第58話 神殿防衛戦
隔週更新に間に合わないので、もともと一話にまとめる予定だったお話しを分割して投稿いたします。
前回よりはだいぶ文章量も少ないですが、なにとぞご了承のほどをよろしくお願いいたします。
「ここでいい、ありがとなエール」
俺とカノンをここ――風鳴きの森の入り口へと運んでくれたエールに礼を言い、首元の柔らかい部分を軽く撫でてやる。嬉しそうに目を細めたエールは、一つ軽く鳴くとガーディスの方角めがけて飛んで行った。隣を見ると、同じようにゴーシュとサラを運んでいた翔竜が飛んでいくところを見かけた。竜二匹を見送った後、四人でうなずき合い森へと突入する。
風鳴きの森は、その名が示す通り、吹き抜ける風が木々の節に空いている穴によって音を立て、まるで鳴いているかのような音を立てる場所だ。あいにくの向かい風で若干進むのがしんどいが、今はそんなことを言っている場合ではない。
風向きに逆らい、神殿を目指して進む。道中で慌てふためいている精霊――風属性というと、おそらくシルフだろう――に何度か遭遇したのち、その光景は眼前に現れた。
風の神殿の建物、そのはるか上空にそびえるまがまがしい色のクリスタル。そこからわらわらとこぼれ出てくるカダーヴェルたちを迎撃しているのは、たった一つの人影だった。ヒスイ色のポニーテールを揺らし、両手から同色の衝撃波を無数に繰り出して応戦するその人は、かつて俺とともにカダーヴェルと戦った人。
「――フウさん!」
呼びかけつつ、俺は仲間を連れて戦闘体勢にはいる。今回は先の戦闘でイーリスブレイドが破損、使用不能になっているので、実質俺の実力だけで挑まねばならないのはなかなかの痛手だ。だが――
「俺には、この旅で培った……技術がある!!」
双剣を抜き放つと同時に、光属性の衝撃波。進路上のカダーヴェルたちを蹴散らしながら、俺はフウのもとめがけて走る。向こうもこちらに気づいたようで、俺に当たらないように衝撃波で援護してくれる。
「ファセロ・ボシタ=パルマス、『強き炎の爆発』!」
「吹き飛びな、『ガイアランサー』!!」
「食らいなさい、『ショットシェルアロウ』!!」
後ろからはカノン、ゴーシュ、サラも続き、近寄るカダーヴェルたちをなぎ倒してくれた。一気に突破して風の神殿を背後に回すと、フウが安堵の息を漏らす。
「タクト……助勢に感謝します。まずは、あのクリスタルを壊さねば」
「ええ、わかってます。……三人とも、ここは頼んだぞ」
仲間たちからの力強い応答を聞き、俺は再度神殿を視界に納める。目指すは、神殿の屋根からさらに上にあるクリスタルだ。中距離攻撃を持つフウがあれを破壊できていないとなると、つまるところやつを破壊するには物理的な攻撃以外ない。だが、前回はアリアの槍で、前々回は俺の衝撃波で破壊したというのに、こいつにはなぜ傷がつけられてないのだろうか。
疑問に思っていてもしょうがない。そう考えて、俺はファクトリーめがけて軽く剣を振り、衝撃波を発生させた。ぐんぐんと距離が縮まるが――到達まで後少しというところで、這い出てきたカダーヴェルに衝撃波が直撃したのである。
なるほど。肉壁を作られてしまえば、その分厚さや硬さもあいまって並大抵の攻撃じゃ突破できないだろうという道理だ。相手もものを考えられる存在なのか、それともオーディンか誰かが調整を施したのかは、この際置いといて。
「はあああぁぁぁぁァ…………!!」
バチ、バチ!と周囲にスパークが走る。分厚い壁を作られるのならば、こちらはそれをまとめて吹き飛ばせる攻撃を繰り出せばいいだけのこと!
「――魔剣奥義『絶剣・天衣無縫』!!」
最初のカダーヴェル戦で編み出した技、天衣無縫をファクトリーめがけて撃ち放つ。これまでのカダーヴェルの強度から考えるに、光属性の混じったこの攻撃を防ぎきるのは難しいはずだが――――そう考えて、鳴り響いた爆砕音と共に広がる爆煙をにらみつける。
だが、晴れた爆煙の先にあったのは、いくばくの傷さえもついていないファクトリーと、変わらずそこから生み出されるカダーヴェルの群れだった。数体かは俺めがけて直接投下されてきたので、仕方なく光属性の衝撃波で切り裂いて回避する。
「っち……一筋縄じゃいかないな、こりゃ」
はき捨てるようにそうつぶやいた俺は、足元の草と砂利を踏み鳴らし、神殿の屋根上めがけて跳躍した。上空からは相変わらずカダーヴェルたちがわらわらと降ってくるが、屋根に着地した俺はお構いなしに両の剣を振るい、屍たちをなぎ倒していく。
さて、どうやって破壊したものか。先ほどの衝撃波で魔力系の攻撃は無効――肉壁で防がれただけなので、もしかしたら普通に有効なのかもしてないが――だと判明したので、つまりあれを破壊するには物理攻撃、それも貫通力の高い攻撃が必要になる。
とはいっても、俺たちのチームで貫通力が高いといえばサラの弓だけだ。その弓から放たれる矢もある程度は魔力で強化されているので、今回の戦闘では無駄に終わることは確実だろう。どうするか――とカダーヴェルたちを切り伏せながら思案するが、だんだん考えるのが面倒くさくなってきた。
「――――あーもう、困ったらとりあえず脳筋一番だッ!!」
半ばやけっぱちになりつつ、俺は片方の剣を逆手に持ち替え、槍投げの要領でファクトリーめがけて発射する。ここ最近の戦闘で強化された筋肉から放たれる一撃は、割と効果があったらしい。肉壁として展開された数体のカダーヴェルを串刺しにして、甲高い音とともにファクトリーに剣が突き刺さった。
物理攻撃は十分に通る。それを確認できたのは大きいが、しかし状況が打開されたかといえばそうでもない。というか、片方の剣を失ったことでむしろ状況は悪化していた。ムキになりすぎである。
まぁ、それでもカダーヴェルをなぎ倒すには衝撃波で事足りるのは助かった。このままもう片方も投げつけてやろうかなーと思案していた、そのときだった。
「灰になりな、『インフェルノブラスター』!!!」
女の人の叫び声。そして森の奥から、一筋の赤い軌跡が――火炎の奔流が神殿周辺のカダーヴェルへと襲い掛かる。これほどにまで巨大な炎属性攻撃をできる人間を、俺はそう何人も知らない――!
