第51話 蒼穹に光る高き塔
「……おぉ、あれか!」
「えぇ、オリエンスの首都トキョウ、そのシンボルである『光の神殿』ですわ」
ワイバーンを倒した翌日。念のために森で一晩を過ごした俺たちは、昼頃になってようやくトキョウへとたどり着くことができた。青い空の一角に、天へと伸びる白亜の細塔がよく見えた。
この世界の街には似つかわしくない規模の塔に見とれていると、不意に隣にいた――昨日から何故か近くに居て離れようとしないので、仕方なくルゥの引く馬車に同席している――クレアが、恭しく頭を下げてきた。
「重ね重ね、護衛を引き受けていただき感謝致しますわ、タクト様。結果的にですが、あなたがいなければここまでくるのは無理だったと思いますので」
こうしてお礼を言われるのは何度目になるだろうか。最近は慣れてきたが、未だにどうもむず痒い。
「いや、気にしなくていいさ。どのみちここには来る予定だったし、そもそも小遣い稼ぎ程度にしか考えてなかったからな」
意図せず苦笑いをこぼすと、発言の意図を――つまり余計に詮索しないでくれ、という意味だ――察したのか、クレアはクスッと笑って「そういうことにしておきます」とだけ言ってくれた。
「ではタクト様、お元気で。またアレグリアに寄る時は、どうぞよろしくお願いしますね」
「あぁ。王女様も、お元気で」
トキョウのシンボル、光の神殿が見下ろす中で、俺とクレアは互いに言葉を交わし、別れた。すこしばかりの寂しさが胸中に残るが、同時にあのクソ王家の護衛を解任されてせいせいしてもいた。現金なものだと一人苦笑しつつ、ともかくは宿探しに向かう途中、突然両脇から短杖と肘でこづかれた。何事かと両側をみれば、そこにはいたずらっぽい笑みを浮かべたカノンとゴーシュの姿。
「タクトよぅ、お姫様といい雰囲気だったじゃねーか!いつの間に仲良くなったんだ?」
「いいなータクト君は、お姫様とお友達になれて……私も仲良くなりたかった」
かたやからかい半分、かたや不服そうな表情で俺に詰め寄る。何がどうなってるんだとサラに目で説明を乞うが、とうの本人は肩をすくめて澄まし顔をすると、それきり周囲の観察に戻ってしまった。
俺が王女と仲睦まじくするのがそんなに不服だったのだろうか。そんなことを考える傍ら、どうやったらこの現状が解消されるかを真剣に考え始めるのだった。
「ただ単純にうらやましかった」という三人の言い分を聞いたのは、その日の夜の話。
***
翌日、連日の護衛任務の疲れを十分に癒した俺たちは、最後の大精霊が住まう場所である、光の神殿へとやってきていた。
立ち止まり、真下から見た光の神殿は、どちらかというとかなり真新しい色をしていた。入り口付近の多すぎないシンプルな装飾も合間って、白亜の塔という表現がしっくりくる。
で、どうしてここで立ち止まっているのかというと――
『いらっしゃーい、神龍の騎士くん。噂は聞いてますよー』
入り口の目の前で、それはもう麗しい笑顔を称えた女性が、こちらに向けて優雅に手を振っていたからだ。例えるなら、神話やおとぎ話に出てくる女神様みたいな、そんな感じだ。
思わぬ出迎えに総出で唖然としていると、女性はおかしいのかクスクスと上品に笑う。どこかのお姫様とか言われたら絶対信じてしまいそうな、その優雅な佇まいは、しかし俺にある種の確信をもたらした。ちなみに確信した理由は俺にもわからないのだが、なんとなく直感が告げていたのだ。
「……光の、大精霊?」
『ご名答。アマテラスとお呼びくださいな』
俺に正体を指摘され、しかし光の大精霊、ことアマテラスは愉快そうに笑う。いったい何がおかしいのか、相変わらずアマテラスは笑っていたが、ふと笑い声を収めた。次いで、咲のまま俺を正面から見つめる。
『ここに来た理由はわかっております。早速始めようと思いますが、準備はよろしいでしょうか』
先ほどまでの柔和な物腰と変わらない、しかし有無を言わせぬその存在感。少しばかり気圧されながらも、俺はしっかり頷いた。その態度に満足したのか、アマテラスは説明に入る。
『私の出す条件は一つ。塔の中を駆け上がり、最上階の祭壇へたどり着くことです。道中には障害として、我が眷属であるウィルオたちを配置致しますが、全員倒す必要はないのでご安心を』
