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51、光明

 夕方、到着した街はこれまでの街とはうってかわって大きな街だった。東西を挟むようにして家々が並んでおり、さながら街の中を街道が走っているようでもある。だが、バンザッタやメイトリンのような活気はあまり感じられなかった。先入観なのだろうか、物乞いも多く目につき、街を歩く人の表情も沈んでいるように見えた。

 それに反して宿の作りは豪奢すぎて落ち着かない。

 そして何より、僕を戸惑わせたのはカンパルツォとウェンビアノが苛立ちを隠そうともしていなかったことだ。町長との挨拶に同行したフェンの話を聞くに、十分たらずの町長との会話で随分腹を立てていたらしい。オルウェダ家の息がかかっているのか、いくら打っても響かぬ態度を取られていたようだった。


 カンパルツォもウェンビアノも怒り方が似ている。彼らが本気で怒ったときは捲し立て詰め寄ったりはしない。黙り、目つきを鋭くするのだ。そのせいで、夕食の場で無駄口を叩くものは誰一人いなかった。

 夕食を終えると、僕とアシュタヤはフェンの元へと向かった。

 いかに敵対している貴族の領地内と言えど、王の使節が害されるようなことがあれば責任問題に発展する。警備自体は厳重なもので、僕たちが周囲を警戒せずに話す時間は十分にあった。


 趣味の悪いノッカーを使って戸を叩く。声をかけると部屋の中に入るように促された。

 室内にはフェンとヤクバがいた。彼らは天蓋付きの寝台を居心地が悪そうに見つめている。装飾過多のベッドはレクシナやベルメイアを大いに喜ばせていたが、フェンやヤクバの風貌とはまるで似合わず、僕とアシュタヤは同時に苦笑を漏らした。

 椅子に座り、僕は説明を始める。超能力の解説は以前したことがあったため、そこは省略し、ジオールが提唱した魔法理論の部分が多くなった。説明を終えると、フェンは渋い顔をして大きな溜息を漏らし、頭を抱えた。


「ニール、とんでもないものを置いていかれたな」ぼそりとフェンが言う。「真実であるなら、歴史に名を刻むほどの発見だ」


 事の重大さが僕には分からない。フェンは苦々しげな笑みを向けてきたけれど、どう反応していいものだろうか。


「そんなにすごいことなの?」

「……ああ、魔力がどのようにして魔法になるか、その研究は進んだ国であればどこの国でもやっている。それこそ何代も前からな。だが、それが解き明かされたことはないだろう。少なくとも一般人の耳に入ったことはない」

「もしかして、かなりまずい?」

「まずいかどうかは分からんな。どういう影響があるか、予測がつかん」


 ある発見が発端となり、芋蔓式に様々な理論が見出されていく。それは科学でも何度も行われてきた営みだ。それにより、科学は発展してきた。

 超能力という分野に限っても同様の流れがあった。「ニール」の誕生が超能力の理論に寄与した面は大きい。僕たちが生まれたことでもたらされた発見が連鎖し、爆発的に科学分野としての「超能力」は進んでいったらしい。どの発見がどのように影響し、繋がっていったのか、僕は知らない。

 その流れが魔法にももたらされたらどうなるだろうか。

 生活の向上もあるだろう。より利便性の高い生活が営めるようになるかもしれない。ただ、同時にそれによって起こる悲劇も予想がつく。科学のブラックボックスの中身が明るみに出たことで、僕たちの世界はいくつもの争いを経験した。

 そして、それはギルデンスの望む世界と言ってもよい。

 思考の迷宮が口を開ける。一条の光も届かぬ暗闇に飲まれそうになったとき、ヤクバの盛大な欠伸が聞こえた。

 その安穏とした態度に毒気を抜かれ、呆けていると、彼は眉を上げた。


「フェンさん、あんた難しく考えすぎじゃないか?」

「だが、ヤクバ、これは」

「これは、俺たちが発表するには背負いきれない重さだ。なら胸の内に秘めとけばいい話でしょうや。得た知識をどう使うかは俺たちの勝手。そうだろう?」

「それは、そうだが」とフェンは唸り、それから脱力した。「……伯爵やウェンビアノさんには伝えておく。それが筋だ。いいな?」

「反対なんて、まさか。それより俺たちが考えるべきなのは、どう活用するか、でしょう」


 二人の目が僕とアシュタヤに向く。フェンはあまり気乗りしていなさそうではあったが、それに負けている場合ではない。

 口火を切ったのは、アシュタヤだった。


「フェンさん、可能性があるなら私は試したいと考えています。もちろん、やめろ、と言われればやりませんが」

「ふむ……」

「それよりも先に」と言ったのはヤクバだ。「まず、ニールの魔法とやらをこの目で見るのが先じゃないか?」

「そうだね」と頷く。「あまり威力はないからこの部屋の中でやっても問題はないと思うけど、いい?」


 反対する者は誰もいなかった。僕は立ち上がり、〈腕〉を展開する。魔法陣を強く意識して力を流し込むと、〈腕〉の指先のあたりで火が灯り、消えた。

 あまりに弱々しい力だったせいか、全員が虚を突かれたかのように固まる。自信満々に披露したわけでもないのに、「それだけ?」と批難されているようで恥ずかしくなり、僕は急いで椅子に腰を下ろした。


