機械仕掛けの右脚
終わりはこない。永遠に。
リュックサックを隣に置きながら、緑地公園のベンチに腰を下ろした。
子供たちが遊具で遊ぶ姿をぼんやりと眺めながら、青いアイスキャンデーを齧る。
「いいねぇ。」
身体とアイスの温度差が大きいほど旨いように思う。
去年はイマイチ覚えていないが、今年の夏は例年以上に暑いそうだ。
滔々と粘度の高い汗が頬を伝う。
汗をかいたことが目立たないように黒のシャツにしてきて良かった。
偏屈な人だと思われてしまうかもしれないが、私は真夏であっても短パンを履かない。
長いジーパンを愛用している。
熱が籠って生地が皮膚に張り付く感覚は苦手だが。
それ以上に肌が外界に開けていることの方が嫌だった。
「こんにちは。」
女性が私に声をかける。
前髪が少し長く表情は見えない。
彼女はそのまま私の隣に腰を下ろした。
他に空いているベンチはいくつもある。
ここを選んだ意図はわからない。
取り合えす右手に持ったアイスをチロチロ舐める。
「あの戦争の指揮を執っていたのは私なの。」
私の目の前公園中央には英雄とされる彫刻が展示されていた。
いかにも精悍な顔付きで戦いへの憂いすら感じる立ち姿であった。
目の前を機械の犬が飼い主に連れられて通った。
15年前、この国は突如戦場と化した。
開始の合図は空からの爆弾だった。
それからの争いは5年も続いた。
戦争にしては短かったのかもしれないが、
私は人生の全エネルギーを使い果たしたような感覚だった。
「指揮官が女性であったとは存じ上げませんでした。」
私は首を回して肩回りの筋肉をほぐした。
そして、座り直し姿勢を正した。
お会いしたことはないが、彼女は元上司ということになる。
「あなたの脚からは機械音と蒸気が漏れている。」
彼女は前方を眺めたまま呟くように話した。
私の脚がないことに勘付いていたようだ。
先ほどの長ズボンを愛用する理由は他にもある。
女性にとって偽脚はあまり見せたいものではない。
「はい。しかし、我々は勝利と共に戦を終える事が出来ました。」
なるべく平静を装った。
自分でも制御できない複雑な感情が胸の中に渦巻いていた。
指揮官は深い溜息をつく。
「私が奪ったようなものです。」
遊具で遊んでいた無邪気な子供たちは消えていた。
彼らは公園を鮮やかに見せるためのホログラム。
犬は機械で、公園の子供たちは映像。
本物なんて何も残っていないのだ。
無様な贋作になってまで、我々は生き延びたのだ。
«平和記念緑地公園»
皮肉なものだが、それがこの公園の名前だ。
「脚だけで済んで良かったと思っています。戦争が続いていれば、私は死んでいたでしょう。」
これは素直な本音であった。
私が生き延びたのは奇跡であり、仲間の屍の上に辛うじて成立している。
「あなたは優しいのね。他のみんなと違って私を責めないのね。」
勝利をもたらした最高の指揮官の称号と人口を2/3まで減らした冷徹な指揮官の称号を同時に得ていた。
戦争が終われば、多くの死者を出した彼女の作戦は批判の的となった。
いつの時代も英雄は後に悪者に仕立て上げられる。
「悔いるような態度を見せられても困ります。あなたは選ばれ、最良の作戦を考え実行し続けた。そして、私も同じように与えられた任務を愚直に遂行していただけです。」
彼女の方に目を向けると彼女もまた私の顔を覗き込んでいた。
「あなたらしいわね。けど、最も敵を殺した功労の殺戮者が、本当に可憐な義足の少女だったなんて。」
感情の揺れに同期するように機械仕掛けの脚から白い蒸気が吹き出る。
私は棒だけになったキャンディーを持って立ち上がる。
ゴミ箱に投げ捨てたが、縁に当たって草の上に落ちた。
司令官を顔を伏せ、泣いているようにも見えたが、
ふふふと長髪の女性は聞こえないくらいの小さな声で笑った。
・・・。
私の腹部が急激に熱くなった。
強烈な痛みが遅れてゆっくりと広がる。
右手を添えると、手のひらには赤い血が付着した。
一体何が起きている。
「ふふ。まさかこんな幸せな奴が戦争を終わらせた英雄だなんて。」
振り向くと数人の兵士に囲まれていた。
一人の構えた銃口から硝煙が上がっていた。
「くそっ。」
体勢を整えようとするが、傷口に蹴りを入れた。
私は蹲るように倒れこんだ。
立ち上がることができない。
「私は指揮官だったけど、あなたにとっては敵の指揮官。」
その後、彼女は取り出した短いナイフで私の身体を何度も刺した。
薄れゆく意識の中、彼女の涙を流しながら笑っている表情にぞっとした。
死にたくはない。
けど、この憎悪の螺旋から抜け出せるのは、幸いかもしれないと思った。




