明確な弱点
「よし。準備はいいか、クリス?」
「うむ。いつでもよいぞ」
配置についたクリスはすでに準備万端のようで、いつでも作戦を実行できるようだ。
俺たちは一直線に亀の魔物を見据えるが、現状動く気配はない。近寄ればさっきのように魔法で攻撃してくるのだろうけど、どうやらあの魔物の魔法はここまで届かないようだ。
防御の一点に特化した能力が目立ってこそいるものの、少し冷静に観察すればあの魔物の弱点は簡単に見抜けてしまう。
確かに防御面だけでみればあの魔物はドラゴンとも遜色ない強さを誇るのかも知れないが、機動力もなければ扱う魔法もストーンブラストやアースグレイブといった初歩的なものばかり。
その魔法もクリスが扱うような極まった初級魔法ではなく、俺が扱う平凡な魔法と変わらない威力と精度なのだから、正直言って大した脅威ではない。射程距離もさほど長くないし、二人抱えながらでも余裕で回避できる程度のものだった。
魔法の扱い方からして知能はそれなりにありそうだけれど、そもそもの扱える魔法という手札が弱すぎたら工夫の余地だってあまりないだろう。
そんなわけで正面から戦えばその防御力は厄介だけれど、言ってしまえばそれだけの魔物でしかないのだった。
「じゃあやってくれ」
俺がそう言うと、次の瞬間クリスは杖を構えて集中する。そして――。
「氷撃――『アイスジャベリン』」
さっきは無詠唱で発動した魔法を、今回は詠唱しながら丁寧にマナを注ぎ込んで発動させる。
そうしてクリスの頭上に現れた氷の槍は、さきほどのそれと比べて軽く三倍以上の大きさをしていた。
――となれば、たぶん威力は三倍どころじゃ済まないだろう。
そんな一撃必殺の強力無比な魔法を、クリスは安全圏でこれ以上ない準備をしてから、動かない亀の魔物に目掛けて放つ。
放たれた巨大な氷の槍は真っすぐに綺麗な軌道を描き、すぐに魔物の展開する魔法障壁に衝突するが、それを一瞬にして貫通し、そのまま魔物を消し飛ばした。
そんな風に俺たちと魔物の戦いは、本当に拍子抜けするくらい簡単に終わったのだった。
「うーむ、久々に全力であの魔法を放ったが、やはり爽快じゃのう!」
クリスは満足気な表情を浮かべてこちらに向き直りながらそう言った。
大魔法でも何でも準備する余裕があったのに、最初に一回防がれた魔法をあえて選んでリベンジを果たすあたりに、クリスの負けず嫌いな性格がこれでもかと出ていた。
まあ俺がクリスの立場でもきっとそうしていただろうけど。
俺たちは頑固で負けず嫌いなところは共通している。そしておそらくはステラもそうに違いない。
「それにしてもあの魔物、普通の冒険者だったら逃げる以外に手立てはなさそうだったわね」
「そうだな。俺たちにはクリスがいたけど、魔物の射程外から魔法障壁ごと撃ち抜くなんて芸当、並みの魔法使いには無理だろうし」
「つまりこの依頼がCランクに設定されておったのは、それくらいの実力があれば何かあっても安全に逃げられる、という意味なのじゃろうな」
まあ実際、普通の冒険者だったらわざわざリスクを冒してまで、依頼対象でもない魔物と戦うようなことはしないだろう。
今回の依頼のランクはそうした冒険者の合理的判断が依頼の前提となっていたことは間違いない。
ただそうすると、気になるのは一点。
「ということは依頼者のノーラやその依頼をCランクに認定した冒険者ギルドは、あの魔物の出現を知っていたってことにならないか?」
「そうじゃのう。そうでなければ本来安全な川での水の採取依頼なんぞ、Cランクになるはずがないのじゃから」
Cランク依頼相当の報酬を用意したノーラと、その依頼をCランクに認定した冒険者ギルド。
両者はきっと、この魔物かはともかく、同等の危険な魔物の出現をあらかじめ知っていたのだろう。
「なあクリス、魔物が発生する原理ってこの世界では解明されているのか?」
「いや、まだまだ謎だらけじゃ。分かっておるのはマナの多いところには魔物が発生しやすいという程度じゃのう」
だとするとノーラと冒険者ギルドは、まだ解明されていない魔物の発生原理に関して、世間よりも一歩進んだ情報を持っている可能性がある。
まあだからって何か問題があるかといえば別にそういうわけでもないのだけれど、ただノーラという子の謎が深まったのは確かだ。
だからそれまではステラの旧友というか家族のような存在ということで、ステラと久しぶりに会わせるために彼女を探していたけれど、俺個人としても少しだけノーラという子に興味が湧いてきたのは事実だった。
「まあいいか。ここで考えていても仕方ないし、とりあえず一旦ヴェリステルに戻ろう」
そうして俺たちは川沿いの道を伝って、ヴェリステルに向かって歩きだした。




