第0部 1日目「思い出 SIDE:Kyoka01」
・現在 6月19日二ッ森 杏佳 15才
十輪寺高校の校長と担任の九十九先生との挨拶を終え自分の教室へ案内される最中、私は心を落ち着かせようとお兄ちゃんとの出来事を思い出して、笑みをこぼしては我に返るを繰り返していた。
12年前 4月8日二ッ森 杏佳4才
入園式から5日が経っていましたが、私は内気気味な性格から、なかなか友達を作れずに教室の端で座り込んでいました。
「杏佳、なに一人で座り込んでるんだよ。」
「おにいちゃん、どうしてウサギ組に?」
一人ぼっちでいた私に話し掛けてくれた彼は、私の1つ上で、ことり組の一ノ瀬 功太君。
二ッ森家と一ノ瀬家は母親同士が中学時代の同級生であった事と家が近かった事から親同士の仲が良く、必然的に私達も兄妹の様に接していました。「お兄ちゃん」という呼び名もそこが起因です。
私は物心付く以前からお兄ちゃんに付いて回っていたそうで、お兄ちゃんはそんな私を嫌がりもせず優しくしてくれました。
「そんなことは気にしなくていいんだよ。ほら、いくぞ。」
そう言って私の腕を掴み、私と同じ組の女の子グループまで連れていかれてしまった。
「なぁ、俺達も交ぜてくれないか?」
おままごとをしていた女の子グループは男の子に声を掛けられ一瞬戸惑いはしたものの、私に目を向けると快く仲間に入れてくれた。
「俺はことり組の一ノ瀬 功太。一応、せんぱい?だけど気にしないでいいよ。んで、こいつが俺の妹の杏佳。」
「き、杏佳です。よろしくお願いします…。」
正確には妹ではないのだが、そんな弁解をする時間を与えられずに「ほら、挨拶しろっ。」と急かされてぎこちのない挨拶を交わす。女の子達もそんな私たちを見て「くすっ」と笑いながらも自己紹介を返してくれた。私が5日かけても出来なかった事を、お兄ちゃんはなんの問題もなくこなしていまうのだ。
その後、うさぎ組の男の子にからかわれても文句ひとつ言わず涼しい顔で流す背中が私にはとても大きく感じたのだった。
・12年前 11月14日 二ッ森 杏佳 5才
遊園式から半年が過ぎ、私はお兄ちゃんの助けもあり、すっかりと幼稚園に慣れ親しんで幼稚園の友達3人とことり組の教室で遊んでいました。
うさぎ組の私たちがことり組で遊んでいたのには理由があります。
幼稚園では年長のことり組と年少のうさぎ組の二つのクラスがあり、うさぎ組男子の中ではヒーローごっこが流行っていました。
みんなは「ヒーローが悪者を倒すとこがかっこいい。」と口を揃えて"喧嘩"ごっこのような戦いを始めるのです。それは、私や周りの友達にも被害を与えました。
私達はお兄ちゃんを通して年長組とも仲がよかったことから、ことり組の教室で遊ぶことが多くなっていました。
「ことり組はうさぎ組と違って静かでいいね。」
確かに、ことり組ではうさぎ組のような激しいごっこ遊びが行われていませんでした。しかし、ことり組にもヒーローブームが無いわけではありません。お兄ちゃんやお兄ちゃんの友達の六本木 優磨君はいつもヒーローの話をしています。
友達の一人がふと、そんな感想を述べると続いて周りのみんなも愚痴をこぼし始めた。
「杏佳ちゃんのお兄ちゃんも優しいし、私一年早く生まれたかったなぁ。」
「私もお兄ちゃん欲しかったー。」
「だからねっ、お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、私の本当のお兄ちゃんじゃないよっ!」
私は毎回お兄ちゃんに関する説明をしていますが、周りの友達は「結局"お兄ちゃん"じゃん」とあまり聞く耳を持ってはくれません。
「でも、確かにことり組は平和だね。」
「ヒーローが悪者を倒したあとみたいだね。」
お兄ちゃんは「ヒーローは困っている人を助けるからヒーローなんだ。」とよく私に話してくれました。
当時、私はその意味を理解することが出来ず、みんなのそんな言葉に深く考えず「うん。」と頷くだけなのでした。
・現在 6月19日二ッ森 杏佳 15才
「今日は転校生がいるわよ。二ッ森さん入っておいで。」
先生の合図で教室の戸を開け少し緊張しながらも一歩を踏み出す。九十九先生は私が教卓まで来るのを確認すると黒板に私の名前を書いてくれた。
「二ッ森杏佳さんです、自己紹介どうぞ。」
「東京から越してきた、二ッ森杏佳です。よろしくお願いします!」
「皆さん仲良くしてくださいね。じゃあ、二ッ森さんはあっちの席ね。」
そう言って先生は一番後ろの窓際の席を指で指した。
「隣だね、私は三ノ宮 双葉。ヨロシク! 」
「よろしくお願いします。」
席に座ろうとしたとき隣の元気そうな女の子が声をかけてくれた。私は軽く会釈を返し席に座ります。
これから始まる学校生活、昔の私ならただビクビクするだけだったのかもしれません。しかし、今の私はお兄ちゃんの影響なのか不安以上に期待で胸を膨らませるのでした。