捜査
この町には、路地裏なるエリアがいくつかある。
そこには不良・犯罪者・裏稼業・その他諸々が集う。
俺と神村さんはそんな、『巣窟』にいた。目的はただ一つ。知り合いに会うためだ。
「よう、紀田」
コートにズボン、ニット帽まで黒ずくめの彼は、足を組みながらブロック塀の上に座っていた。
口元には僅かに、笑みを浮かべている。
「オッス、一原。今日は何だよ」
「何かさ、前にポリ公がズドン!って事件あったらしいじゃん?」
「あったな。ちょうど情報あるけど、いる?」
「それを待ってたんだよ、あざーす!!」
と、放ったらかしだった神村さんが、オーラのような物を出していることに気付く。
「一から説明、してくれるかな?」
「というと?」
「彼は何者だ?なぜ、路地裏にいる?情報って何だ?」
確かに何も説明していなかった。紀田と顔を見やる。
無言の協議の結果、二人で話をすることにした。
「こいつは紀田。表社会と裏社会、どっちにも顔が通る情報屋だ。んで」
「路地裏ならヤバい連中がゴロゴロいるから、ちょいと居座ってるだけ」
「さっきの、情報ってのは、警察官銃撃事件に関するもの。どう、分かった?」
「……ああ」
一通りの説明を終え、ようやく本題へ入った。
紀田が教えてくれた情報は、次のようなものだ。
三日ほど前、大通りで、交番勤務の男性警察官がとある不審人物に、職務質問をかけていた。
高価な服装なのに、無精髭。高級な腕時計を付けているのに、履き古されたスニーカー。
明らかに怪しいその人物は、突然、拳銃の入ったホルスターに手を伸ばしてきた。
危険を察知し、間合いを取った警察官は拳銃を構える。
その時、警察関係者が常備している『ポッシブチェッカー』なる機械が反応した。
それはポッシブホルダーの出す、特別な電波を受信し、警告音を発するものだ。
彼は、不審人物に狙いを定めると、引き金を引いた。
どうやら、危険と判断されたポッシブホルダーに対しては、発砲許可が出ていたらしい。
直後に倒れたのは、警察官の方だった。
一発だけだったがそれでも、心臓近くに命中した。
仰向けの身体から赤黒く、どくどくと溢れる血液。その様子を見ていた一般人が通報した。
「……最後の辺り、ただの感想じゃね?」
「神村さん」
俺は、顔を横に振る。突っ込んだら進まないぞ、の意味だ。
一方で紀田は、語り始める。
「お前は気付かないか、この事件の異質な部分に」
「誰でも分かるだろ」
そう、分かるに決まってる。恐らく、神村さんでも気付くだろう。
「要点は三つ。何故、発砲した側が弾丸を喰らったのか」
紀田が人差し指を立てる。
次いで、空気同然だった神村さんが口を開いた。
「何故、一般人は凶行に気付かなかったのか」
「そして」
俺は、自分の中で一番の疑問をぶつけた。
「何故、ポッシブホルダーに発砲許可が出たのか」
お互いに顔を見やる。どうやら考えは、全員同じだったらしい。
紀田に茶封筒を渡す。情報収集は終了する、という意味だ。
彼は中を見ると、不機嫌そうな表情になる。
「もうちょっと欲しいな~、一原クン」
「三万でも高いぐらいだ」
「ケチケチしやがって。まあいい、柚姫ちゃんに言いつけてやろうっと」
「二万プラスで手を打とうじゃないか、マイ友人」
結局、五万円を支払い、紀田と別れた。
奴は例のポッシブホルダーに関する情報を仕入れるためか、足早に去って行った。
俺たちは大通りで聞きこみを始めた。
路地裏を抜けてすぐ。≪かふぇ あんろっく≫からは少し離れる。
駅やショッピングモールがあるからか、人通りが激しい。
「ねえねえ、そこのお兄さん」
「あ?」
金髪・刺青・筋肉・高身長。そんな人に話しかけた。
明らかに機嫌が悪いが、とにかく情報が欲しい。構わず話を進める。
「お兄さん、この辺で事件あったの、知ってる?」
「さっさと失せろ。今、すげームカついてんだよ」
「そう言わずにさ、お願いし」
瞬間、何が起こったか分からなかった。足が浮いている。
襟首を持たれたのだ、と気付くまでに時間はかからなかった。
眉間に皺を寄せ、威嚇してくる。
「ストップ、ストップ。落ち着きましょう」
「そっちが因縁つけてきたんだろが、ああ!?」
「そんなわけないじゃないですか~」
「うるっせぇ!!とっとと失せやがれ、この野郎!!」
「申し訳ございませんでしたーー!!」
投げ捨てるように解放される。その際、尾てい骨を強打した。
かなりの痛みで呻き声をあげる。
「何やってんだ、お前」
「か……みむら……さん」
尻を押さえながら苦しむ姿を見て、訝しげに訊ねられた。
痛みが治まったところで、地面に座ると、収穫状況をお互いに報告する。
結果、二人して空振り。
「こんだけ人いて、誰も知らないなんて……」
「何でも屋、どうする?」
考えに考え、やはり誰も気づかなかったとは思えない、との結論に至った。
違和感のある人物と警官のやりとりは誰でも見えたはず。銃声もしただろう。
だったら何故、情報が得られない?
あ、と神村さんが手帳を取り出す。タブレット端末を持っているのに、そこはアナログなのか。
「そういえば、ほとんどの奴らの証言なんだが面白いことが聞けたよ」
「面白いこと?」
「事件の瞬間、バスターミナルにある全車両の窓ガラスが割れていたんだと」
「何だよそれ」
いや、と思う。ほとんどの人が言ったというと……。
「神村さん、もしかしてみんな、そっちに向かったんじゃないか?」
「そうか、銃撃の前に、別の場所に人をやってしまえば……!!」
「ああ、堂々と犯行ができる。それなら目撃者がいないのも説明がつく」
だが、それはつまり……。
そのときだった。自然、そちらに目が行った。思わず息を飲む。
高価な服装なのに、無精髭。高級な腕時計を付けているのに、履き古されたスニーカー。
紀田の情報と一致する。ヤツだ。神村さんも気付いたようで、身を乗り出している。
その人物は歩道から出て、車道へ向かおうとしていた。