スポットライトと俎上の女
嗜好は無限である。
ある意味人間の可能性か。
台の上に裸の女が横たわっている。
闇の中、スポットライトで彼女だけが浮き彫りになっていた。
俎板の上に鎮座した魚のようであった。
「皮膚を貫く何本もの白歯が、紅く血に染まるまで噛み続けてね。」
裸の女は高らかに叫ぶ。
表情は弛緩しており笑顔であった。
「それから顎に力を入れて引きちぎれるまで引っ張るの。」
彼女の眼は艶やかに輝いていた。
くるりと反転してうつ伏せの体勢となる。
「熱した鉄板でお尻が赤くなるまで叩いて。」
観客の口角から涎が流れ出る。
「それは、熟した林檎みたいできっとあなたの食欲をそそるでしょう。」
会場に拍手が鳴り響いた。
演説中に人々の心を揺さぶった瞬間に似ている。
「首を絞められ、意識が揺らぐの私は好きよ。」
白い綺麗な柔肌で肉質も上物であった。
しかし、彼女は生きている人間には見えなかった。
「私を絞れば、きっと良い汁が身体中の穴から溢れるわ。」
・・・。
彼女は寝たまま右手を掲げて小指を立てた。
その行為に、きっと意味はない。
「右目も、鼻先も、耳朶も、歯茎も、脳髄も、爪も、心臓も、子宮も。」
数秒の間があった。
「沢山あるけど。余さず食べると約束してね。」
優しい母親のような声色であった。
不思議と官能的でもある。
それから彼女は何も話さなくなった。
台の傍に佇むスーツ姿の男が高らかに宣言する。
「こちらは安全安心の一級品でございます。」
唾をゴクリと飲み込む音が静かに響いた。
「お待たせしました、おあがりください。」
何かが一斉に群がる。
一瞬で彼女の姿は見えなくなった。
複数の咀嚼音が部屋中に反響していた。
形は様々。
幸福が空間を支配している。