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渡り人

 先導するクリスについてしばらく歩くと、とりあえずさっきの危険な森は抜けたらしい。

 クリスによるとここまでの森はダンジョン化した森、この先はただの森ということだが、俺には違いが分からない。


 そこからもう少しだけ歩いたところに建っている木造の小さな家がクリスの住居だという。森の中に一件だけ寂しく建っているこの家に、クリスのような少女が一人で住んでいるというのだから、俺は驚いた。


 この世界ではそれが普通、ということはさすがにないはずだ。


 家の中に招かれて、早速リビングらしい空間に置かれたテーブル越しに向かい合うように座る。天井を見ると見たこともない球状の家具が、幻想的な光を放って部屋を照らしていた。


 奥には小さな部屋が二つあるようで、彼女が一人で暮らすには充分すぎる広さだ。


 そんな中で、先に口を開いたのはクリスだった。


「さて、早速質問じゃ。まずおぬし、最初に言っておったな。気付いたらあそこにいた、と」

「ああ、その通りだ」

「ふむ。最も考えにくい可能性じゃが……おぬし、もしかして異世界から渡ってきたのではないか?」

「…………多分、そうだと思う」


 俺は正直に答えた。おそらくここは異世界なのだという俺の中の感覚。


 常識的に考えたらあり得ないことなのに、俺の心は案外すんなりとその感覚を受け入れていた。


「そうか……とすれば、全て納得がいく話じゃな。おぬしはあの場所で妙な獣に襲われたと言っておったが、それは獣ではなく、魔物という全く別の存在じゃ」

「魔物……」

「世界に満ちる魔力が形と意思を持ったもの、と言われておる。おぬしを襲ったのはアサルトウルフというかなり危険な魔物じゃな」


 魔力というのはマナとも呼ばれ、自然界や人間の体内に存在していて主に魔法を使うために必要になるものらしい。


「アサルトウルフは熟練の冒険者パーティーが被害を出すことも少なくないという。鋼のような体毛は刃を通さぬし、大火力の魔法を狙おうにも目にも止まらぬ速さで動くため並の術者では当てられん。群れを成さぬのがせめてもの救い、というくらいでな。おぬしはよく無事……ではないにせよ、よく生きておったなと思ったのじゃが、『渡り人』ということなら何も不思議ではないのう」

「渡り人?」

「異世界から渡ってきた人間を、この世界ではそう呼んでおる。珍しいことには違いないが、過去にも例はある。渡り人は世界を渡る段階で様々な知識や技能を得ると言われておって、例えば今おぬしが儂と普通に会話出来ているのもその際に得たこの世界の言語知識のおかげ、という訳じゃな」


 なるほど。そういうことなら俺の体が軽いことも反応が良いことも説明がつくような気がする。

 詳細はともかく、とりあえずはそういった技能を得たと思えばいいようだ。


「参考までに訊くが、シン。おぬしはアサルトウルフをどうやって倒したのじゃ?」

「どうって、跳びかかってくる場所もタイミングも分かったから、そこに合わせて鼻先を全力で殴っただけだよ。まさか一発で倒せるとは思わなかったけど」

「…………そうか。うーむ、やはり渡り人という者は、ここまで規格外れなのか……」


 どこか呆れたような雰囲気でクリスは呟く。

 けど俺にはあまり実感はなかった。常人より少し身体能力が高いだけではないのだろうか?


 今はまだ一流スポーツ選手より少し優れた体を得たくらいの感覚なのが正直なところだ。

 だから俺は思ったままを口に出した。


「俺からしたら、魔法を使えるクリスの方が凄く思えるけどな」

「何を言っておる、儂が凄いのは当然じゃろ」


 何だか理不尽な怒られ方をしたような気がする。褒めたのに。


「とはいえ、多分おぬしなら魔法も使えるはずじゃぞ?」

「え、マジで?」

「マジじゃよ。まあその話は後に回すとして、シン。おぬしに一つ、頼みがある」

「分かった、引き受けよう」

「実は……ん? まだ何も言っておらんが」

「命の恩人の頼みだろ? 別に何だって引き受けるよ」


 クリスが何者かは分からないが、俺の命の恩人であることは間違いない。


 それにまだ少し言葉を交わしただけでしかないが、クリスが悪い人間ではないことは充分に理解出来た。それどころか相当のお人好しに違いない。


 そんな彼女の頼みを断らなければならないような理由は、今の俺には思い当たらなかった。


「それはありがたいが、ちゃんと話を聞いてから判断した方がよいぞ? これは危険を伴う話なのじゃから」

「………………」


 危険か。そんなことを言われたら普通は引き受けない。


 クリスは俺に頼みを聞いてもらいたいはずなのに、俺を気遣うようなことを言って自分を不利にしているという自覚はあるのだろうか。多分あるはずだ。


 交渉が不利になると理解していて、それでも嘘がつけないお人好しの性分。きっとクリスは今までもそうして損をしてきただろうし、これからも損をしていくのだろう。


 ……何というか、嫌いになれないタイプだ。放っておけない、とでも言えばいいのか。クリスがどう思うかは知らないけど、少なくとも俺はクリスと仲良くやっていけそうな気がした。


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