恋愛破綻
捻じれ捩じれ歪んだ
彼女が相当お酒を飲んでいるのは電話越しでも分かった。
「だから、私に、構わないで、って。」
過呼吸気味で言葉と言葉の間に嗚咽が混じる。
構うな、か。
それが出来たら、どれほど楽だろう。
過敏になった彼女を出来るだけ刺激しないように、こちらは内心では興奮し切った感情を抑えなければならない。
「そういう訳にはいかないよ。頼むから落ち着いてくれないか。」
「・・・。」
カラカラとビーズがフローリングに落ちる様な音がした。
その妙に執拗な音は僕をより一層苛立たせた。
「もう、私。わからない。」
僕は彼女の家の前で停めた自転車の傍で震えていた。
何度もチャイムを押しているが、出てくる気配は一向にない。
彼女は度々ヒステリーを発症することがあったが、別れ話が出てからは拍車をかけて悪化している。
別れたはずなのにいつの間にか、またこのどうしようもない状況に陥っている。
いっそ無視して放置したいが、彼女は自傷行為を仄めかし僕を拘束する。
彼女には全くその気は無いのだろうが、過呼吸で倒れたり、薬を大量に飲もうとしたり、体に傷をつけたりとその手数には拍手したいほどだ。
構うからいけないのだろうけれど、怖いのだ。
自分のせいで誰かが傷付くのが恐ろしい。
人並みだが僕にも夢があり希望がある。
ここで彼女が死んでしまうと僕はどうなってしまうのだろう。
あり得ないとはわかっていながらも頭からその考えが離れない。
ふと「女子高生自殺」という見出しの新聞を想像して気分が悪くなった。
こんな時に自分の身を案じている僕は最低なのかもしれないが、
今の僕には彼女が悪魔にしか見えなかった。
「頼むから話を聞いてくれないか。今、家の前まで来てるから。」
・・・。
説得するにはまだ多少の時間を要したが、彼女はやっと家から出てきた。
玄関の段に二人で腰掛ける。
「ごめんね、私も動揺しちゃって。」
本当に反省しているような表情をして彼女は言った。
そうやって何度も可能性を僕に示唆してくる。
僕に、構うなと言いながら、彼女は決して僕を逃がさない。
その為に自分の身体すら賭しているのだ。
「いいんだ。そういう時もある。しかし、こんな事は続けられない。毎日のようにこんな事をしていても僕らは前に進めない。」
「前に進むってどういうことなの?お互い好きなのに離れる必要ってある?」
彼女は明らかに不服そうだった。
あまり強い言葉は使わない方が良いだろう。
「僕は勉強したいことがある。君とはもう長いが両立は無理だと感じている。」
付き合い初めから小さな違和感はあった。
無視して埋め合わせようと努めてきたが、その小さな亀裂も水面下で大きな溝に成長していた。
「意味がわからない。」
理解しようとしない。
他人を慮る行為は簡単ではない。
寧ろ他者を十分に鑑みる事ができる人間など、きっといないのだ。
歩み寄りの努力すらしない事に苛立ちを感じつつも、彼女を責めることはできないのだとも感じている。
「この答えは未来でわかる。君はもっと自分に自信を持つんだ。僕もまた君の成長にも障害になっている。」
彼女の右手は瞬く間に僕の頬を鋭く叩いた。
歪に変形した彼女の顔は般若のように見えた。
あの仮面は人間の感情を上手く表現したものだとこの時僕は大いに感心した。




