、ノーラが今いるのは騎士団の詰め所となっている大きな建物のようじゃ。明らかに平時より見張りが強化されておったからのう」
「そこって正面から乗り込んで何とかなりそうか?」
「残念じゃが、それはあらゆる意味でオススメ出来んのう。イニスカルラほどの規模ではないがヴェリステルにも常駐している騎士が五百人以上おるし、親衛隊、特に人類最強の一角とも謳われるベアトリスまでおるとなれば、儂らが乗り込んで生きて帰るのは至難じゃ。それにユーニス教会に正面から敵対すれば、仮にノーラを連れ出せても世界的に指名手配されるのは確実。どこにも逃げ場がなくなる時点で救出は失敗じゃろうな」
まあ確かに、ノーラが今と同じ平穏な研究生活が送れなくなるのでは、彼女を本当の意味で助けたとは言い難いだろう。体の自由だけ取り戻せばそれでいい訳ではないのだ。
何にせよノーラの状況が全く分からないのが問題だ。もしかしたらノーラは何もせずとも数日で開放されるのかも知れないのに、俺たちが変なことをしたせいで無駄に大事になってしまう場合だって想像できる。
とりあえずそんな感じで俺たちの集めた情報は出揃ったが、正直なところ充分な情報が集まったとは言い難かった。かと言ってこれ以上情報収集に情報を割いても、何か決定的な情報が得られるようにも思えない。
そんな風に俺たちが、次の行動に悩んでいると、不意に背後から声がかかる。
「……どうやら、お困りのようですね」
俺は慌てて声をかけてきた女性の方を振り向くが、その顔に見覚えはない。
しかしクリスはその女性を知っていたようで、驚愕したような顔でその女性の名前を呼んだ。
「ヴェロニカ! 何故おぬしがここに!?」
「ヴェロニカ? ……ってことは、この人が」
俺はクリスから話だけ聞かされていた人物。
まだクリスが魔族の国で暮らしていた頃クリスに仕えていたという従者。それがヴェロニカという女性だった。




