保留
俺は何のためにこの世界に渡ってきたのか。
以前考えたときには、もう一度人生をやり直すため、そのチャンスをもらったのだと思った。
けれど、今の俺が持っている力は、俺が想像していたよりもずっと強大だった。
これほどの力は、一体何のために必要だったのだろうか。
魔物が生息するこの世界を生き抜くため、というには少々過大だろう。
そもそもこの力は誰に与えられたものなのか。
クリスは確か、渡り人は世界を渡るときに知識や技能を得るのだと言っていたが、世界を渡るだけで自然と知識や技能が手に入るというのは変ではないだろうか。
それよりは、世界を渡る段階で何者かが、何らかの意図をもって力を与えたと考えた方がしっくり来る気がする。
……といっても、こんなのはただの推測でしかない。
何の確証もない妄想だ。大体、何者かって誰だ? 何らかの意図って何だ?
そんなものを仮定していいならもはや何でもありだ。
そもそも世界を渡るなんていう常識では考えられない事態について、理屈だけで考えることに無理があった。
理屈と膏薬はどこへでも付く。考えを巡らせるだけならいくらでも出来るが、それが結論にたどり着くことはきっとない。
だから一人で考えることは止めることにする。
……まあでも、暇つぶしの話のネタくらいにはしてもいいだろう。
「なあクリス、聞いてもいいか?」
「んー? ……渡り人について、かのう?」
クリスは完全にお見通しだった。本当に何でだろうな、そんなに顔に出しているつもりはないのだけど。
まあ何にせよ俺はクリスと賭け事だけはやらない方が無難だろう。
「俺って、この世界で何をすればいいと思う?」
「おぬしはそれを探すために旅をしておるのじゃろう?」
「まあそうなんだけどさ、例えばだよ。過去にいた渡り人たちは、大抵は何かしら歴史に名を残すくらいに、大それたことをやったわけだろ?」
「確かにそのとおりじゃ。しかし、だからと言っておぬしがその力を使って、何かを為さなければならないということにはならん。おぬしはおぬしらしく、自由に生きれば良いのじゃ」
「自由、ねぇ……」
自由にしていいと言われると、逆に何をすればいいのか困ってしまう。
よくよく考えてみると、俺は本当の意味での自由というものに触れるのは人生で初めてなのかも知れない。
元の世界にいた頃は何をする場合でも、まず指針となる選択肢が与えられていた。あったのは選択の自由だ。
先人を参考にしながら、比較検討して自分に合った道を選ぶ。それが俺の元の世界での生き方だった。
レールの敷かれた人生、なんて言われ方をすることもあったが、俺はそのことにそれほど悪い印象は持っていなかった。
けれど今の状況は選択肢すら存在しないレベルの自由っぷりだった。何なら選択肢すらも自分で作れと言わんばかりだ。
まあこの状況もそんなに嫌いじゃないが、いきなりのことなので何をするべきなのか迷うというのが正直なところだった。
「……とはいえ遠からず、おぬしは否応なしに巻き込まれることになると思うがの」
「巻き込まれる? 何に?」
「それは分からん。じゃが、この世界にはこういう言葉がある――渡り人あるところに波乱あり、とな」
「波乱?」
「時代が大きく変わる節目にこそ、渡り人は現れるということじゃ。まあそれでなくとも、おぬしほどの実力者を世間が放っておくはずもない。今後も冒険者を続けていくなら、数か月としないうちにおぬしの実力は周囲に知れるじゃろう」
そうすれば面倒事の方から俺のところにやってくるようになる。
もちろん全ての面倒事に関わる必要はない。選択の自由は俺にあるだろうし、何なら選択しない自由すらある。
「もちろん、今後おぬしが自分の力をひた隠しにして生きていくというのであれば、儂も協力してやらんでもないが」
「いや、それはいいよ」
異世界に来てまで、周囲の目を気にして窮屈に生きるつもりは無い。
とりあえず分かったのは、今あれこれと考えても何も意味がないということだ。
だとするなら、今の段階から困っていても仕方がない。困ってから困るべきなのだ。
「よし、決めた」
「ん、何を決めたじゃ?」
「とりあえず一旦保留する。厄介な問題は先送り。頑張れ未来の俺」
「ふむ……なるほどのう」
「あれ、てっきりクリスには呆れられるものだと思ってたんだけど」
「いや、おぬしのそういう割り切れる性格は、素直に羨ましく思っておるのじゃ。……儂は、おぬしのそういう性格に救われたのでのう」
「そうだったか?」
俺はそう言ってとぼけて見せる。
それは仕方がない事だと思う。
さって面と向かって性格を褒められるなんて、照れくさいにも程があるのだから。




