表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

プロローグ

 世界はうるさい。

 実に騒がしい。

 誰もが「正義」を振りかざす。

 耳を塞ぎたくなるような、無意味な自論。そんな戯言を抜かす奴らに限って、揃いも揃って無能だ。

 許したくない。だから俺は力を持った。可能性という力を。

 

 

「ぬああああっっ!!」

 

 とある陸上競技場。走幅跳のコースを一原かずはら 翔太しょうたは走っていた。それだけだったら力まなくても良いのだが、ただ走っているわけではない。

 思い切り地面を蹴る。次の瞬間、彼の身体は四メートル先にあった。

 

「はい、いいよー」

 

 三枝さえぐささんが手を叩く。139センチメートルと小柄だが声は大きい。これほど離れているのに、まるで近くに居るようだ。

 

「相変わらず四メートルちょうど。安定してるね、『F.M.ジャンプ』」

「まあ、ほぼ毎日使ってますから」

 

 三枝さんの顔に怒りが見てとれた。既に大きく息を吸いこんでいる。まずい、吹き飛ばされる。彼女が口を開く。

 

 自慢の大声が耳を貫く……ようなことはなかった。声はそのまま、実体化してきた。まるで衝撃波のようなそれは、俺の身体を浮かせ、後ろへ倒した。というか吹っ飛んだ。

 

 どれくらい宙を舞ったか解らないが、思い切り背中を打ちつけた。一回転し、また背中からいった。

 

「いってええええええええ!!」

 

 勢いが弱まったのか、転がって行く。ようやく止まったときには、激しい痛みと軽い吐き気に襲われた。

 

「まだ喧嘩ばっかやってんの?そんなことに『ポッシブ』を使わないで!!」

 

 語気が強まっている。視界が回って顔は上手く見えないが、明らかな怒りを感じ取れた。

 

「……すみません」

「すみませんじゃないでしょ!!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 なんとも恐ろしい。こうなったときの三枝さんは所構わずポッシブを使ってくる。念のため、少し身構えることにした。

 

「いい?ああいうのは仕事と呼ばない。あんたがやってるのは、あんた自身だけじゃなく、他のポッシブホルダー全員を危険に晒す行動なの。それくらい分かってるでしょ?」

「分かってるよ。あと、俺がやってるのは喧嘩じゃなくて何でも屋っていう、立派な仕事だ」

 

 彼女は目を伏せる。そして静かに、どこか悲しげに言い放った。

 

「……全ての人がポッシブを認めてる訳じゃないんだから……」

 

 何も言い返せなかった。彼女を直視できず、自分の靴を見る。

 確かに、全人類がポッシブに対し、ちゃんと理解しているとは思えない。そもそもポッシブという存在自体、知らない者もいるだろう。

 

 ポッシブとは、人間が持つ『潜在的な可能性』のことだ。その可能性が何らかの形で具現化した現象を、そう呼んでいる。特殊能力・超能力の類と捉えて良い。

 そのポッシブを所有する人間を『ポッシブホルダー』と呼ぶ。俺も三枝さんも、その種類だ。

 

 彼女のポッシブは『破声バーストボイス』と言う。先にあげたと思うが、声に実際の衝撃を与え、目視可能な状態にする能力である。威力は声の大きさに比例して強まり、平常時でも屈強な成人男性が三人、吹き飛ばされるほど。

 

 一見すると強力で、悪の組織に入ってもおかしくない。だが、三枝さん自身はその能力に悩まされてきたという。

 

 幼少のころに威力を制御できず、家族を、友人を、傷つけてしまった。

 

 周囲の目は冷ややかで、「悪魔の子」だとか「バケモノ」と揶揄した。

 

 誰も彼女の抱える苦しみを理解しようとはしなかった。

 

 ただただ彼女は避けられた。

 

 そして、人を心から信じられなくなってしまった。

 

 全てを悟ったような発言はそういった、未知に対する周囲の「無知と偏見」に絶望したことに起因しているのだろう。

 

 俺はその絶望をよく知っている。だから、彼女の本音を聴くと言葉が出なくなるのだ。

 

「よし!!検査終了、今日はもう帰っていいよ」

「え」

「一回言われたらさっさと行動!!」

「は、はい!!」

 

 切り替え速くね?と思ったが口にはしなかった。なんとなく、吹っ飛ばされそうな気がしたからだ。一礼し、出口へと走りだす。その間、俺は考えていた。

 

『……全ての人がポッシブを認めてる訳じゃないんだから……』

 

 初めてポッシブが確認されてから十数年。一般の社会にポッシブホルダーが混ざることは当たり前となった。能力を使い、世のため人のために生きる者が増えた。

 

 なのに一部の人間は彼らを忌み嫌う。理解しがたい存在、自分たちが持っていない可能性を持つ存在を「害悪」として避けるのだ。

 

 何がいけない?何が気にくわない?何が怖い?

 

 答えはあまりにも直ぐに出た。ポッシブホルダーによる犯罪。彼らによるその過ちが、不信感の出処の一つとなっている。

 

 俺の職業・何でも屋は、その不信感を取り除き、一般人とポッシブホルダーが手を取り合って生きていける世界を作るために始めたものだ。三枝さんの言葉で改めて思い出した。

 ふと脚を止める。振り返ると、彼女は空を見ていた。

 

「俺が変えてみせる。絶対」

 

 小さく決意表明をすると、踵を返し、脚を動かした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