「こんなものだよ」早口で捲し立てる。「今すぐ実践できるほどの力じゃない」

「まあ、そうだな」とヤクバが笑う。「でも、確かに魔法くさいな……魔力は感じられないが、あのジオールが見せた発火能力とは違う」

「しかし、実戦で使うには一押し、足りないな」

「ああ、それなら一つ、考えがあるんだ」


 魔法にしかできないことで、僕がもっとも必要としているもの。

 やはり、僕には治癒魔法しか思い浮かばなかった。

 こうして魔法を使ってみて、気付いたことがある。魔法は発動までにタイムラグがある。それは魔法陣を用いてもなお、だ。陣の中に力を流し込み、幽界を経て、例えば、火を取り出す。不慣れなせいかもしれないが、現状では実戦の中で扱える気がしなかった。

 それに、ただでさえ、サイコキネシスは強力な力だ。武器をいくつも持つ必要はない。それならば、治癒魔法の陣を刻み込んだ方がよっぽど有用に思えた。前線で戦えば、傷つくことも多いだろう。また、もし、深手を負った仲間がいればその場で治療することもできる。

 僕の意見に誰もが賛同した。アシュタヤは、特に、だ。彼女は僕が攻撃の手段としての魔法ではなく、回復のための手段として用いようとしたのをいたく気に入ったらしい。穏やかな笑顔で「ニールらしい」と手を叩いた。


「うまくいくかは分からないけどね」

「信じましょう」

「それじゃあ、次はアシュタヤちゃんだな」

「だが、そもそもアシュタヤさまの力で、同じことができるのか? ニールのは〈腕〉、なんだろう? 彼女のものとはまったく別だ」

「……以前、ニールは私の力を〈肌〉と言ってなかった?」


 ああ、そうかもしれない。けれど、あくまで話を聞いて、知っている例から判断しただけだ。〈肌〉だから〈腕〉と同様に魔法陣を組み込める、というのは短絡的にすぎる。

 それに、彼女は魔法陣を刻み込むのに必要な〈腕〉を持っていない。もし、ジオールがいれば的確な判断をし、あるいはこの場で刻むこともできたかもしれないが、それは僕にはできないことだった。


「アシュタヤがどうやって感知しているか分からないから、なんともだなあ。大部分は同じでも細かい部分が人によって違うこともあるし」

「やはり、ニールのような『さいきっく』でないと無理なのかしら……」

「アシュタヤちゃんが感知できる範囲内に魔法陣を置くとか、そういうのじゃ無理なんだよな」

「無理だろうね。超能力の内側に魔法陣を取り込まなければいけない」


 この面子では僕こそが超能力の第一人者で、その言葉は無視できないほどの重さを孕んでいたのか、全員が渋い顔をした。アシュタヤと僕は彼女の能力を思い返し、解決方法を探る。

 彼女の能力は精神感知、「心の形に触れること」だ。まず、思い浮かんだのはその心をどうにかして魔法陣の形に変えることはできないか、だった。だが、その案は、発表するまでもなくうまくいかないことが分かっている。他人の心のあり方を意志一つで変形できるわけもない。


 では、心の形そのものではなく、それを並べることによって魔法陣を作り出せはしないだろうか。これはいい案かとも思えたが、魔法陣の形は複雑で、正確に人を並べる必要性を考えると現実味がなかった。というか、そもそも、魔法陣の構成要素は線で、途切れ途切れの点線では効力を発揮しない。

 僕やアシュタヤですら見当がつかないのだから、超能力を持たないフェンやヤクバが僕たちを唸らせるような妙案を口にすることはなかった。別の視点から見たら突破口があるのではないか、とも期待したが、彼らの案はあまりにも突拍子がなさ過ぎて、採用に足るものはなかった。

 時間だけが過ぎていく。考えても一向に思考の暗闇の出口は見えず、それを申し訳なく思ったのか、アシュタヤは会合の打ち切りを口にした。


「すみません、みなさん、私のために貴重な時間を……今日はこの辺にしておきましょう」

「そうですね」とフェンが頷く。「超能力だとしても陣がどのような影響を及ぼすか分かりませんし」

「ああ、それ。それさ、どういうことなの?」

「噂だ」答えたのはヤクバだ。「魔法陣を身体に彫ると攻撃性が高まるんじゃないか、ってな。まあ、お前のは身体かどうかわからんし、それに、魔法陣を身体に彫るやつは大抵初めから性格が悪いからなんとも言えない」

