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格好つけ

「ふむ。その状況で結局二人は何もせんかったのか……つまらぬのう」


 クリスはそう言いながら、街で買ってきた饅頭のようなお菓子を頬張る。

 お土産として俺たちの分も買ってあったので、俺もそれを食べる。もちっとした食感とほどよい自然な甘みが特徴的。クリスのおすすめというだけあって美味しい。


 というかクリスって料理の腕も確かだし、結構食べ物にこだわりがあるような気がする。

 前にこの宿に泊まったときにフルーツの盛り合わせを食べていたのも、この宿の食堂が出す微妙な味の飯を回避するためだったのだろうし。


「何もって……もぐもぐ……私たちの間に、何かなんて起こるはずないじゃない」

「果たしてそうじゃろうか……もぐもぐ」

「俺はノーコメントで……もぐもぐ」


 お菓子が美味いので話の進みも遅い。

 ちなみに今の話題は風呂場で俺とステラが二人きりになった件だ。


 風呂から二人で部屋に戻る途中で、ちょうど買い出しから帰ってきたクリスにばったりと会ってしまった。

 状況からして二人とも風呂に入っていたことは明らかで、しかも貸し切りだったことまでステラがあっさりと口を滑らした。


 それを聞いたクリスがニヤリといやらしい笑いを浮かべた後の流れは、たぶん簡単に想像がつくだろう。


 とまあ、そんな感じでクリスからいじられながら根掘り葉掘りと話を聞かれて現在に至っている。


「というかクリスはどうなのよ」

「ん、儂?」

「クリスだってシンと一緒にお風呂入ったんでしょ?」

「ふむ……シンが混浴に困惑しておったり、儂の方を見るときも目のやり場に困っておったのは見てて面白かったのう。別に儂の体なんぞ魅力もないじゃろうにな?」

「俺に同意を求めるなよ」

「……やっぱりそうだったのね」

「でステラは何に気づいた? 言ってみろ、たぶん怒るけど」

「シンって小さい女の子が――」

「違う」


 絶対言うと思ったが案の定だ。


「じゃあどうしてシンは私のときだけ平気だったの? 意識はしたって言ってたけど、目のやり場に困ったりなんてしてなかったでしょ? むしろあちこち見てたって言ってたし」

「いや、それは……」


 俺が答えに窮していると、それを見たクリスがニヤニヤしながら俺の代わりに答えた。


「平気だったのではなく、平気な振りをしておったのじゃよな?」


 平気な振りというのは、まさしくそのとおりだった。

 というかそれが見抜けているということは、クリスは最初から俺の動揺や葛藤を心の中で察していたということだ。


 相部屋でドキドキしていた俺の健全な男子の心を、クリスは理解した上で配慮してくれていたに違いない。

 俺はあのとき平気な顔でクリスのパンツが見えそうなことを指摘したりしたけど、つまりあれが平気な振りだってバレていたという話になる。


 うわ、やばい。超恥ずかしい。


「そういうわけじゃからステラ。シンはおぬしの体にも本当は興味津々だったはずじゃ」

「それはそれで嬉しいような何か違うような複雑な気持ちになるんだけど……」

「そうじゃな……言ってしまえば、シンは格好つけなのじゃ」

「ああ、確かに! たまに言い回しとかわざとらしかったりするし」

「え、俺ってそんな風に思われてたの?」

「うむ」

「うん」


 二人の声が揃う。ちょっと心にダメージ。

 そんなこんなでクリスのお土産のお菓子を食べ終えたところでその話も自然に終わる。


「そうだステラ、俺たちの次の目的地はヴェリステルってところになったんだけど」

「あ、ヴェリステルに行くんだ……って当たり前よね、イニスカルラから東にあるどの国に行こうとしたって絶対に通る街だし」


 ステラの言う通り、地理的には確かに他の街に向かうのは考えにくい状況だった。

 西は俺とクリスが出会った森があり、それを越えた先は亜人種や魔族などが多く住む地域が広がっている。

 北はラドーム村までは行ったが、その北には険しい山岳が広がっていて、それを越えるには相応の準備が必要だった。

 南西の半島は砂漠が広がっていて北同様、周到な準備が求められる。


 もちろん北も南西も行こうと思えば行けないことはないが、わざわざ険しい道を選ぶ理由も現状は特にない。


 その点東のヴェリステルに向かう道は特に難所もなく、何よりこの世界の文化の中心ということもあって、旅の目的地とするにはうってつけだった。

 ちなみにヴェリステルの東は様々な国の土地が広がっている。


「ステラはヴェリステルに何か思い入れがあるのか?」


 俺はステラがヴェリステルと聞いて、一瞬喜んだテンションになったのを見逃さなかった。


「うん。ヴェリステルには孤児院時代の知り合いがいるの。二つ下の賢い女の子の話、覚えてる?」

「ああ。泣き虫だったステラの頭をなでてくれてたとかいう」

「そう。五歳で学術ギルドに引き取られた、百年に一人の天才学者」


 ああなるほど。アウルの言っていたヴェリステルは世界中から優秀な頭脳を集めているという話はここに繋がるのか。


「前に話を聞いたときにも思ったのじゃが、そやつは相当に優秀なのじゃろうな」

「優秀なんてものじゃないわ。例えば私は踊り子の中では現在トップに位置してるけど、歴史上となれば私より優れた踊り子なんていっぱいいる。けれどあの子の場合、歴史上を探してみてもその頭脳に匹敵する人間なんて見つからないとまで言われているの」

「それは何というか、とんでもないな」


 一体どんな子なのだろう。全く想像がつかない。


 何にせよ、楽しみが増えた。その女の子も気になるし、旧知の知り合いと再会したステラがどんな反応をするのかも見てみたいところだ。

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