祖母と
ラルナと異なる人達
「ねえお母さん、お母さんってお父さん以外に好きな人とか居なかったの?」
「あら、急にどうしたのよそんなこと?あ、そういえばノラ君もカッコよくなってたでしょ?」
家に帰って早々だらけてソファに寝転がったラルナが母のメリナに質問をした。既に帰って来ていた父もごふっ、と飲み物を吹き出しかけるも、どうにか興味の無い振りを装いながらテレビを眺めている。
「まあ、確かに前よりもカッコよくはなってたかも、ってそうじゃなくて今はお母さんに質問なの!」
母に上手く話題を誘導されていたことに気づいたラルナはソファからその身を起こし突っ込みをいれる。
フフ、とメリナは微笑むとラルナの問いにようやく答える。
「ええそうねえ、お母さんは不思議とこの人と婚約して暫くするまでは恋とかしたこと無かったわ」
「僕はちょっと近所のお姉さんが気になってたかもなんて」
「あ?今なんて言ったかしら?イヤねえ最近耳が遠くなってきて」
「いいえ、なにも言ってないです、強いて言うなら君が初恋です、はい」
目の前で繰り広げられるノロケを見たラルナは一人納得しうなずく。
「ふーん、要は二人ともほぼ初恋同士なんだあ。あ、そうだお婆ちゃんに聞きたい事あったんだった、ちょっと聞いてくるね」
「ああそう、お婆ちゃんも眠くなるころだろうし、あんまり長居しないようにね、それじゃあこっちはお父さんとお話をしてるから」
はーい、と父ににじり寄っていく母を尻目にラルナは祖母の部屋へ向かう。
「おばあちゃーん、ちょっと話したいんだけどだいじょぶかな?」
扉をある程度気を使いながらノックしたラルナに祖母が優しい声でどうぞ、と許可を出してくれた。
「やあラルナ、どうしたんだい、こんな夜更けに?ああそうだ、貴女も遂に今日婚約者が発表されたから、何かそれでバアちゃんに相談したいことでも出来たかね」
部屋に入ったラルナを祖母はニコニコと手招きし傍らに座らせると元気に喋り出す。
「うーん、まあ内容は関連してるかも。その前に一つ謝っときたいんだけど、お婆ちゃんの部屋の本、あの大事そうな本のうちの一冊勝手に借りちゃったの、ごめんなさい!」
「ああ、あの本かい?いいよいいよ別に」
額の前で手を合わせたラルナだったが、案外あっさり祖母が許してくれたので拍子抜けしつつも本題を切り出す。
「許して貰ったところで一つ聞いてもいい?あの本に書いてあった通り昔は壁とか無かったの?今まで有るのが当たり前すぎて、というよりなんでか知らないけど気にならなかったんだけど、この壁の外はどうなってるの?それに仕事とか婚約者は一体誰が決めているの?なんだか最近異常に気になるのよね、これって何か変なのかなアタシさっ!」
ラルナの息継ぐ間もない質問に、祖母は暫し沈黙を伴い何かを考えていたようだが、言葉を切り出す。
「いいや、何かに対して疑問を持つのは何にもおかしな所はないのよラルナ。とうとうこの時期がやって来たようね、それじゃあラルナ、ある程度はお婆ちゃんが教えてあげよう」
話が長くなると思ったのか、祖母は飲み物を二人分用意すると語り出す。
「いいかいラルナ、ラルナが言っていた本の世界は本当に有った世界の話さ、それもバアちゃんがラルナよりもずっと幼い頃の話だけどね。まあ本の結末通りになって私達は大変困った、そこで彼にお願いをしたのさ、私達を救ってくださいと。そうしたら彼は私達全員を幸せにするなんて大きすぎる夢を抱えてこの町をとりあえず三等分にするため壁を築き、人々の配偶や職業を全て決めてくれているのさ、今だってそう、まだ働いているのかも知れない」
「つまり、私達は誰か一人に大概の事を決められているの?」
「決めてくれているんだよ、彼は間違いなんてしないしね」
なんとなく祖母の話でこの町がたった一人の人間によりありとあらゆる事を決められていることを理解した。
祖母の話でいう所の彼が誰なのかをラルナは良く分かっていない、というのも本の中では面白そうな冒険の部分しか目を通していないし、結末部分は張り付いていて読めなかったのだから。
「へえ、でも私は自分の自由にやっているつもりだけどなあ、なんか納得いかないし、誰かに決められて生きるとかさ」
「じゃあ彼に会ってみたらどうだい?」
祖母の思いがけないような提案にラルナはその身を跳ねさせると祖母を見つめる。
「会えるの?」
会えるさ、と祖母は傍らの机からペンを取りメモ書きをするとラルナに渡す。
「これをブリキの警備兵に見せれば連れていってくれる筈だよ、ああでも、二人で行くのが条件なんだ、ノラ君を連れていきなさい」
「え、ああ、うん」
おやすみも言わないまま部屋から出て自分の寝室に入ったラルナは、祖母に手渡された紙の謎の文字を眺め、なかなか寝入ることができなかった。