そう言ってアマテラスは、自身とよく似た天使姿の女性を隣に出現させた。試練の際にツクヨミが出現させていたシェイドとおなじような存在なのだろう、と推測する。
『塔の中を昇るならばどんな手を使っても構いませんし、どれだけ時間がかかっても構いません。最終的に、私の元にたどり着けた時点で合格とします。よろしいですね?』
確認の意を込めたアマテラスの言葉に、俺は力強く頷き、肯定の意を示した。満足そうに微笑んだアマテラスが、ついと手をかざして魔方陣を構築する。
『お連れの方々は、共に最上階でお待ちしてもらいます。それではタクトさん、ご武運を』
その言葉と共に、俺に笑いかけた三人共々アマテラスは消えた。魔法を使って最上階に転移したのだ。
「……っしゃ」
短く気合いを込めて、俺は重い音を立てて開いた扉をくぐった。
扉の横に無造作に吊るされていたボードには、この塔が20階まであることの他、諦める時には何かしらサインを出せば出してくれることが書いてある。それを確認しながら、俺は遥か上に存在するのだろう祭壇に目を向けた。
光の神殿の内部は、無数の渡り廊下が張り巡らされた吹き抜け構造となっている。所々に飛び交うのは、天使姿のウィルオだろうか。
闇の神殿で戦ったシェイドの実力を想像するが、同じ強さだとは限らない。油断しないようにと己を叱咤しながら、まずは現在位置である第一層の攻略に乗り出すのだった。
***
攻略を続けて、一時間は経っただろうか。現在地は、中ほどである第十一層だ。
ウィルオたちの攻撃はさしたる問題ではないのだが、張り巡らされた渡り廊下は、地下迷宮さながらの迷路を作り出している。法則もなにもあったものではなく、乱雑に塔の中を巡る回廊に苦戦し、思った以上に進むペースが落ちていた。
無論、そんな俺にウィルオたちは容赦しない。縦横無尽に空間を飛び回っては、隙を見つけてこちらに向けて切りかかってくる。割と熾烈な攻撃は捌くことこそできるものの、確実なダメージを狙ってくるために、時々無茶な体勢で受け止めることがある。それも合間って、俺の体力を確実に奪っていた。
今しがた飛来している攻撃も、俺の攻撃手段を殺ぐために肩口を狙っている。ギリギリ受け流したが、わずかにいなしきれず服をわずかに切り裂いた。その危うさに、思いがけず冷や汗が吹き出る。
「くっ」と怨嗟の声を漏らしながらも、俺はウィルオの胴を両断。光の粒になり消えて行く様に見向きせず、次の道を探す。
見つけた上層への道へと駆けながら、俺はふとこの試練の意味を悟っていた。
一見俺を倒しに来ている攻撃は、しかしどうしたものか致命打を与えることは狙っていない。
闇の神殿でシェイドたちと戦った時には、きちんと刃を落とした武器で致命打を狙って来たのだ。真剣を持っているとはいえ、止めるためならば容赦はしないはず。
苛烈な攻撃の裏にある意図。先ほどまでは迎撃に必死で考えもしなかったが、どうしたものか不意に答えがわかった気がした。
――おそらくこの試練で試しているのは、何がこようと諦めない不屈の精神なのだろう。でなければ眷属たちにこんなまどろっこしい真似はしないだろうし、この塔をここまで複雑にする意味はない。
そんなことを理解できたのは、浅いながらも一撃をもらって頭が冷えたからだろうか。なんて考えを頭の片隅で巡らせつつ、少し正確さを増したウィルオの攻撃を確実にいなすべく、彼女(?)らに向けて鋭い目線を向けた。
***
「……ぃよ、っとぉ!着いたぁっ」
それからもう一時間ほどかけて、ようやく俺は塔の最上階、すでに見慣れた光景の前にたどり着いていた。駆け寄って来た仲間たちの賞賛を浴びながら、俺はアマテラスのほうを見やる。
『お見事です。さすが神龍さまに騎士と見込まれたお方、このくらいわけなかったようですね』
かけられた言葉には、心からの賛辞が込められていた。すこし照れ臭くなりつつも、素直に受け取っておく。
『さて、それでは早速加護を授けましょう。……試練を突破せし者よ、前に』
その容姿に違わぬ優雅な口調に、俺も佇まいを改めて踏み出し、片膝を折ってアマテラスに頭を下げる。
これで通算五回目か。思い出せばここまで長かった。思えば最初にウィンと出会い、宝珠を授けられてから、俺の旅路はどこか輝きを増していた。それはこれから俺が辿る、英雄としての道への期待か、それとも多くのことを知れるという喜びか。
