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ステラの追及

 全員の無事を確認して、しばらく歩いて霧を抜けたところでしばらく休憩することにした。

 その間に俺はクリスに尋ねられたので、治癒魔法を乗せた剣で触手を斬って、再生能力を俺のへぼい治癒魔法で上書きしたことを説明する。


「ふむ……理屈としては分からんでもないが、しかしよくそんなことが思いつくのう」

「私は魔法とかからっきしだけど、シンの考え方が凄く変なのは分かったわ」

「いや、変って……」

「褒めてるのよ?」

「絶対嘘だろそれ」


 ニヤりと笑って言うステラに、俺はツッコミを入れる。

 まあ確かに、傷を治すための治癒魔法が、触手の再生能力を邪魔するように働くとは普通思わないのだろう。


 その辺りは俺が魔法の常識を知らない素人だから柔軟に考えられたとも言える。

 そんなことを考えていると、不意にステラが真面目な顔になって俺に質問してきた。


「で……シンって、結局のところ何者なの?」

「……何者って言われても反応に困るんだけど」

「とぼけないで。あなたみたいな人がFランク冒険者って時点でおかしいのよ。あなたは今までどこで何をして生きてきたの? その実力を今まで誰にも知られないまま、一体どうやって身につけたって言うの?」


 ステラは思いのほか厳しく追及してくる。

 俺は何となくクリスに目線を送るが、クリスは好きにしろと目と首肯で語った。


 実際のところ、俺は別に正直に「渡り人」だと答えてしまっても問題ない。

 今までだって特に隠していたわけではなく、ただ単にわざわざ広く喧伝する必要がなかっただけだ。

 俺が渡り人だと知られれば、その力を目当てに良からぬ人間が寄ってくることもあるだろうし、そうしたデメリットばかりが先に思い至ったというのもある。


 一方で渡り人だと周囲に語ることからは、大したメリットは生まれないように思えた。

 もちろんちゃんと考えれば得られるものもあるのかもしれないが、おそらくそのどれもが今の俺がすぐに欲しいものではないだろう。


 俺は自分が渡り人だと言っても問題ないが、言う必要もない。

 少なくとも俺にとってはそんな認識だ。


「別に隠す必要はないんだが……ステラはそれを訊いてどうするんだ?」

「どうするって……別に。ただ知りたいだけよ……私が一体、どれほどの幸運に恵まれたのかを、ね」


 幸運。

 確かに、ステラがあの霧を無事に抜けられたのはそう表現されるものなのかも知れない。たまたま護衛を買って出た無謀な冒険者がいて、その冒険者にたまたま必要十分な実力があった。

 でも本当にそうなのだろうか?


「じゃあこうしよう。俺がステラの質問に答える代わり、ステラも俺の質問に答える。どうだ?」

「ええ、いいわ。それじゃあ私の質問はさっきと同じ、あなたの正体よ」

「俺の正体といえるようなものかは分からないが、はっきり言うと俺はこの世界の人間じゃない」

「……っ! それって、もしかして『渡り人』ってこと!?」

「この世界ではそう呼ばれるものらしいな。まだこの世界に来て四日目だから、この世界のことは分からないことだらけだが」

「そう……それならあの人間離れした動きも納得だわ」

「あれ、俺何かしたっけ?」


 少なくとも俺は記憶にない。今回は回復魔法を剣に乗せた工夫だけで勝ったようなもので、動きに関してはドラゴンを斬ったときのような超常的なことは何もしてないはずだ。


「触手に捕まった私を助けたときのことよ!」

「うむ、それは儂も思っておった」

「……? ……どれだ?」


 俺はその時のことを思い出そうとする。

 ステラが触手に捕まったのを見て、即座にクリスに声をかけたのは、まあ普通だと思う。

 その後、3メートルくらいの高さを跳んで触手を斬ってステラを助けた。でもこれは身体能力強化の魔法が使える人間なら問題なく出来るだろう。


 もちろん俺はその魔法が使えないので素の身体能力でそれをしたわけだが、そもそもマナを感知できないステラにはその違いは分からないはずだ。


「だとすると……その後か」

「そうじゃ。おぬし、空中で触手に襲われてもバランスすら崩さずに対処しておったじゃろう、しかもステラを抱いたままでの」

「その上私に気を遣ったのか、着地の衝撃も全く感じなかったし……」


 その時は必死で自分では何も思わなかったが、言われてみれば短時間で色々なことをやっていた。

 しかもそれらは無意識にとかではなく、全て自分の頭で考えて、最善手を判断し、意図して行ったことだった。


 果たして昨日までの俺に、それが出来ただろうか?


「以前おぬしの戦闘勘を褒めたこともあったが……もしかせんでも、この短期間でさらに成長したようじゃな」


 クリスはそう言った。これは感覚によるもので、目に見えないものだから事実かは分からない。

 けれど俺の実感とも確かに一致する以上は、おそらく正しいのだろう。


「しかしこの短期間での成長ぶり……全く、末恐ろしいのう」

「末じゃなくて、今でも充分恐ろしいわよ」


 クリスとステラはそう冗談めかして笑う。


 ――恐ろしい、か。


 もちろん冗談だと分かっている。

 けれどそれは、俺がまだ人間として、冒険者として、存在し得る常識の範囲内に収まっているからだ。

 数は多くないにせよ、上位の冒険者であればまだ他の人間にも同じことが出来る。


 しかし、もし俺がその範囲を逸脱したとき――。


 ステラは今と同じような反応をしてくれるだろうか?

 そしてクリスは、そうなった後でも共に旅をしてくれるのだろうか?


 まあこれは考えても仕方のないことだ。

 俺は思考を切り替える。まだ起こるかも分からないことに不安を感じるほど、俺は感傷的な人間ではない。


 といっても、自分が強くなったことを手放しで喜べるほど、楽観的な人間でもなかった。

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