11月の魔女
仕事帰りに書店の文庫コーナーに寄る、一ヶ月前の私からは考えられないことだ。
全て、11月の魔女のせいだ。
魔女とは、私が恋をしてしまった女性だ。
魔法をかけられてしまった。
当分解ける事のない魔法を。
だから私は、魔女と呼んでいる。
今まで生きてきた27年間、恥ずかしながら私は小説を読む事などほとんどなかった。
本屋に立ち寄り、文庫コーナーに足を踏み入れるなどもちろんした事がなかった。
映像で頭の中に飛び込んでこないと、どうもピンとこなかったのだ。
そんな私を本の虫にしてしまったのは、魔女のせいだ。
魔女はよく本を読んでいた。
何気なく好きな本を聞いた時、目を見開き興奮気味に、それでも静かに自分の好きな本を語り出した。
私は、ただ魔女に気に入られたくて好きなものの話題を出しただけなのに。
それでも好きなものを語っている魔女は、私の目には美しく輝き、それがより一層私に魔法をかける事になった。
「君の好きなものを、私も好きになりたい。」
そう言った私に、魔女は一冊の本を薦めてくれた。
大好きな作家の、短編集らしい。
帰り道、私は初めて自分の意志で書店の文庫コーナーへ向かった。
内容などどうでもよかった。
ただ適当に内容を頭に入れて、魔女とその本について語り合えればいい。
複数ある短編の中から、魔女が好きだと言った話だけ真剣に読み、あとは流して読めばいい。
印象に残った所だけ会話でピックアップし、魔女との会話が弾めばそれでいい。
私は、恋をした女性の好きなものを無理矢理にでも好きになれれば、いや好きになれなくても好きだという演技ができればそれでよかったのだ。
魔女は、もう私の前から姿を消してしまった。
私にかけた魔法も解かずに消えてしまった。
あの日から、私の通勤鞄の中には一冊の短編集が入ったままだ。
もう何度読み返したのかもわからない。
そして、私の部屋には日を追うごとに新しい小説が積み重なっていく。
今では仕事帰りに書店へ足を運ぶのが、日課となってしまった。
いつかまた魔女に会える日が来ると、信じている。
その時私は「あなたのせいで、本の虫になりました。」と、伝えるつもりだ。
本を読み続ける事が、魔女に会う方法なのではないかとすら思い始めている。
あの短編集を開く度に、魔女の顔が浮かび、魔女が愛しくてたまらなくなり、私の目には涙が浮かぶ。
魔法はまだ、解けないままだ。