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短編集『脈絡なき雑多集団の概観は如何に。』  作者: 槇河 しゃち


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余暇

ゆったり、あわてず、かみしめる

「どうだい、少し見ていきなよ。」


薄暗い店内を白髪の老婆は指さした。

声色は年齢の割に清々しく、身なりもそれなりに整っていた。

夏の暑い日差しに嫌気のさしていた僕は涼しげな店内に惹かれてしまった。


「なんのお店ですか。」


半年ぶりに長期休みを所得した。

4日間ではあったが僕と彼女はこの幸運を喜んだ。

湖畔の観光地を選び、彼女と飛行機で訪れた。

普段のコンクリートに囲まれた閉塞した都市から出たかった。


湖のアヒルボートを漕いで、インスタで流行りのイタリア料理を食べた。

それ以降の予定はあえて立てずに街を放浪してみることにしていた。


帽子を被っていても沁みる熱量を一度発散したかった。


「入ってみよう。」


彼女もやや不安な表情を見せていたが、気持ちは同じだった。


「そうね。」


彼女は白いワンピースに花柄のバッグを肩にかけていた。

日常では仕事に向かうスーツ姿を見慣れていたので新鮮であった。


木造の建物で2,3個の大きなテーブルが並べられていた。

ヒーリング音楽がBOSEのスピーカーから流れており、僕らの清涼感をより満足なものへと昇華させた。


「かわいい。みんな表情が違うのね。」


机上には木材から掘り起こした動物たちが自然に並べられていた。

リス、ウサギ、キツネ、クマ、ヘビ、カエル。

一つとして同じではなかった。


「これはすごいですね。」


老婆はドアをくぐって歩みを進めていた。


「これは私の息子が一つ一つ掘ったものだよ。値段は壁に書いてある。」


ウサギ3000円、クマ5000円。

貼紙のように壁に無秩序に掲載されていた。


「私はこれが良い。」


そう言って彼女が指さしたのは両羽を広げ俯いたツルであった。

飛び立つ直前の姿だろうか。

確かに目を引かれるような神々しい佇まいであった。


「いいね。少し高いけれど、この出来なら相応だ。」


彼女は下からツルの顔を覗き込む。

尖った嘴が彼女を襲わないか不安になった。


「大丈夫だよ、あんた。そんな顔をしなさんな。」


椅子に座った老婆が僕の方を見ながら笑っていた。



「包装はしておくけど気を付けて持って帰るんだよ?」


店員はツルをプチプチで包み、固定のために箱に新聞紙を詰めていく。

所作は遅いが手慣れた動きであった。


彼女は人形以外にも飾られたタオルや食器を眺めていた。

僕はただ老婆の手皴を見ていた。


会話のない時間が暫く続いた。


店内では扇風機の回る音が嫌に耳につく。

最近は羽根のない扇風機も販売されている。

何もないのに風が生じるというのはなんとなく不気味なものだ。

もちろん科学的理屈があることは知っている。

だが、可視化できないものは怖いのだ。


「お待ちどうさま。」


小洒落た茶色の紙袋を差し出す。

レシートは手書きで何を書いているのか読めなかった。


「ありがとうございます。」


お礼を言いながら、彼女の方に目をやる。

向こうもこちらを見ていた。

お互いに扉に向かって歩き始める。


「暑いし少し早めにホテルに戻ろうかな。」


彼女はハンカチで顔を拭きながら話す。

腕は細くて綺麗だが、点滴を繋いだ痣が袖の隙間から覗いた。


「そうだね、部屋から湖も見えるみたいだよ。」


彼女の表情は澄んでいた。

湖畔の澄んだ水面に沈めば見えなくなるだろう。

光の乱反射ではない。


彼女自身が融けていく様を思い描いて背骨が軋むような気持ちがした。



彼女はツルに魅せられていたのかもしれない。


「鶴は千年、亀は万年。」


闘病中の彼女は羨望の眼差しを向けていたのだろうか。

本意はわからない。


僕であればそれは苛立ちとして表出されていたように思う。

ツルに嫉妬し怒りのままに地面に叩き付けたかもしれない。


しかし、彼女はそれを大切に病室に飾っていた。

手入れの行き届いていた証拠に、僕が見舞いに行く度にそれは綺麗になっていくようであった。


「ツルが足掛けている木を見てあなたはどう思う?」


細やかな皴の入った適度な枯れ木に両爪を彼は噛ましていた。


「古典的な絵画のようだね。個人的には池からの飛翔の方が見てみたかった。」


羽ばたきで揺れる水面を想像した。

同心円状に広がる波紋は美しい。


「なるほどね。実はツルは枝には止まらないの。」


彼女の青い病衣に見慣れてしまった。

スーツ姿の彼女をもう思い出せない。


「人間の創造、虚構の作品というわけだね。」


「そう。けど、それでこそ幻想的に見えるのよ、きっと。」


彼女の手は小さく、緑の血管が表皮から透けて見えた。

見た目はかなり変わってしまったが、微笑む顔は僕の心を満たし続けた。

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