エピローグ 異世界行ったら――
「ぅ……」
うめきながら、目を開ける。視界に入ったのは、どこまでも続く濃い蒼と、優しい光を湛えた瞳で俺を見つめる、プラティユーシャの顔だった。
「気が付きましたか?」
ごく自然に、柔らかな口調で、プラティユーシャはそう聞いてくる。その顔に、何かを懸念しているような表情は、一切見えない。
「……俺、生きてるの?」
そこでようやく、下手をすれば死んでもおかしくないほどの力を行使していたことを思い出す。そして口を突いて出た疑問は、どうしてそれほどの力を使ったにもかかわらず、俺が生きているのかということだった。
「はい、生きていますよ。……もっとも、実は一度命を落としているんですがね」
そんな俺の疑問に答えたプラティユーシャは、さらっと恐ろしいことを言ってくれた。えっ、とあっけにとられたように呟きながら起き上ろうとして、不意に体に走った痛みに悶える。
「まだ動いてはいけませんよ。死んでしまうほどの大怪我をしていたので、治療も完ぺきではないですから」
そう言って、プラティユーシャがそっと手で俺を抑える。今更気づいたが、俺はプラティユーシャにひざまくらされているらしい。
ちょっとこの体勢は恥ずかしいのでやめてください、と抗議してみたが、プラティユーシャにはあえなく無視されてしまった。しょうがなく、そのままプラティユーシャから、俺が一命をとりとめた経緯を聞くこととなる。
ニヒトを討滅した後、俺は巨大な力を使った反動で、全身のあちこちが破損するという状態に陥っていたらしい。六精霊とプラティユーシャの全員で治療を試みこそしたが、元より諸刃の剣であることはわかっていたので、半ば諦めていたという。
そんな折、特に俺を愛していたプラティユーシャが、自身の上司である最高神様という存在にコンタクトを取り、何とか俺を蘇生できないかと取り次いだそうだ。それが功をなして、俺は現在こうして一命をとりとめた状態でここにいるらしい。
「……この世界の人間の勝手な都合で巻き込まれた人間を、この世界の都合で死なせたくはないという最高神様の意志もありました。が、なによりこの世界の人々が、英雄たるあなたに消えないでほしいと願ったこともあり、今のあなたがあるんですよ」
「そっか」とだけ返した俺は、実のところ胸に暖かいものを感じていた。やっぱり、この世界を守ってよかったと、今では正直に思う。
ふと、笑みがこぼれてしまった。それを見て、プラティユーシャもゆるりと微笑む。
「……やっぱり、この世界救ってよかった」
「そう思ってくださったのなら、世界神明利に尽きるというものですよ」
そこからはしばらく、無言の時間が続いた。そうして、ふと俺はプラティユーシャに問いかける。
「……なぁ、プラティユーシャ」
「なんですか?」
「すこし、このまま眠ってもいいかな。……正直、すごく疲れた」
その言葉に、一瞬あっけにとられるプラティユーシャだったが、次の瞬間にはふわりとほほ笑んでいた。
「ええ、もちろんです。ゆっくり、ゆっくり眠ってください」
ありがと、と一言だけでも言おうと思ったが、それよりも先に圧倒的な眠気が襲い掛かってきた。
今日は魔王城を駆けあがって、魔王を倒して、魔龍にとどめを刺して、魔神を討滅して、あげく二回も死にかけたんだ。ちょっとくらい眠るのは、許してほしい。
ふとむこうを向くと、見覚えのある三人の人影が走ってくるのが見える。けど眠い。
(……あぁ、おかえりって言わなきゃなのに……いやもういいや、寝る)
眠気にいざなわれ、半ば息を引き取るようにして俺は眠りにつくのだった。
***
こうして、俺の異世界の旅は終わりを告げた。ニヒトの攻撃によって破壊された世界の修復にこそ時間はかかったが、それでもなお人は前を向いて生き続けるのだろう。
だから、俺もまたこの世界で生きていくことにする。プラティユーシャ曰く、世界を渡るために十全な力を持っている俺ならば、元いた世界に舞い戻ることはできるらしいのだが、あいにくと俺にその気はなかった。
何せ、俺が愛した世界でこれからも生きていけるのだ。こんなにうれしいことはない。
「ぬぐあっ!?」
「て、てめぇ!神龍の騎士様に何しやがる!やったことわかってんのかコラぁ!!」
「神龍の騎士たる俺を殴るとは何様だお前……名を名乗れ!!」
まぁ、その前に俺には仕事がある。目の前で顔面を軽く殴られ、俺に食って掛かっている俺の偽者をぶちのめすという、大事な仕事があるのだ。
「俺は」
今度はどこに行こうか。何をしてやろうか。仲間たちとは別れて、付き人は普通に無傷だったルゥだけになってしまったが、それでも俺の旅は終わらないんだ。
「俺はタクト・カドミヤ。……神龍の騎士だ」
だって、この世界に俺が生きている限り、この世界が終わる日は来ないんだから。
そう、異世界行ったら門前払い食らって、最終的に英雄になっちゃった、俺がいる限り。
異世界行ったら門前払い食らいました 完
まずは、こうして完結までお付き合い頂きました読者の皆様に、一言お礼を申し上げさせていただきます。本当に長い間、ありがとうございました!
改めて、門前払い作者の矢代です。重ねまして、ここまで読んでいただきありがとうございました。
矢代自身、この小説は間違いなくボツになると最初は感じていたのですが、投稿を続けているうちにいつの間にか増えていたファンの方々、ブックマークや評価に感想などに後押しされて、こうして門前払いはめでたく完結の運びとなりました。
矢代自身はこれまで5年に渡って稚拙な小説活動を続けてきましたが、中編こそ幾つか完結させてきたものの、門前払いのような60話を超えるほどの長編など書いた試しがなく、それゆえに本作は間違いなくボツになると感じておりました。それを完結させることができたのは、何度も申し上げさせていただきますが応援してくださった皆様のおかげです。
重ねまして、ブックマークを押してくださった方、評価を投稿してくださった方、感想を書いてくださった方、本当にありがとうございました!
散々書かせていただきましたが、応援してくださった皆様のおかげで、門前払いは完結まで書き上げることができました。
特に、複数回に渡って感想を書いてくださった一部の方々には、「まだ見てくれている!」と感じて、モチベーションをV字上昇させていただいたのをよく覚えております。
そんな方々に、再度の感謝を述べさせていただきたいと思います。
さて、今回で「異世界行ったら門前払い食らいました」と言う作品は完結し、物語も終了となります。
皆様の暖かな応援の言葉を胸にしかと刻み込みながら、物語の幕を閉じさせていただきたいと思います。が、矢代はまだまだ止まりません。
また次回作でお目にかかることがあれば、その時は何卒よろしくお願い致します!
それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました! 2015/06/03 矢代大介




