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ラノベ「キジも鳴かずば」

作者: takara

ラノベ昔話「キジも鳴かずば撃たれまい」


川が氾濫するとか、昔の話だと思っていた。ところがこの町では、今でも秋になると川が氾濫してたくさん死人が出るというから驚きだ。

 俺、弥平20歳。妹は千代15歳。両親はもう居なくて二人暮らしだ。

 裕福じゃない。いや、どっちかっていうと貧乏。でも、兄妹仲がいいのが救いだ。千代は驚くほど不器用なので、料理は出来ない。一度目玉焼きを作ったことがあるのだがこれは宇宙の誕生を思わせるビッグバン的奇怪なもので、それ以来千代は料理を作るのを止めた。

そんな俺たちの街に、また秋の季節がやってきた。

千代は春の終わりごろから体調を崩して、寝込んでいた。でも、俺には医者を呼んでやる金もない。

「千代、早く元気になってくれよ」

「…お兄ちゃん」

「なんだ?なんでも言ってみろ」

「あのね…あたし、お赤飯が食べたい」

「お前、赤飯てもしかして」

「ちがっ、そうじゃなくて」

千代は顔を真っ赤にして、言った。

「お父さんとお母さんが生きてた頃、一緒に食べたでしょ…?あの頃、すっごく楽しかったな…って」

確かにそんな思い出があった。千代が10歳くらいのころ、赤飯をみんなで食べた。でも、今は。俺の家には小豆どころか、米一粒だってないんだ。

「楽しかったなあ…」

千代はまたそういうと、目を閉じて静かに小さな寝息をたて始めた。その顔を見つめているうちに、俺の中に熱いものがこみ上げてきた。

こんなにも。

こんなにも俺の妹が赤飯を食べたがっているんだ。俺が何とかしなくてどうする。他の誰も、何もしてくれない。

俺は立ち上がり、近所のコンビニに行った。

コンビニに入る。レトルトの赤飯を手に取ると、レジから見えない角度を探しながら、一息に出口から飛び出た。

「お、おい!万引きだ!」

バイトらしき男が追いかけてきたが、俺はそれを振り切って走った。


俺は赤飯をレンジで温めると、千代に食べさせてやった。

「お兄ちゃん、ありがとう。お赤飯…おいしいよ」

「そうか、いっぱい食べて早く元気になれよ」

「このお赤飯、どうしたの?うちにはこんなの買うお金、ないでしょ?」

「バイトしたんだ」

「そう」

千代はそれ以上何も聞かなかった。

赤飯のおかげか、千代の病気はだんだんと良くなり、やがて起きられるようになった。


やがて大雨が降り始め、また川が氾濫しそうになってきたというニュースを俺たちは聞いた。


一方俺たちの知らないところで、町の大人たちは会議を繰り返していた。

「このままじゃまた町に水がくる」

「どうすればいい」

「人柱を立てたらどうだろう?」

人柱というのは、生きた人間を土の中に埋めて、神様に無事を願う習慣だ。

「人柱!?この町には人柱にするような悪人はいない!っていうかこのご時世に人柱!?」

「昔の風習には中々良い物があるのですぞ」

「…そういえば。これを見てくれ」

役人の一人が見せたのはツイッターのタイムラインだった。


「おいしいお赤飯を食べたなう。うまー」


「これは?」

「日付とポストされた時間を見てくれ。この直前の時間、町内のコンビニで赤飯が盗まれたという届け出が警察にあった」

「まさか…」

「このポストをしたのは誰かわかるか?」

「…調べてみよう」


 その夜、俺と千代が食事をしていると、

 ドンドン! ドンドン!

 だれかが、戸をはげしく叩いた。

「弥平! 弥平はいるか!」

「…誰だ?」

戸を開けると、町の役人たちが立っていた。

「弥平、お前は先日、コンビニからレトルトの赤飯を盗んだだろう。妹がポストしたツイートが証拠だ」

 千代はハッとして、俺の顔を見た。

「お兄ちゃん!」

「千代、あれほど個人を特定できるツイートはやめろと言ったのに。すぐに炎上、個人特定、ネットに卒業アルバムとかさらされる時代だぞ…」

「ごめん!ごめんねお兄ちゃん!」

 今にも泣き出しそうな千代に、俺はできるだけやさしく言った。

「…俺はすぐに帰ってくるから、心配しないで待ってろ」

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

それが、俺と千代の別れだった。俺は人柱にされたのだった。

 

 兄が人柱にされた事を聞いた千代は、声をかぎりに泣いた。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!あたしがツイートしたばかりに!」

 千代は何日も何日も、泣き続け、そしてある日、泣くのを止めるとそれから一言も口を利かなくなった。何年かたち、千代はさらに美しく成長したが、やはり口をきくことはなかった。


ある年の事、一人の猟師がキジを撃ちに山へ入り、キジの鳴き声を聞きつけて、鉄砲の引き金を引いた。

 見事に仕留めたキジを探しに、猟師は草むらをかきわけていってハッと足をとめた。

 撃たれたキジを抱いて、千代が立っていたから。

 千代は死んでしまったキジに向かって、悲しそうに呟いた。

「キジよ、お前も鳴かなければ、撃たれないですんだものを」

「千代、お前、話せたのか…?」

 千代は猟師には何も答えず、冷たくなったキジを抱いたまま、どこかに行ってしまった。

 それから、千代の姿を見た者はいない。

「キジよ、お前も鳴かずば撃たれまいに」

 千代の残した最後の一言が、いつまでも町人のあいだに語りつたえられ、それからその町では人柱という恐ろしい事は行われなくなったそうな。


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