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異世界行ったら門前払い食らいました  作者: 矢代大介
Chapter1 些細な始まり
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第4話 道中お守りいたします

「でぇりゃあっ!!」

俺の咆哮とともに、目の前にいた森イノシシが真っ向から切り裂かれ、血しぶきをあげながら力なく倒れこむ。最初は凄惨な光景だと目を覆いそうになったが、一週間もするとすっかり慣れてしまった。人間の適応力には感心するけど、慣れすぎるのもそれはそれで怖い。

最初に遭遇したモンスターである森イノシシの親玉は、やはりというか本当に格が違ったらしい。つい最近登録した冒険者がその動きとパワーに翻弄され、命からがら逃げてきたという話もあったそうだ。となると、俺なんかが勝てたのは本当にまぐれだったといえるだろう。事実、先ほどまで戦っていた森イノシシにも馬力で負けていた。

その分、森イノシシの動きは直線的であり、落ち着いて軌道を見ればかわせるくらいなのは、さすが初心者用モンスターだ。

数日間の戦闘特訓によって、二刀流の扱いにもだいぶ慣れてきている。両手の剣をタイミングよく連続で繰り出すのはまだ難しいが、それでもアレグル森林の野生生物相手になら余裕で勝利を収められるほどには成長した。もっとも、ここでの戦闘をものにできてようやく初心者脱出らしいので、まだまだ単独の冒険には危険が伴うとかなんとか。

すぐに冒険に出たいとは思っていないが、それでもこのままユリアさんたちの世話になっていると離れたくないという気持ちが強まりそうなので、個人的にはさっさと冒険に繰り出したいところだ。



そんな時だった。俺に、一つの朗報が舞い込んできたのは。



***



「おーいそこの兄ちゃん、ちょっといいかい?」

「……え、俺ですか?」

そうそうと言って俺を手招きするのは、王国城下町の入り口近くに露店を構えていた男性だ。

見た目で見積もれば、その容姿は30をくだらないだろうか。ワイルドなあごひげと、山賊のような衣装が特徴的だ。

「……これ、盗品じゃないですよね?」と訝しむと、男性はグハハと山賊っぽく笑う。

「んなわけねぇよ。俺は交易商『ゼック・バート』。この服はいわゆる魔除けさ。……なんか買ってくかい?」

ゼックと名乗った男性は、にかっと暑苦しく笑う。今しがた知り合って二言三言を交わしただけだったが、不思議と悪い気はしなかった。ゼックの提案通り、俺は品物を少し見せてもらうことにする。

「じゃあ、片手剣ってありますか?できれば、二本セットで振り回せるの」

と要望を告げると、ゼックはふむと唸って背後に積んであった刀剣類の中を探し始めた。

「兄ちゃんは二刀使いか、このあたりじゃ珍しいなー。冒険者歴はどのくらいだ?」

「まだ一週間弱ですよ。言われるほど強い奴じゃないですから」

素直にそういうと、ゼックが手を止めてこちらを凝視した。ワイルドな風貌と似合った眼力が思ったより怖く、少し腰が引ける。

「……にしちゃあ、ずいぶんとこなれた感じがするな。さては兄ちゃん、勇者なんじゃないか?」

「な……そんなことないですよ。たしかに召喚された身ですけど、あぶれ者です」

そこから、少しだけこちらに来た経緯を話すと、ゼックは何やら神妙な顔でうなずき始める。

「そうかぁ……苦労したんだな、お前も」

「そんなことないですよ。いい人に拾ってもらえたし、こうやって冒険者稼業ができるのもその人のおかげですから」

ミリアさんとライドウさんの顔を思い浮かべると、不意に温かい気持ちがわいてきた。彼らに出会わなかったら、今こうやって生気の満ち溢れた生活はできていなかっただろうか。のたれ死ぬ未来がすこし幻視できたので若干の身震いと苦笑を挟みつつゼックを待っていると、それからすぐに商品が出てきた。

「兄ちゃんの背丈と冒険者歴で言ったら、こいつがお勧めだな。初心者脱却したヒヨっ子が使う剣だが、買ってみるかい?

二本で1200Gだが、特別に1000Gにまけてやるぞ」

値段を告げられた俺は、少し考えて財布を探り始める。

この世界の通貨はGゴールドで纏められており、別の地域に行っても通貨は変わらないようだ。現実世界に換算すれば1Gは10円であり、したがって提示された額は12000円、負けてくれるので一万円きっかりということになる。

財布の中には購入できるだけの金額が入っていたが、これを購入するとまたしばらくは資金集めの日々が続きそうだ。買うか否かをじっくり悩むために、顎に手を当てて考え始めると、不意にゼックが苦笑した。

「なんだ、資金不足かい?」

「あーいや、お金は足りてますけど……どうしたもんかなぁ」

そろそろ二人の家に厄介になるのをやめて宿屋暮らしに切り替えようと思っていた矢先だったので、今この提案は少しばかり悩む。宿屋に滞在するのもお金が必要なので、ここでお金を消費するとまた厄介になる日々が続くんだろうなと頭を掻く。

