忘却不能な縮図
季節は異なっているから良い。
ずっと同じでは狂いを生むだろう。
かつての私は冬が最も好きだった。
クリスマスが近付けば、街は黄金の光や祝いの音楽で溢れかえる。
幸せそうに腕を組んで歩くカップルに、イルミネーションの前で無邪気に走り回る子供達。
非日常な雰囲気に人々の心はどこか軽やかであった。
空気に酔うままに人間の尊さや美しさを感じていた。
おもちゃ屋さんの屋根に設置されたスピーカーから音楽が流れる。
「Silent night, holy night・・・。」
家族でレストランに出掛ける夜。
母がいなくても私は幸せだった。
今も忘れずに記憶に刻印されている。
・・・。
あれから数年の月日が流れた。
残念ながら物事は絶えず、流動的に変化する。
近頃の私は、真夏の夜に心躍らせるようになっていた。
私自身は、この好みの変遷を客観的に楽しんでいる。
川辺の砂利道を草履で踏みしめながら、ゆっくり歩く。
「バンッ、バンッ、ドコドコ、ジジジジ。」
花火の破裂する大きな音が聞こえる。
大きな花が咲いて、音が光の後を追い、枯れるように火花は散ってゆく。
今日は地元の夏祭り。
直感で赤い着物を選んで着付けている。
誰に見せるでもないが丁寧に化粧を施した。
思い切って少し川に入る。
暑さのせいもあり、生温く感じた。
足首までの深さしかない小さな川面に花火が映る。
球形のみならず、星形や枝垂れ桜のような花火も次々に打ち上がる。
水中では光が微かに波に合わせて揺らいでいた。
水面の花火は綺麗だった。
贋作だとしても悪くない。
爆発音に先んじて、弾けた蛍光色が夜空に鮮やかな華を飾る。
花弁のような火玉はひらりひらりと落下しながら姿を消してゆく。
花火は世界の縮図だと聞いたことがある。
数年前、私の父は何の前触れもなく交通事故であっけなく死んでしまった。
その場に私はいなかった。
父の肉片は弾けて飛んだという。
花火の破裂音が耳に届く。
音が小さくなっていく。
そして、弟は病気で亡くなった。
脳にできた腫瘍は嘘のようにすくすくと成長して彼を侵した。
生命の光が徐々に弱まっていく様子を私は見守るしかなかった。
シュルルと収束していく花火の声が聞こえる。
私は5cmくらいのやや大きめの石を集めて柵のように積んでいく。
河川の一部を切り取るように簡易な池を設けた。
しゃがんで覗き込んでみると私の小さな池に花火が映っていた。
花火をまるで自分のものにしたような感覚に陥った。
全身の鳥肌が立った。
最後の花火が打ち上がる。
私は最後の花火が消え入る前に、慌てて池を何度も踏み付けた。
水面に魚が浮き上がる。
小石と私の草履で挟まれ死んだようだ。
暗くて魚がいるのに全く気付いていなかった。
花火も終わり、辺りは不気味な静寂に包まれていた。
私の滴る涙がジジジと音を立てた。