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ラドーム村

「ラドーム村って、思っていたより栄えてるんだな」


 村というから、畑がたくさんある自然豊かなイメージだったが、ぱっと見ただけではイニスカルラの景観と大差ないように思えた。

 大きな建物もあるし、商店街のような場所も人通りが多い。

 さすがに広さや人口はイニスカルラに遠く及ばないだろうけど、生活レベルなんかはそう変わらないようだ。


「ここは北の山岳越えのために人が訪れるのよ。山岳の向こうにある三国は戦争中で危ないんだけど、だからこそ行商人や傭兵団にとっては儲けるチャンスってわけ」


 俺の疑問にはステラが答えてくれた。


「それに山岳の向こうでしか取れん消魔石という鉱物も、こちら側ではかなり重要が増しておるからのう」

「消魔石?」

「マナを通しにくい特殊な鉱石じゃ。儂も詳しくはないが、魔道具を作るのに使われておるらしい」


 マナを通しにくい鉱石か。もしかすると元の世界でいうところの電気抵抗器のような使われ方でもしているのだろうか。まあ俺は電気回路も魔道具も中身はさっぱりなので、適当な推測しか出来ないが。


「そんなわけで人が集まるから、経済的にも比較的潤っているのがラドーム村なの」

「なるほどな」


 流通の拠点となるほどではないが、イニスカルラ方面と北の国を行き来する人間が多く通る村なので、必然的に商業が発展しているということらしい。もちろん畑や家畜なんかも少し外れた場所ではちゃんと育てているという話だった。


「それで、まずは依頼者のところに行きたいのだけど」


 ステラがそういうので、俺たちはそのままステラに踊りを依頼した女性の家に向かう。

 出迎えてくれたのは五十代くらいの女性。名前はサクレというそうだ。

 どうやらステラとは過去にも面識があったようで、話はスムーズに進んでいた。


「二週間前にギルドに依頼をしたときは何もなかったのだけど、先日からルイーナ街道に霧が出ているって話だったから、もしステラさんがイニスカルラ方面にいたなら来られないことも覚悟していたのだけど、東側にいたようで幸運だったわ」


 本当は霧を越えてきたのだけれど、ステラはそれを笑って誤魔化した。

 本当の話をするなら、おそらく俺の正体についても話をすることになるだろう。


 ステラには特に公言するなとは言っていないが、俺のことを気遣ってそうしてくれたなら嬉しい話だ。単に本当のことを説明するのが面倒だっただけかも知れないけど。


「それでは明日はよろしくお願いしますね」


 そういって頭を下げたサクレさんと分かれ、俺たちはサクレさんが取ってくれているという宿に向かう。

 宿の部屋はステラ用に一部屋と、護衛用に三人部屋が二部屋用意されていた。


「広いな」

「しかも一人一部屋じゃ」

「だから普通は二人組のパーティーなんて誰も想定していないのよ」

「確かにそうらしいな。……そういえばステラ、さっきはありがとうな」

「ああ、サクレさんに霧を越えた話を黙っていたこと? まあ確かにあなたの正体を隠す意図もあったけど、そもそもサクレさんに余計な心配をかけたくなかったのよ」

「そもそも、いきなり実は霧を越えて来ましたなんて言ったら、気でも狂ったのかと思われかねんしのう」

「私はこの地域の人間じゃないから知らなかったんだけど、本当にあの霧は恐れられていたのね。越える越えない以前に、越えようと考える時点で異常者扱いされそうな雰囲気だったわ」


 というのも、今のラドーム村はルイーナ街道の霧に関する話題で持ち切りだった。

 そしてその全員があの霧を「恐ろしい何か」という扱いをしていて、早く過ぎ去るのを願う以上のことは考えていなかった。

 霧を越えようという発想自体が、そもそも生まれないレベルで、この地域の人間には恐怖が心に刷り込まれているのだ。


 霧を越えてくる人間なんているはずがない。だからステラは東側から来たに違いない。

 それは正常な人間の、正しい論理だった。


「と言ってもあの時のステラなら、仮に霧のことを知っていても、霧を越えようとしたと思うけどな」

「それは……否定出来ないのが、恥ずかしいけど」


 最初に冒険者ギルドで見かけたステラは焦っているように見えたが、護衛依頼を不受理にされてすぐに引き下がったところから見ても、実際は冷静だったのだと思う。

 ここからは俺の推測でしかないが、あの時のステラは死にたいわけではなかったが、生きていたくもなかったのだと思う。生きる理由を見失って、死ぬ理由を探しているように見えた。


 護衛を引き受けてもらえないなら、それはそれで別にいい。

 その結果として死ぬことになったなら、それは仕方のないことだ。

 踊り子の仕事を全うしようとして死ぬなら、それはステラにとって充分な死ぬ理由たり得たのだ。


 もちろんステラがそんなことを考えていたかは分からない。本人ももしかしたら自分の心なんてちゃんと分かっていなかったのかも知れない。


 まあ何にしても、これはもう終わった話だ。今のステラは前を向いて、生きていく理由を探そうとしている。俺にとってはそれだけで充分だった。


「……何? さっきからじろじろ見てるけど……」

「いや、何でもない」


 俺は咄嗟に誤魔化す。


「嘘」

「嘘じゃのう」


 当然ながら二人に嘘を見抜かれた。


「どうせステラのことを考えておったのじゃろう?」

「そうなの? ……シンのえっち」

「違うって! いやステラのことを考えてたのはそうだけど、そういう方面じゃなくて、もっとハートフルな話だって!」

「じゃったら何を考えていたのか言ってみたらどうじゃ?」

「そうね、私のことなら私にも聞く権利はあるでしょ?」

「いや、だから――」


 二人からの追及にしどろもどろになる俺を見て、二人は同じタイミングで笑い声を上げた。


 ……なんか短期間で女性陣の連携が強化されてませんか?


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