不明
訳が分からない。というのも全て犯人のせいだ。
何で車道に出ようとしているんだ?
当たり前だが、車は何台も行きかっている。危険は避けられない。
ヤツがガードレールに足をかける。
「やめろ!!」
ハッ、とする。視界の横から、誰かが飛び出して行った。
神村さんだった。
出遅れた、と思う前に身体が動いた。
立ち膝になると足に力を込める。一瞬バランスが崩れるが、倒れなかった。
「おらああああああああ!!」
前方に重心を傾け、立ち上がった直後、走りだす。
同時に、ポッシブによる移動範囲ギリギリになるまで、距離を詰める。
15メートル。12メートル。9メートル。中々縮まらない。
そうこうしている間にもヤツは、今にも車道へ出ようとしている。
神村さんの後ろ姿が見える。
このままでは届かない。やるなら今だ。
右足に体重をかける。左足が前へ出る。瞬間、思い切り右足で、地面を蹴った。
『F.M.ジャンプ』だ。
範囲ではないが急を要するため、仕方なかった。
1秒もかからず、周囲の人物を、神村さんをすり抜けていく。
4メートルを一気に移動したのだ。だが、まだ5メートルはある。
着地と同時にドッと周囲が湧いた。俺がポッシブを披露したからではない。
ヤツが、ガードレールから、跳んだ。
そのまま直立姿勢で着地すると、右手を顔に寄せていく。何をする気だ?
彼の見つめる方向から、クラクションが鳴った。大型のトラックだ。
今からブレーキを踏んでも間に合うか。それくらい切迫していた。
彼は、親指とそれ以外の指を曲げ、丸を作っていた。
ぶつかる。そう覚悟した刹那、目を疑うような現象が起こった。
トラックが避けた。いや、むしろ……。
「え!?」
彼の前でトラックは、直角に曲がった。
次いで唐突に、前輪が浮いた。まるでウィリー走行だ。
荷台部分が地面と接触し、火花を散らす。
それはガードレールを超えてもおかしくない状態だった。
「くっそ!!」
目に飛び込んできたのは、一人の少女だった。ガードレールに程近い位置にいる。
何も考えは無かった。
瞬時に少女を抱える。ターンして、やって来た方を向くと間髪いれず、二回目のポッシブで跳んだ。
突然バランスを崩す。筋肉と体力を使うので、連続使用は出来れば避けたかった。
うまく着地できず、咄嗟に覆いかぶさるとそのまま、前転した。
「大丈夫!?」
幼稚園くらいの少女は無言で頷いてくれた。不安そうな顔ではあるが、無事なようだ。
金属音が耳をつんざいた。僅かに遅れて、振動が内臓を震わせる。後ろを振り向く。
トラックがガードレールに乗っていた。前輪が浮いて、空回りしている。どうやら停止したらしい。
「サキちゃーーん!!」
「ママーー!!」
振り返ると、女性が走って来ていた。少女が駆け出す。無意識に手を放していたようだ。
二人が抱き合う様子を見て、心の底からホッとした。
「なーーんでーーもやーー!!」
「叫ぶな、黙れ!!」
ヤツがまだ、いるかもしれない。神村さんの声で気付かれでもしたら……。
周囲を見渡す。息を飲みながら、前後左右、くまなく探した。
幸いにもヤツはいなかった。
いつ消えたのか全く解らないが、姿は見えなかった。
「いなくなったのか?」
「ああ、気配はさっぱりな」
「気配って、お前、まさかヤツが……」
何者かは判らない。しかし、確実に言えることはあった。
「ポッシブホルダー。多分、事件のこと、何か知ってる」
「幽霊じゃないのか!?」
神村さんを無視して、現場を見つめる。
トラックは相変わらず、ガードレールに乗っかっていた。
その様子を撮影する集団で、トラックの周りは埋め尽くされている。
危険という感情よりも、称賛を得たいのか?とつい、考えてしまう。
「神村さん、行かなくていいのか」
「野次馬扱いするな」
「違う。あの集団を退けなくていいのか、ってこと」
現場の封鎖は早い方がいい。
遅れればその分、ポッシブの残留反応や物的証拠が失われたりするかもしれない。
そうなれば警察官銃撃事件の手がかりも、もしかすると三枝さんの情報も……。
ヤツがいた痕跡を消してはならない。
そして、ヤツが二つの事件にどれだけ関わっているのか。それを知らなくては。