鉄壁
クリスは無詠唱で巨大な氷の槍を作り出すと、それをそのまま川の中にいる亀の魔物に放つ。
確かあれはアイスジャベリンという魔法で、威力と貫通力は抜群だが、分かりやすい直線的な軌道で避けられやすいという欠点があるから、クリスはあまり使わないと言っていた魔法だ。
しかし今回の魔物のような、機動力の低い相手にはこれ以上なく効果的な魔法でもある。
一応は初級魔法だが、魔族としてのマナを扱う今のクリスなら、大魔法にも劣らない威力を発揮するだろう。
さすがに鎧で覆われた堅そうな外見の魔物でも、そのクリスの魔法を食らってはひとたまりもない――はずだった。
しかしクリスの魔法は魔物に届く直前で、突然発生した光の壁によって阻まれてしまう。
「なっ、あれってまさか」
「魔法障壁、じゃと!?」
それはドラゴンのような高位の魔物でなければ持っていないとされる、常時発動型の特殊な防御魔法だ。
あの魔物がドラゴンと同等の強さということはさすがにあり得ないが、少なくとも防御力に関してはそれに劣らないのかも知れない。
さすがにあの魔物が魔法障壁を持っていることは、俺もクリスも想定外だった。
「じゃが、今の儂ならその程度……っ!」
クリスは魔法障壁に阻まれた氷の槍に、更なる魔力を注ぎ込もうとする。確かに魔族のマナを扱える今のクリスならあの魔法障壁も貫くことが出来るのだろう。
しかしそれと同じタイミングで、魔物も魔法を発動させようと術式を起動していた。
――この状況はまずい。そう俺の戦闘勘が告げてくる。
「クリス! こだわるな!」
そう言って俺はクリスに一旦仕切りなおすように指示を出すが、魔法の操作に集中しているのかクリスは動こうとしなかった。
こうなったら仕方ない。俺はクリスに駆け寄って、クリスを小脇に抱えると即座にその場を離脱することにした。
「ふわっ、な、何じゃ?」
困惑したような声を上げるクリス。珍しい反応だけれど、そんなことを気にしている余裕はない。
次の瞬間には元いた場所に無数の石のつぶてが降り注いでいた。そして二の矢、三の矢とばかりに逃げる俺たちの方に魔法が襲い掛かってくる。
俺はそれを回避しながらそのままステラの方に向かい、反対の腕でステラも抱きかかえる。
ステラは最初からそれを予想していたようで、完全に俺に体を預けてくれたのが本当に助かった。
そのまま一旦安全圏まで離脱し、二人を下ろしてから俺は口を開く。
「二人とも、大丈夫か?」
「私は何ともないけど、クリスは?」
「儂も大丈夫じゃ」
「なら良かった……けどさっきのはクリスらしくなかったが、どうかしたのか?」
「すまぬのじゃ。おぬしに良い所を見せようと、少し功を焦ってのう……」
「良い所って、クリスはいつも大活躍だろう?」
クリスは突然、変なことを言い出す。
もしかしてクリスは分かっていないのだろうか。俺が普段どれだけクリスに助けられているのかを。
でも確かに、今までのドラゴンやグランドイーターなどとの大きな戦闘では全部、俺がとどめの一撃を入れて良い所どりをしていたのも事実だ。
だから実力に確かな自信がありプライドも高いクリスは、対等の立場である俺と同等の戦果を挙げたいと、無意識のうちに張り合ってしまったのかも知れない。
意外と子供っぽい考え方だけれど、俺とクリスは似た者同士なので、クリスの心は何となく分かる気がした。
「まあでも、そうだな。見た感じ今回の魔物はクリスにとどめを担当してもらうのが最善だろうし、せっかくだからクリスの良い所を見せてもらうとするか」
実際のところ俺がとどめを担当するとして、魔物の魔法攻撃に対処しながら、あの足場で近づいて魔法障壁と魔物の防御力を上回る一撃を入れるというのは、出来なくはないだろうけどかなりに苦労するのは間違いない。
あの魔物は鉄壁の防御と魔法による砲撃で守りを固めた堅牢な城塞そのものだった。しかもご丁寧に城の周りには堀の役目を果たす川まで流れているのだから、これは攻城戦と言い換えても間違いではないだろう。
だとすれば、俺が元いた世界の攻城戦で近接武器の歩兵が活躍したのははるか昔の話だ。
確か近代戦ではカノン砲や榴弾砲といった、いわゆる大砲が主役になっていたはずだ。
そしてこの世界で大砲といえば、それは魔法使いのことを指す。
俺の魔法が明らかに威力不足である以上、今回の戦いの主役はクリスが務めるしかない。
そうした状況を考慮して俺が考えた作戦を二人に話すと、それを聞いたクリスは満足そうに笑いながら口を開いた。
「確かに言われてみればこれこそが最善という作戦じゃが、まさかおぬしがこんな作戦を立てるとはのう」
「本当に、お人よしのくせに意外と抜け目ないというか何というか」
褒められているのか呆れられているのか微妙なラインだが、まあ褒められていると思うことにしよう。
何にせよ、この作戦はきっと上手くいくだろう。
そしてそれは実にあっけなく、それこそ拍子抜けするくらい、簡単に終わるに違いなかった。




