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懸念

 翌朝、俺たちは目的地のヴェリステルに向かって出発することになった。

 ヴェリステルまでは結構な距離があるので、一般的には商業ギルドによって運行されている複数台の大型馬車からなる「定期便」を使って移動する場合がほとんどらしい。


 しかしこれはイニスカルラ・ヴェリステル間では月に二往復しかなく、それもつい先日出たばかりなので次の便は約二週間後だと言われた。


 一応冒険者ギルドで依頼を見て、馬車持ちの行商人がヴェリステルまで護衛を募集してないかも確認したが、当然そんな都合のいい依頼も見当たらない。


 ちなみに月二往復の定期便というのは、この世界ではかなり交通の便がいい方らしい。

 というかそもそもこの世界の人々の大多数は、そこまで時間に追われるような生き方をしていないようだ。

 定期便が二週間後なら二週間待てばいい。それがこの世界の普通の考え方だった。


 俺たちもそんなに急ぐ理由があるわけでもないし、イニスカルラだって隅々まで見て回ったわけじゃないから、二週間ほど冒険者ギルドで依頼を受けながら滞在してもいい。


 そこに関してはクリスとステラは俺に判断を委ねてきたが、俺は少し考えて結局ヴェリステルに向かうことを決定した。


 そこでクリスが確認するように俺たちに言う。


「徒歩となると、一週間弱はかかるのう。結構な長旅になるが、平気か?」

「私は長旅も慣れているから大丈夫よ」

「俺は長旅の経験なんて全くないから大丈夫だ」

「……全く根拠になってないんだけど」

「シンのそれはいつものことじゃ……まあ確認するまでも無い話じゃったな」


 長旅の経験はないが体力的には問題ないはずだ。渡り人としての力のおかげで今の俺は、クリスを背負って歩こうがステラを抱いて走ろうが魔物と全力で戦おうが、ほとんど息が切れた覚えすらない。

 多分クリスやステラより体力はあるし、何だったらヴェリステルまで全力で走れば二日くらいでたどり着ける気さえする。


 何にせよ俺たちのパーティーなら、体力的には長旅だって特に問題はないだろう。

 ……いや待てよ?


「というかそもそもクリスは大丈夫なのか?」


 いつも頼りになるから忘れていたけど、クリスはそもそも見た目からして十二歳程度の少女だ。歩幅だって小さいし、その体には長旅に耐えられる体力はあるのだろうか。


「うむ。今回の旅で一番足を引っ張るのは間違いなく儂じゃろう」

「駄目じゃねぇか!」

「こればかりは未成熟な身体の限界じゃな」

「それで何で胸張ってドヤ顔するんだよ?」

「というわけで、いざというときはシンに背負ってもらうつもりじゃから、よろしく頼むのじゃ!」

「……まあいいけどな」


 とはいえ基本的には休憩を増やして、ゆっくりとした旅を想定した方が良さそうだ。

 ということで準備として買い込む物資も少し多めに余裕を持たせておくことにする。


 ちなみに俺たちの場合、俺とクリスは水を魔法で出せるので、本当に最低限の準備なら日持ちのする食料だけ買い込んでおけばいい。


「そうじゃ、そういえばさっき冒険者ギルドで恒常依頼を見てみたんじゃが、少し気になる依頼があってのう」

「恒常依頼?」

「うむ。恒常依頼というのは主にギルド自体が発注している依頼じゃ。この依頼は冒険者も受注する必要がなく、最初に依頼を達成した冒険者に報酬が支払われることになる。言ってしまえば早いもの勝ちの依頼じゃ。まあ実際は誰も依頼をこなそうとせず、恒常的に残り続けてしまう依頼も少なくないのじゃがな」

「いつでも誰でもこなしていい早いもの勝ちの依頼か、なるほど。で、その恒常依頼がどうしたんだ?」

「どうやら儂らの進路となる東の地帯に、盗賊団が出没しておるらしい」

「盗賊団?」


 クリスによると、その盗賊団は十人程度の小規模ながら、Dランク付近の冒険者崩れが集まっていてなかなかに厄介な集団なのだという。


「というかそれだと、俺たちより先に定期便が狙われてそうだな」

「いや、それは無いと思うわ」


 俺の思い付きの言葉に、ステラがそう反応する。

 踊り子の仕事の移動で定期便をよく利用していたステラによると、定期便は商業ギルドが護衛にかなり力を入れているらしい。おそらく人を安い運賃で運ぶのはついでであり、商業ギルドにとって重要な荷物を運ぶのが本来の目的なのだろう。


 確実に荷物を運ぶためには多くの護衛を雇いたいが、そうすると費用が掛かる。

 だからこそその護衛の費用を捻出するために人の輸送を始めた、という背景がどうやらあるようだ。


「イニスカルラからの便なら、確かユーニス教会騎士団も護衛に協力しているはずよ」


 ユーニス教会騎士団というのはユーニス教会が抱える一大戦力だ。世界各地の教会に騎士と呼ばれる教会の武装兵が常駐しており、それら全てを集めると大国の軍隊にも匹敵する兵力になるとまで言われているらしい。


 そしてユーニス教の聖地であるイニスカルラには、当然ながらそんなユーニス教会騎士団における最高の戦力が揃っている。


「ユーニス教会騎士団は装備の質が良く、騎士の練度も高いと言われておる。盗賊が相当馬鹿でもない限り、そんな連中が守る定期便には手を出さんじゃろう……が、ただの冒険者である儂ら相手となれば別じゃ」

「確実に俺たちは盗賊団に狙われる、と。……でもそれがそんなに問題か?」


 Dランク付近の冒険者崩れが十人程度。実力的には俺とクリスの敵ではないはずだ。


「実力で言えば何も問題はあるまい。じゃが儂が懸念しておるのは、おぬしのことじゃ」

「俺?」


 一体何をクリスは気にしているのだろうか。少し考えを巡らせるが特に思い至らない。


 そうしてクリスが指摘した問題は、俺がいずれぶち当たると分かっていながらも、無意識のうちに目をそらし続けたものに違いなかった。


「おぬしは……人間を殺せるか?」

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