第49話 王女と騎士
クレアの依頼を引き受けた翌日、俺たちは王女クレアと王様を護衛するため、ルゥに負傷兵入りの馬車を引かせて、彼女たちの馬車に合流した。目的地は、はるか東のトキョウ。
出発から数日たち、俺たちは現在、中継地点の野営地で補給を行っていた。このまま順当に進めれば、三日後にはトキョウへ到着できると、地図や土地勘に強いサラは言う。
ここまで来ると、怪我をおして護衛に当たる愛国心あふれる負傷兵がちらほらと出てきていた。まぁ無茶がたたって倒れられてはたまらないので、他の兵士さんたちと協力して馬車に押し込めていたりしている。
そんな感じに苦労している様子を、いつもクレアが笑いながら見ているのは、少しばかり気になった。それだけではなく、この野営地に着く直前あたりから、どうも彼女の距離(物理的な意味で)が近くなってきているように感じる。何かフラグを立てたような覚えはないんだけどなあ、と内心で首をひねるが、回答は出せずじまいだ。
まぁ、女の子に慕われて悪い気はしないので、とりあえずは保留にしておく。護衛する間はポジションの都合上、話しかけることも声をかけられることもないから、次の休憩に入った時にでもそれとなく聞いてみるか。
***
野営地から出発して一時間ほどしたところで、検問を行っているらしき森の中の関所に到着した。トキョウに行く人間も多いらしく、だいぶ長い行列が自然構築されている。
兵士長らしき人に、通り抜けるまでは警戒を解いて構わないと言われたので、俺もふぅと息をつき、近くに居たルゥが引いていた馬車の、御者台に腰を下ろした。ベルトから水筒を外し、中身をあおっていると、前にいる馬車――つまり王族の二人が乗っている馬車から、ひょいと小柄な影が姿を現した。
「タクト様、少しお時間よろしいでしょうか?」
予想通り、その影はクレアのものだったらしい。おしとやかさの現れた声で、俺の名を呼ぶ。
小走りに駆け寄ってきた彼女を見て、俺は少しばかり慌てていた。
「だ、大丈夫なのか?断りも入れずに馬車から出るなんて……」
「問題ありませんわ。この地域でわたしの顔を知ってる者はほとんどおりませんし、護衛の方たちもいらっしゃいます。心配には及びません」
そんなものなのだろうか?と疑問に思いつつも、まあ大丈夫だろうという楽観的な思考が脳裏をよぎる。数泊おいて、俺はクレアの手をとって御者台へと招き入れた。安い馬車なので御者台の椅子も固いが、この際我慢してもらう。
「何から何まで、ありがとうございます。憎しみの対象であるわたしたちの護衛なんてしてもらって、お礼の言いようがありませんわ」
座るや否や、クレアは俺にそんなことを言ってきた。一瞬なんのことか測りかね、すぐに異世界召喚のことだと思い至る。
「いくらなんでも悩み過ぎだって。それに、俺に謝るのは多分筋違いだぞ」
肩をすくめて出した言葉に、クレアは紅玉色の瞳をしぱたたかせていた。説明不足かと思い直し、自分の目的の再確認も兼ねて説明する。
「……俺も最初こそ、クレアたちアレグリアの王家に無理やりこっちに連れてこられたって思ってたんだけどな。大精霊たちの話では、俺はこの世界で再び現れようとしている『魔王』を倒す使命を背負ってるんだそうだ。だから、今はクレアたちを恨んではいない。もっとも、まだ根には持ってるんだけどな」
へらと笑いながら締めくくると、なんとなく心が軽くなった気がした。憎むべき対象に使命を話して心が軽くなるっていうのもどうなんだろうと思ったが、この際細かいことは気にしないでおく。あんまり細かいとこまで突っ込むと抜けられなくなりそうだ。
肩をすくめて気持ちを切り替え、クレアの反応をうかがってみると、件の彼女は形のいい眉をひそめて、口もとに指を当てて考えこむ姿勢をとっていた。何か引っかかる言葉でもあったのだろうか?
