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隠蔽の腕輪

「クリスの問題を解消できるもの?」


 それが今のラドーム村なら手に入ると、ステラは確かにそう言った。


「シンは、クリスが言ってた消魔石って覚えてる?」

「ああ、山岳を越えた北の国で取れる、マナを通しにくい鉱石だったよな……ん?」


 マナを通しにくい?

 もしかしてそれを上手く使えば、クリスのマナの問題もどうにかなるのではないだろうか。


 もちろん根本的な解決にはならないが、少なくとも旅を続けられる程度には、問題を解消できそうな気がする。


「シンも気づいたみたいね。でも消魔石は北の国でしか取れないし、それを買い付けた行商人も魔道具の工房がたくさんある大きな街に売りにいくから、こんな工房もない村ではまず手に入らない……けど今は北の国から帰ってきたのに、霧のせいで南に向かえず足止めされている行商人が、この村にはいっぱいいるのよ」


 そしてその行商人たちは、今日の祭りで露店を出している。

 それは全ての要素がかみ合った、思いがけない幸運だ。

 確かに今なら消魔石を手に入れることは可能だろう。


 しかしそれだけではまだ不十分だった。


「確かに消魔石は手に入る……でも俺にはそれを加工する技術がないし、体から自然に漏れ出るマナを外に出さないためにはどう加工すればいいのかの知識もない」


 消魔石が手に入っても、それを持っているだけではさすがに意味がない。

 けれどステラは、俺がそんなことを言うのは想定通りといった感じで言う。


「それも問題ないわ。実は体から出るマナを遮断するための道具というのは、あっちの国では百年以上前から実用化されてるの」


 ステラが言うには、北の国々にはそこら中に消魔石が埋まっていて、そのせいで自然に存在するマナが極端に少ない地域も多いらしい。状況としてはグランドイーター戦のときの感じに近いのだろう。


 長らく戦争が続いている北の三国にとって、その状況は魔法の行使が難しいことも問題だが、それ以上にマナを持つ兵たちの位置や動きが敵に知られてしまうことが問題だった。


 戦争においては相手の情報は勝敗に直結するため、それは死活問題だ。

 ステラの言う道具はつまり、その問題を解消するために作られたもの、という話だった。


「こっちの地域ではそこまで必要性は高くなさそうだけど、それでも需要はあるはずだから行商人なら消魔石と一緒に仕入れているはずよ」


 そういうわけで俺はステラと共に露店を見て回ることにした。

 北の国から帰ってきた行商人というのは意外と簡単に見つかるが、並べている商品の中には消魔石の類は見当たらなかった。別に他を当たっても良かったが、何となく俺は在庫を尋ねてみることにした。


 ちなみにその行商人は四十過ぎくらいの男で、冒険者と見間違うほどの筋骨隆々とした立派な体格をしている。


「なあ、消魔石を使った、体から出るのマナを隠す道具ってのは置いてないのか?」

「ん? ああ、隠蔽の腕輪か。一般人ばかりの祭りで並べても仕方ないから出してないんだが、そうかあんた冒険者か」

「分かるのか?」

「そりゃもう、長年行商人やって人間を見てれば、相手がどういう人間で、どんな商品を探してるかなんて自然と分かるようになるもんさ」

「へぇ、凄いんだな」

「なぁに、あんただって相当な実力者だろ? 見れば分かるってもんさ」

「いや、俺はまだFランクの駆け出しだよ」

「お? ……そっちの嬢ちゃん、この兄ちゃんが言ってるのは本当か?」


 行商人の男は俺の隣にいるステラに確認する。


「本当よ。と言っても昨日冒険者ギルドに登録したばかりで初仕事もまだだから、ランクは参考にならないけどね」

「何だ、そういうことか! 俺の目が曇っちまったのかと思ってびっくりしちまったよ、がはは!」

「といったって、俺が初仕事もまだの駆け出しってことは変わらないだろ?」

「いやいや、あんたは間違いなく出世するさ。何せ俺はこう見えても、昔はそこそこ名の通った冒険者だったからよ、俺の目は信用していい」


 いやこう見えてもって、どう見たってそう見えるんだが。

 まあでも、そうか。俺はそうした人間から見ても、ちゃんと冒険者としてやっていけそうな人間なのか。


「しかし隠蔽の腕輪ねぇ。こっちの地域じゃ元々マナが多いから、そんなもの無くても位置がバレたりはしないぞ?」

「ああ、ちょっと事情があってな」

「まあ事情のねぇ冒険者なんかいないわな! で、どれにするよ?」


 そう言っていくつかの隠蔽の腕輪を見せてくれるが、微妙にデザインが違うのが悩ましい。


「これって性能が違ったりするのか?」

「まあ多少はあるかも知れねぇが、軍事利用されてるくらいだからどれでも実用の基準は満たしてるはずだな」


 となると見た目で選んでしまっても問題ないのか。

 そうして俺は少しだけ悩んで、シンプルな銀色の腕輪を選んだ。


 これならたぶんクリスの雰囲気にも似合うだろう。


「それでいいんだな? じゃあ大銅貨三枚だ」


 日本円の感覚だと一万円くらいだろうか。

 安い買い物ではないが、まあ物としては妥当な値段だと思う。


 今の俺は結構金銭的には余裕があるし、何より今の俺にとってこれは何が何でも手に入れたいものだった。

 それがこれくらいの値段で特に苦労せず手に入るなら、それはむしろラッキーな部類だろう。


 俺は料金を支払って腕輪を受け取る。箱とかラッピングといった気の利いたものはなかった。まあ別に問題ない。


「まいどあり! ああそうだ、あんた名前は?」

「シンだ。そっちは?」

「デリックだ。どこかで機会があったら仕事を頼めるように、シンって名前は覚えとくよ」

「そうか、ありがとう」


 そうして俺とステラは、デリックに挨拶をして店から立ち去った。


 ――が。


「……あの行商人、私の正体に気づかなかった」


 ≪舞姫≫は少々、不機嫌だった。

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