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いきなり死にかける

 最後に覚えているのは、迫りくるトラックから放たれる眩しいヘッドライトの光。どうしてそんな状況になったのかとか、その後どうなったのかとか、前後のことはよく覚えていない。


 ヘッドライトをつけているなら夜だったのだとは思うけれど、分かるのはそれくらい。


 ただ眩しかった。だから俺は目をつぶる。それでもまぶた越しに光が近付いてくるように感じた。

 その後にやってきたのは、痛いとか怖いとかではなく、光に全身が包まれるような不思議な感覚。


 ――それが、俺の覚えている最後の記憶だった。




 次に気がつくと、そこは森だった。


「…………は?」


 俺は思わず変な声をあげてしまう。気恥ずかしくなったが、幸い周囲にはその声を聞いている人間は誰もいない。……いや、全然幸いじゃない。


 この状況なら、まだ誰かいてくれた方がよっぽど心強かった。


 気を取り直して周囲をもう一度見回して確認する。


 ――やはり森だった。それもかなり深い感じの森。


 いや、どこだよ、ここ。

 全く見覚えのない場所だ。しかも夜。どっちに歩けば森を抜けられるのか見当もつかない。


 どうしてこんな状況に陥っているのかも分からないが、次にどうすればいいのかもさっぱり分からない。八方ふさがりだった。


「こうなったら適当に進んでみるか」


 立ち止まっていても仕方ないので、俺は適当に勘で進むことにした。


 しばらく歩いてみたが、代わり映えのしない風景が続く。本当にこのまま進んでもいいのだろうか?


 そんなことを思ったタイミングで、少し先の茂みから黒い何かが姿を見せた。


 犬、よりはオオカミに近いだろうか。オオカミの体毛を長くして頭髪用のワックスでピンピンに立たせたような、そんな生き物。当然だけど、俺はそんな動物を知らなかった。


 未知の獣が深い闇のような目でこっちを見ている。ただ見ているだけだが、なんとなく分かった。


 ――狙われている、と。


 理屈ではなく感覚、あるいは本能と呼ばれるものが「アレは危険だ」と言っていた。


 逃げるか? と一瞬だけ考えて、俺はその考えを捨てる。

 逃げ切れる気がしないのもあるけど、アレから目を逸らすことがどうにも危険に思えた。しかし、そうなると選択肢は……。


「……戦う? いや、それはさすがに……」


 仮にあの獣がドーベルマンくらいの強さでも、素手というのはさすがに無謀だった。

 いや、ドーベルマンとだって戦ったことはないから分からないけど、せめて金属バットくらい欲しい。


 そんな無いものねだりを考えていたら、突然目の前の獣が大きな咆哮をあげた。空気を震わせるようなそれに驚いて、俺は思わず一歩後ずさりをしてしまう。


 ――そして、次の瞬間には目の前で獣が大きな口を開けていた。


 5メートル以上はあったはずの距離を一瞬のうちに詰めて、的確に急所の喉元を狙っている。


 それは反則だろう、と言いたくなった。いくらなんでも速すぎる。


 普通の人間には反応出来るはずのない速度。

 けれどどうしてか俺の体はそれに反応していて、とっさに左腕で防御していた。


 しかし防御といっても首のかわりに左腕を差し出しただけで。

 だから状況が良くなるわけではなくて、むしろ逆だった。


「っ……!」


 激痛。牙がジャケットを貫通し、肉に食い込み、骨に到達する。だから痛いのは当然だ。


 けれど不思議なのは、どうしてかそんな状況を俺が冷静に把握しているということだった。


 普通だったらパニックを起こしてもおかしくない。そしてその隙に骨が砕かれて食いちぎられる。

 しかし今の俺の頭は、ただ冷静に考えていた。


 ――反撃するなら、目か?


 次の瞬間には迷わずに、右手の指で獣の眼球を穿った。


「ガァァァァ!」


 苦悶の咆哮をあげて獣が食いついていた俺の左腕から離れる。俺はすかさず空中にいる獣の顎を蹴り飛ばした。


 そこで俺は一つの違和感に気付く。明らかに体が軽かったのだ。


 元々運動自体は苦手ではなく、むしろ得意な部類ではある。

 けれどいくらなんでも左腕に噛みついてきた獣の眼球にノータイムで反撃を入れて、その上で腕から離れた獣が着地する前に蹴りを入れられるほどの超人ではなかった。当たり前だ。


 体が軽い理由は分からない。けどそれで困るわけでもない。むしろこれならあの獣が相手でも、何とかなるかもしれない。


 体勢を整えた獣は唸るような声をあげながら、再度こちらを狙っているようだった。そして最初と同じように、目にも止まらぬ速さで喉元を狙って飛びかかってくる。


 ――そうだ。

 ――喉元を狙っていると、何故か俺には最初から分かっていた。


 見えるはずのない狙い。反応出来るはずのない速度。


 けれど今の俺にはそれが見えるし、反応することが出来る。


 だったら――さっきと同じパターンの攻撃なんて、対応出来ない方がおかしい。


 俺は右手で拳を握り、振り上げたそれを向かってくる獣の鼻先へと、ただ全力で振りぬいた。


 ぐしゃりと、骨が砕ける感触。俺のじゃない。獣のそれだ。


 そこでふと、手ごたえが消失する。見るとそこにあったはずの獣の姿が、黒い霧のようになって消えていった。


 そして直後に、ころん、と何かが落ちる音がする。そこには水晶のような、透き通った石が落ちている。


「……? さっきの獣が落としたのか?」


 拾ってみるが、価値があるものなのかはさっぱり分からない。しかしそんなに重いものでもないので、とりあえず持っておくことにしてポケットに放りこんだ。


 分からないことばかりだけど、とりあえずは危機を脱したらしい。しかし根本の問題は何も解決していない。


 この森を抜けるまでは、安心なんて出来るはずもないのだから。


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