――それとも、やっと王家を見返すチャンスをものにしたという愉悦か。
これまでを思い出せば、その度様々な感情が鮮やかに蘇ってくる。嬉しかったり、不愉快だったり、悲しかったり。
それでもこうして仲間たちと笑いあえるのは、あの日の出会いがあったからだろうと、いまははっきり言える。
なんてことを考えていると、いつの間にか儀式は終わっていたらしい。降り注いでいた白光が消えているのを確認して、俺はすっと立ち上がる。
『さて、タクトさん。達成感を感じているでしょうが、あなたの旅はまだ終わりません』
アマテラスの言葉を受けて、改めて魔王との決戦が近いことを胸に刻む。
「ええ。絶対に、魔王は倒してみせます」
それが俺のためでもあるし、世界の、仲間たちのためでもある。胸中でそう呟いていたが、続くアマテラスの
『いえ、残念ながら魔王に挑むのはもう少し先です』という言葉を受け、「は?」と間抜けな返事をしてしまった俺を許して欲しい。
『確かに、タクトさんには六つの宝珠が授けられました。ですがあと一つ、風の加護が足りないのです』
アマテラスに指摘されて、始めて思い出す。そういえばあの時、幻の世界で出会ったウィンは、加護を授けてくれなかった。
『大精霊が加護を授けるには、力を十全に発揮できる神殿でなければなりません。ゆえにあなたには、これから風の神殿へ赴き、もう一度ウィンへと会いに行ってください』
そう言われたあとに飛んで来たのは、一枚の地図。内容を見てみると、そこにはオリエンス、ひいてはトキョウから伸びる光の線と、その終着点が描かれていた。
『風の神殿はここから東北東、ガーディス帝国が治めるサラメイト大陸の外れにある、「風鳴きの森」にあります。ガーディスの民に事情を話せば、問題なく通れるでしょう』
「そう、か……わかった。ありがとう、光の大精霊」
礼には及びません、と微笑んだアマテラスが開いた魔方陣を見やり、俺たちは一礼のあと、光の神殿を立ち去った。
目指すは最後の神殿が待つ、ガーディス帝国。
もう一度見つけた旅の終わりをめざして、俺は力強く歩き出した。
***
『彼らは行きましたよ』
恭しく頭をを下げて出て行ったタクトたちを見送ったあと。祭壇に座する光の大精霊、ことアマテラスは、不意に後ろを振り向いてそう呟いた。すると、祭壇のすぐ隣で、風の弾ける音が響く。
「……ばれていましたか」
風の音と共に現れたのは、鮮やかな新緑色の頭髪をポニーテールに結わえた、眉目秀麗な女性――こと、フウの姿だった。踊り子のような不思議な衣装の腰には、得物だろうレイピアがさげられている。
『それで、あなたはずいぶんと彼にお熱なようですが。堅物と有名なあなたに、何があったんですか?』
好奇心。いまのアマテラスの心を占める感情を言葉に表せば、好奇心という言葉が一番似合う。そして目前のフウは、大精霊の直感と期待に違わぬ反応を見せる。
「別に、なにも。私はただ、主であるプラティユーシャの命により、彼の動向を監視しているだけ」
予想通りとしか言えない反応をするフウを見て、可笑しくなったのかアマテラスは控えめに笑った。
『よいですか?大精霊とて知性を持った生き物。俗世に染まるのは当然であり、当たり前です。ですから、あなたがその心を恥じることはありませんよ』
わたしもよく恋をしましたから、と付け加えられた言葉を、フウはあえて無視する。
「……彼は風の神殿へ?」
『ええ。わたしの言付けを無視しなければですがね。……もっとも、彼らが今更わたしたちの言葉を蔑ろにすることはないと思いますが』
アマテラスの言葉に、そうですかとフウが胸を撫で下ろす。しかし安堵の表情はすぐに失せ、代わりに決意を持った毅然とした顔になる。
「では、私は再び彼らの近くに」
『えぇ、頑張って。……あなたの元に着いた時には、きちんと祝福してあげてください』
「心得ている」という言葉と共に、フウは再び風となって消えた。
第6章、これにて完結にございます。
気づけばいつの間にか200pを超える総合評価をいただき、こうしてグダグダと続けていることに多大な罪悪感を覚えています。
望み薄ですが年内の完結を目指しておりますので、よろしければ今後ともご贔屓によろしくお願い申し上げます!
重ねまして、沢山の評価や感想、応援メッセージをありがとうございます!