「……変ですね」
やがて、指を口もとに当てたまま、クレアはそう呟いた。何が、と問おうとしたその直前に、続けてクレアが口を開く。
「我がアレグリアに伝わる伝承に置いては、魔王を倒すにはアレグリアに納められた、かつての勇者が持っていた武器『ブライトキャリバー』が必要だったはずです。……タクト様や大精霊様がたのお言葉を否定するわけではないのですが、魔王を倒すには至れないのではないでしょうか……?」
クレアの言葉に、俺はかなりの衝撃を受けていた。まさか、勇者の剣なんてものが実在して、しかもそれがアレグリアに納められているなんて。
ついで、考えてみる。それは、本当に勇者の剣なのかと。
仮にクレアと大精霊、どちらの言葉も本当だとしたら、俺は最終的にあのアレグリアから勇者の剣を貰わなければならなくなる。
もしどちらも嘘ならば担がれただけで済むのだが、真実だったらややこしいことになるのは確実だろう。だが――
「……ちょっと聞くけどさ。その勇者の剣って、なんでアレグリアに納められたんだ?あと、その伝承っていつ聞いた?」
この問いの意味は、つまるところ伝承がでっち上げか否かを確認するためのものだ。あくまで個人の考察にしかすぎないが、とりあえずの判断にはなる。
そしておそらく、質問の意味を理解したのだろう。数秒ほど目を泳がせたあと、眉尻を思いっきりさげ、震える声で告げる。
「……伝承によれば、復活するであろう魔王を倒せる、新しい勇者を探せる存在として、アレグリアが選ばれたと言われています。聞かされたのは……半年くらい前、ですね」
はい、ニセモノ確定。そんな都合のいい理由で勇者の剣が預けられる訳はないし、そもそも先代の勇者――つまるところのカインが生まれ、育った土地は、アレグリアの存在するアーテミス大陸とは海を隔てた土地、ハティーマ大陸だと本にも書いてあった。そんな人がわざわざアレグリアを選ぶ理由も無いし、なによりそんなことをしたなら、城下でもその話が浸透しているはずだ。にもかかわらず、俺が数週間滞在したアレグリアの城下町では、俺たち勇者候補のいきさつをよく知るミリアさんでさえそんな話をすることはついぞなかった。
耳にする機会がなかった、と言われればそれまでなのだが、そうだとしても一度として聞くこともなかったというのは異常だ。つまりその伝承は、王家の間でのみ語られていたということ。
「……多分、嘘話だろうなぁ。娘の王女を騙してまでとか、どこまで見栄張りたいんだか」
はぁーとやるせないため息をついていると、横からも同じため息が聞こえてきた。まぁ、夢に見た勇者の物語が嘘だったかもしれないなんて言われたら、そんな反応にもなるだろう。俺だってそうなる自身があるんだから。
「……わたし、母に懐く子でよかったと思いました。嘘つきにはなりたくないものです」
「同感だ。……まぁ、そういう手段も行使できるから、ああやって王様やれてるんだろうけどな」
理想だけでは何も変わらない。それはいつの世でも同じであり、俺がこの世界で学んだことだ。
帰りたいという理想も、この世界を守りたいという理想も。力がなければ、叶わないものだ。
だから俺は、ここまでがむしゃらに突っ走ってこれたのだろう。仲間たちのサポートもあって、こうしてここまで生きてこれた、戦ってこれたのだ。
だから俺は、もっと強くなる。俺の理想のために。
「……あぁ、守ってみせる。この世界をな」
クレアに聞こえないように呟いた直後、兵士長から号令がかかった。手続きは完了したらしい。
「さて、馬車に戻りましょうか、お姫様」
「え……あ、はいっ。ふふ、よろしくお願いしますね、騎士様」
神龍の騎士の手をとって、姫は馬車へと歩き出した。




