ステラの魔法
「シン……今のは、どういう理屈……?」
「あー、じゃあ一応説明しておくか」
ノーラが興味深々と言った感じで尋ねてきたので、俺は自分がやろうとしたことを説明することにした。
そもそもの話、非魔法適正者と言ってもマナの影響を受けないわけではない。マナを無効化しているのではなく、ただ認識出来ないだけだ。
だから普通に考えれば、マナが集まったとき特有の温かさ――熱の影響だって、マナを扱えない人間にも当然あるはずだった。ただ単に、マナが集まっているから温かいのだと、そう思わないだけで。
だから俺はステラの視覚を塞ぎ、感覚を制限することで触覚の方に意識を集中させれば、マナの存在を感じ取りやすくなるのではないかと考えた。
ちなみにマナを塗るという行為自体には、それほど意味があるわけでもなかった。どうやらマナは肌に塗ったところで、そのほとんどは空気中に発散してしまうようだ。
ただそれでもわずかに残滓のようなものが、ステラの皮膚上に残っていたりもした。
そのことが俺たちには分かるが、ステラの感覚だけが分からない。
だから俺は、そんなステラの感覚を騙すことにした。
ステラの右手に手を近づけると宣言して、俺は実際には何もしない。そして何もしていないけど、どんな感じかとステラに尋ねてみた。
すると右手の感覚に集中してたステラは、そこにほんのりと温かさを感じたと答えた。
「俺の手は実際には近づいていないのに、ステラはそこに温かさを感じたという。それはつまり、ステラの体がマナの存在を認識したということだろ?」
「なるほどのう、それで目隠しが必要じゃったのか」
「人の感覚そのものを騙す……面白い考え……」
「まあ成功する保証はなかったし、誰にでも通じるやり方かは分からないけどな」
実際この特訓は失敗しても特に失うものはないからやってみただけだ。それにこの感覚を騙すという方法も、踊り子としてステラが培ってきた人並外れた集中力があってこそ成立したのかも知れない。
「それで、このほわほわとしてるマナは、この後どうしたらいいの?」
ステラがそう尋ねる。
普通ならこのまま術式を教えて、その術式に沿ってマナを走らせ変換すれば魔法は発動する。
けれど俺がクリスに教わった術式だと、まず自分の体内にあるマナを呼び水とする形で周囲のマナを集めていた。それが一番簡単で効率もいいからだ。
ただステラにはその呼び水となる体内のマナがない。俺やクリスの術式ではおそらくステラは魔法を扱うことは出来ないだろう
もちろん普段の術式を少し弄れば発動自体は出来るかも知れないが、ただでさえ体内にマナを持たないハンデがあるステラに、そんな非効率的で最適化されていない術式を教えてしまえば、当然ながら体に大きな負担をかけてしまう。
「ノーラ、悪いけどステラに簡単な術式を教えてもらえないか?」
「ん、最初からそのつもり……」
そう言ってノーラは早速ステラに術式をレクチャーしていく。
最初は戸惑っていたステラだったが、どうやらかなり飲み込みが早いようで、すぐにいくつかの魔法を発動させていた。
「あ、出来た」
「……ステラも、属性魔法は全般的に不得手……例外的に風だけは、少し使える……」
ノーラはそうして次々にステラの適正を測っていく。
どうやらステラもノーラと同じく、攻撃などによく使われる属性魔法は得意ではないらしい。唯一使えるらしい風に関しても、並みの術者以下の適正だという。
あとは治癒魔法や感知魔法などもあまり得意ではないようだ。まあ俺よりはマシなようだけど。
そんな風に色々と調べていくステラが得意とする魔法が見つかる。それが強化魔法だった。
「その中でも、ステラは特に精神強化が、得意みたい……」
「精神強化? ……ってどんなの?」
「集中力強化や士気高揚といったものが主じゃのう。あとは魅了、混乱、恐慌などの直接精神に働きかけてくる類の魔法に対しての耐性を強化したりじゃな」
「うーん、なんだか地味ね」
「じゃがパーティーの総崩れを防ぐという面では、思いのほか重要な役割を果たすことが多いのう」
確かに戦闘中に冷静さを失ったら大きな被害につながるだろう。クリスの言う通り精神を強く持つというのは生き残る上で重要な事柄に違いない。
それにステラは一応身体能力強化もそれなりに出来るようで、使い方次第では色々なことが出来そうだった。
「でも一応これで少しは、シンやクリスの役に立てるかも知れないのよね?」
「それは間違いないな」
「うむ。特に身体能力強化はステラ自身の身を守ることにも役に立つじゃろう」
「……分かった、頑張って練習してみるわ」
ステラはそんな風に、前向きな決意を言葉にした。
そんなステラを見たノーラが、ぽつりと漏らすように呟く。
「ステラが、他人を信頼してるのは、珍しい……」
「そうね……でも二人は私の恩人だから、特別なの」
「ん、分かった……それなら、私も二人を信頼することにする……」
ノーラはそんな風に、俺たちのことを信頼すると突然宣言した。
初対面では怪しまれて銃を向けられたことを考えると、かなりの進歩な気もする。
そんなこんなでとりあえずは話が終わり、ノーラは依頼で納品した水を急いで解析しなければならないらしいので、また近いうちに再会することを約束しつつ、俺たちも今日のところはこのあたりでノーラの家から立ち去ることにした。