そんな俺を見かねたのか、ゼックが耳を貸せのゼスチャーを送ってきた。促されるまま耳を貸すと、一つの提案が持ち掛けられた。

「……俺の出した条件をんでくれるなら、オマケ込みでタダにしてやってもいいぞ?」

「なっ!?」

その内容のあまりの唐突さに、思わず声が出てしまった。ゼックには不意打ちだったようで、耳を抑えつつ苦笑する彼に一つ謝罪する。

「あくまで条件を呑んでくれるなら、だ。いいか?一度しか言わねぇからよーく聞けよ」

とたんに神妙な面持ちになるゼックに、俺も幾分か真剣になる。

「……俺は近々、次の交易地に行くためにこの町を出る算段を立ててる。これは交易商全員に言えることなんだが、売り物を積載してる以上ならず者に襲われる危険性が付きまとうんだ。そこで、俺たちは対価の報酬を支払って用心棒を雇っているんだ。よければ兄ちゃんに用心棒を頼もうと思っているんだが、どうだ?」

つまり、その用心棒の対価として剣をプレゼントしてくれる、という話なのだろう。そうなると、俺も考える。

遅かれ早かれ、冒険者としてこの町を出ることには決めていたのだ。だが世界地図も持たずに放浪するなど自殺行為に等しいゆえ、どうしたものかと決めあぐねていたのだ。

そこに舞い込んできた用心棒の依頼は、俺にとっては魅力的だった。ゼックの目的地までならエスコートしてもらえるうえ、報酬で剣をいただけるというなら、一石二鳥というほかないかもしれない。

だが、問題はある。なぜゼックは、新米冒険者である俺に用心棒を頼もうとするのだろうか?俺が告げた実力はわかっているはずなので、わざわざ新米に用心棒を頼む必要はあるのだろうかと勘ぐってしまう。

いや、一人で悩んでいてもしょうがない。ここはいっそ、本人に直接聞いてしまうほうがいいだろう。

「……提案はうれしいですけど、なんで俺を用心棒なんかに?もっと腕のいい人に頼んだほうが、安心できると思うんですが」

自分で言って悲しくなるが、現実である以上は受け止めねばと言い聞かせる。頑張ろう、うん。

問いかけの意味を察したのか、ゼックが先ほどの暑苦しい笑みを向けてきた。

「報酬が安上がりってのもあるが、何よりの理由ははビビッ!と来たんだよ。それだけさ」

「……か、勘だけで用心棒頼むんですか」

「おう。商人ってのは自分が培ったカンのもとで行動するんだ。その勘が、兄ちゃんに護衛させろってささやいているからな」

そう言って笑うゼックに、俺は内心で拍子抜けしていた。もう少し慎重な人物かと思ったら、まさかこんな人間だとは。

だが、そうなるとゼックにはもう少し考えてほしいと思う。たかが知れている俺の実力を当てにして、いざ護衛したら何の役にも立たずに敗走、なんてことになったら笑えない事態だ。最悪、ゼックを――――。

「よぉし、そうとなったら善は急げだ!俺は明日発つ予定だったから、ちょうどいいと思っていたんだ!」

…………えぇー、拒否権なしですか?



結局、ゼックの口車に乗せられ転がされ、俺は護衛として同行することを承諾したのだった。



***



〈三週間お世話になりました。何も告げずに発つことを許してください。

 交易商の人の護衛をすることになり、タクトはこの街を出発します。

 不孝者だと言われるかもしれませんが、俺は行きます。

 お元気で。                    拓斗     〉



日も昇っていない早朝。

書置きをリビングのテーブルに置き、俺は静かに、細く息を吐いた。そのまま、すっかり見慣れてしまったその部屋を見る。

思えばこの三週間、二人にはずっと世話になっていた。食事を作ってもらって、励ましてもらって、仕事先まで紹介してもらって、心配してくれて、応援してくれて。

少し考えて、俺は財布の中身をすべて取り出してテーブルに置いた。申し訳程度に――食料のために必要な分だけそこから取って財布に戻した後、俺は足早に家を出た。

――――これでいい。ゼックにも言ったんだ。遅かれ早かれ、俺はこの町を出なきゃいけないんだから。

ならば、行動はできるだけ早いほうがいい。





「お待たせしましたー!」

その後、空が白み始めたころに、俺はギルドから正式な依頼として「ゼックの護衛」をすることになった。

待ち合わせに指定された王国北門では、すでに荷物をまとめ終えたゼックと、もう一人見知らぬ男性がいた。

「おう、すまねぇなこんな朝っぱらから」と笑うゼックの横にいた男性が、切れ長の目をじろりとこちらに向ける。

「……ゼック、こいつは誰だ?」

「っと、すまんなザクロ。紹介を忘れていた」

ザクロと呼ばれた男は、大柄なゼックと並ぶ慎重を持った、いわゆる細マッチョな体つきをしていた。腰に吊る剣は刀かレイピアのように細いが、そのたたずまいは只者でない感を存分に発揮している。

おそらく、俺だけでは不安なゼックが用意したもう一人の用心棒なんだろう。負担が減った気がして、無意識に安堵する。

「で、タクトに紹介する。こいつはザクロって言ってな、護衛が必要なら手を貸すって言って同行してくれたんだ」

「よろしくお願いします」

「…………」

おいおいだんまりですか。どっちにとっても悪印象だなぁ。

ともかくは人手がそろったということなので、俺たち三人は手続きを済ませてアレグリア王国を出た。目的地は、ここから西にある魔術の街「レブルク公国」だそうだ。



ゼックが所有する馬車に揺られながら、俺は朝日に照らされるアレグリア城を見つめる。

思えば、こうして冒険者として旅ができるのは、ひとえにあのクソ王家のおかげなのかもしれないな。

自嘲に似たため息を細く吐きながら、俺は胸中で宣告してやった。

――――見てなクソ王家。いつか高名になってギャフンと言わせてやるよ。

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