「ヤクバ、誰の性格が悪いと?」

「おっと、語弊です」

「まあ、どっちにしても根を詰めても仕方がないわ、ニール。こういうのはきっと何でもないときにふと閃くものじゃない?」

「そうかも、だけど」


 力になれないのが悔しくて項垂れると、ヤクバが欠伸をして、おどけるようにして己の禿げた頭をぺちんと叩いた。


「アシュタヤちゃんの言うとおりだ。悩んでいるうちはいい案は降ってこない。酒でも飲んで、今日は寝ることにしようや」

 ふふっ、とアシュタヤが同意するように笑う。「お酒はともかく、夜も更けてきました。今日はお休みすることにしましょう」

「でも、いいの、アシュタヤ?」

「元々魔法は使えないのだから、気にすることなんてないわ。それに、できることはたくさんあるじゃない。まずは力を使える時間を増やすことと、範囲を広げることに専念します」

「――範囲」


 そう静かに呟いたのはフェンだった。これまで難しい顔をしていた彼に全員の視線が集まる。

 そして、フェンは静かに訊ねた。


「アシュタヤさま、その範囲、というのはどうやって決まるのですか?」


 ばちん、と音が鳴った気がした。思考が繋がる音。

 自分が、自分の言葉で縛り付けられていたことに気がつく。魔法陣を刻む、だとか、取り込む、だとか、新しい要素を付け足すことにばかり思考が囚われていた。

 僕はアシュタヤに顔を向ける。彼女にも何か光明が見えかけていたのか、その光源を探るかのように、思考を巡らせていた。


「さすがフェン、冴えてる」

「どういうことだ?」とヤクバが唸った。「さっぱりわからん」

「アシュタヤの感知範囲は決まった範囲じゃないんだ。体調が悪ければ狭くなるし、練習すれば範囲を広げることができる。それを応用すれば」

「範囲そのものを魔法陣にする、ってことか?」


 感知能力を使って魔法陣を作り上げる必然性はない。要は幽界へと送る信号を超能力の中で表現すればいいだけなのだ。もし身体に刻まれた魔法陣が悪影響を及ぼすとしても、恒常的なものではないのだから問題はないだろう。


「でも、そんなこと、可能なの?」

「理論上は、だけど」


 僕の世界でも超能力の範囲を制限するなどと考えた人間はいないはずだ。感知能力で重要とされているのは、いかに精密に感じ取るか、どれだけ広い範囲を感知するか、という二つである。感知する範囲を削るだけならまだしも、穴を開けて模様を作ることに努力の方向を向ける者はいなかった。

 だが、形を変えられるのは事実だ。

 空間の形に合わせて円形から長方形に、よりその場に合致した形に感知範囲を制限する能力者は多い。

 必要なのは、言うまでもない、認識だ。

 超能力の形を変える、という、認識。


「アシュタヤ、前も言ったけれど、超能力は、きみが考えているよりずっとでたらめだ。形なんて、こうしなきゃいけない、という決まりはない」


 それは、言うのは容易で、実践するにはあまりな困難なことなのだろう。

 僕たちは絶えず、外から束縛を受けている。他人の言葉や態度、あるいは、自身の経験から「こうでなければならない」というありもしないルールを作り出すことも多い。

 特に感知能力者はその傾向が顕著であるそうだ。彼らは他人の持つエネルギーを写し取り、読み取る。他人と自分の境目があやふやになってもおかしくはない。

 アシュタヤも、だ。彼女はカンパルツォから強い影響を受けていたのだろう。僕に名前を呼び捨てにすることを強要したのも、たびたびベルメイアの言葉遣いを注意しているのも、それが一役買ったのかもしれない。


「アシュタヤ、僕も協力するから、二人で一緒に試していこう」


 僕たちはより強い自己を持つ必要がある。

 頭と身体に染みついた常識を吹き飛ばし、新しい力を得るためには自分を信じ続けて研鑽していかなければならない。きっと長い時間がかかるだろう。

 僕はフェンに礼を言って治癒魔法陣の写本の購入を依頼し、アシュタヤとともに部屋を後にした。誰もいない廊下で、彼女は「がんばろうね」と笑みを向けてくる。僕も頷く。

 だが、敵が成長を待ってくれる理由はないのは僕にも分かっていた。ギルデンスならまだしも、あちらにはフーラァタがいる。

 治癒魔法というのは強力な力で、強大な術士が全身の骨折を完治させるのに十日もいらない。それを実感したのは、僕たちの出発が決まったときのことだった。


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