「おうおう、待たせたなタクト!アタシが来たからにゃあ、こんな案山子連中瞬殺だぜ!」
そして森の奥からは、期待したとおりの人物が――炎の魔装「レーヴァテイン」を肩に担いだ赤い髪の女性、ことレヴァンテが、コートマントをたなびかせながら登場した。メラメラと燃える周囲や燃え尽きたカダーヴェルたちと相まって、その様相はさながら地獄からの使者なのがちょっとおしい。もうちょっと正義の見方っぽく登場してほしかった――というのは、俺のわがままか。
「レヴァンテ!いきなりで悪いけど、あのファクトリーを破壊できないか!こっちの魔法や物理攻撃じゃ、正直威力が足りないんだ!」
そんなことをいっても意味はないので、俺はすぐさまレヴァンテに救援を要請する。当の本人は、俺のさらに上にあるファクトリーを見つけて興味深そうにしていたが、すぐにその目がギラリと輝いた。
「いいぜ……久しぶりにやるか、レーヴァテイン!!」
そう言って、レヴァンテは担いでいた大剣を無造作におろす。その直後、ゴゥ!という大音響を伴って、レーヴァテインが紅蓮の炎に包まれた。よく見ると、そのレーヴァテインの刀身が変形している。
「さぁ……覚悟しろよ、人もどき量産マシーン!」
真っ赤な瞳を闘志で爛々と輝かせ、レヴァンテはファクトリーをにらんだ。その殺気に怖気ついたかのように、ファクトリーはカダーヴェルを生産して防御体制に入る。
させない。ぐっと握った拳に魔力素子を集中させて、掌打とともに打ち放った。着弾と同時に小規模な爆発を引き起こし、カダーヴェルたちをファクトリーから引き剥がす。だが、さすがに相手は機械――というか魔道兵器。無尽蔵に屍兵を生産し、その周囲を骸で埋め尽くしていく。しかし――
「……ガワをどれだけ繕ったって、アタシの炎の前には――――無意味さ!!!」
咆哮とともに、レーヴァテインが振るわれる。そこから生み出されたのは、莫大な業火の奔流。空気さえも焼き切らんと暴れ狂う炎は、俺の頭上すれすれを掠めて――ちょっと髪の毛が燃えたぞ、あぶねぇ!――ファクトリーへとまっすぐに飛ぶ。
数瞬の後、爆音と爆風と爆煙でゴタゴタにかき回された俺に降ってきたのは、さらさらとしたやたらきめ細かい灰だけだった。
「みなさん、助けていただきありがとうございました」
集合した俺たちを待っていたフウは、最初に出会った時のように丁寧に腰を折って一礼する。気にしなくていい、と俺たちが口々に言うのを見ていたレヴァンテが、不意に俺の近くへと寄ってきた。
「タクト、少しいいかい?……魔王のことを話す前に、やりたいことがあるんだよ」
やりたいこと?と内診で首をかしげつつも、俺はレヴァンテの背を追って、先ほどまでカダーヴェルが跋扈していた神殿前の広場に向かう。
広場のちょうど真ん中でレヴァンテと向かい合わせになると、おもむろにレヴァンテが背の大剣を引き抜き、地面へと勢いよく突き刺した。そして、俺に向けて一言。
「アタシと戦いな。ここでアタシに負けるような奴に、あいつの討伐を任せたくはないんでね……!」
静かな、しかし確かな威圧感のこもった声音。深紅の瞳でこちらを強く睨みつけているのも、あるいは不信感の表れか。
数秒ほど考えた俺は、音高く両の剣を抜きはなった。確かにレヴァンテの言う通り、ここで彼女に負けてしまうようなことがあれば、とてもではないが魔王となど戦えないと、そう判断したのだ。
「……ああ、受けて立つ」
短くそう答えて、俺もまた構える。先に不敵に笑ったのは、果たして俺か、レヴァンテか。




