木々の戯れ
意識が曖昧に。
心地良い。
森の中で暮らす生き物は、夜を好む。
虫やネズミも首を長くして夜を待つ。
私は木になって数年経つが、意外に飽きないものだと不思議に感じている。
人間の頃には時間が、気になって仕方なかった。
体感とはあくまで相対的なものだ。
同じ時間でも質も量も変わってしまう。
先ほどから無作法に私の足を引っ掻くこのクマも許せてしまう。
感情は生き物としての生存を支えるものだ。
危ないなら恐怖するべきであるし、敵と判断したら憎まなくてはならない。
それは生命維持のための必要機構だ。
木にも繁栄志向は存在している。
だが、たかが一匹のクマの爪とぎに使われたところで気にならない。
仮に私がこれで朽ちて転木したところで、また次の生命が始まる。
その円環の一部であることに人間の分際では理解することができなかった。
発達した知能と理性は感性や真理をより深淵へと追い遣った。
そうして、上辺の正義だの悪だの一生懸命に定義して議論を交わす。
中身のない、なんという娯楽であり、暇潰しだろう。
それは付加的に与えられた思考というプロセスのせいで生まれた蛇足。
しかし、人間なのだからそれを楽しんでほしいと思う。
それが特権である。
苦しみ、楽しみ、嘆き。点々と感情に振り回されるといい。
それは今の我々には無い娯楽である。
至上の美味である。
私には味などわかりやしないのだが。




