第48話 偶然の邂逅
闇の神殿を攻略した翌日、俺たちは次の目的地である光の神殿がある街「トキョウ」へ向かう準備をしていた。現在俺は、一人ストリートを歩いて買い物中だ。
ちなみにカノンとサラは、長くなる旅路を見越して荷物用馬車の手配、ゴーシュはハルバードの修理をするために武器屋へ行っている。そのため、必然的に手の空いている俺が消耗品の補充に駆り出されていた。
袋の中と手にしたメモを見比べて、あとは何が要るかを頭の中で検討する。念のために砥石をあと幾つかと、矢束を補充しておこうと考えていたその時。
前から歩いてきたらしき人物と、不意に肩がぶつかってしまった。怖い人じゃないといいなという、セコい考えを頭の片隅に抱えつつ、俺は謝るために身を翻す。
「すみません、大丈夫で……」
が、口を開いた俺は、思わぬ出会いに固まってしまった。
「申し訳ありませ……って、貴方はあの時の!」
そこにいたのは、ハマネオで釣りをきっかけに知り合い、船の上で俺と言葉を交わしていた、あの金髪の少女だった。現在もフードを被っているので髪は見えないが、フードの切れ目からは日陰にも関わらず、妖しく輝く赤い瞳が見える。再開するかもとは考えていたが、まさか本当に会うことになるとは思わなかった。
あっけにとられつつも、とりあえず言葉を紡ぐ。会ったのに会話の一つもしないのは、なんとなく失礼な気がしたからだ。
「……何処かに行くのか?」
「ええ。これから用事がありまして、トキョウまで行くんです。……そう言えば、船ではお世話になりました」
礼儀正しく腰を折り、俺に向けて頭を下げてくる。まさか街中でお礼を言われるとは思わなかったので、多少慌てつつも返答する。
「いや、あの時は倒さないとこっちも危険だったからさ。助けたのはついでだよ」
多少邪な気持ちもあったけど、という言葉は心の中にしまっておく。肩をすくめて薄く笑うと、少女もくすと笑ってくれた。
「……そう言えば、何度もお会いしたのにお互い名前を知りませんでしたね。自己紹介しましょうよ」
「ん、そうだな。……俺はタクト、タクト・カドミヤだ」
少女の言葉に同意して、久しぶりに自分の名前を名乗る。すっかりこちらでの名乗り方が定着してしまったなぁと内心で苦笑していると、俺の名前を何度か呟いていた少女が、フードの奥で微笑みながら口を開いた。
「音楽を奏でそうな名前ですね。……おほん、私はクレア。フルネームはクレア・ディ・アレグリアと申します。以後、改めてお見知り置きを」
直後に少女、ことクレアの口から飛び出たフルネームに、俺は思わず周囲も気にせず叫んでしまった。
「……アレグリアぁ!?」
叫んでからハッとして、素早く周囲を見回す。
幸い、俺たちのことを怪訝な目で見る人間はいたものの、目ざとくこちらを注視するような人間はいなかった。
「悪い」と小さく謝ってから、改めて名字のことを聞く。
「……アレグリア、ってことは、君はアレグリア王家の?」
「はい、第一王女になります。……その節に関しては、申し訳ありませんでした。私たちの事情で、勝手にこの世界へと引きずりこんでしまったこと、謝って許されることではないことくらい、理解しております」
そうだ、思い出した。たしかにこの少女は、俺が転移してきてすぐ騎士に拘束された際、申し訳なさそうに俺のことを見ていたのを覚えている。船の上で言われた通り、確かに出会ったことはあったのだ。
「……よく覚えてたな?」
「ええ、貴方が抵抗していたのは見ていましたから。ハマネオで姿を見かけたとき、すぐに貴方だってわかりました」
だからあれほど警戒せず、近くに寄って来ていたのかと妙に納得する。だが――
「……無警戒にもほどがあるな。仮にも一国の王女だろ?闇討ちなんてされたら、どうする気だったんだ」
できる限り声を抑えて、俺はクレアに詰問する。同時に、なんで加害者である国の王女のことを気にかけてるんだと、自分の行動を疑問に思う俺がいた。
そして問われた少女はしかし、薄く目を伏せて言葉を絞り出す。
「……それでこちらに放り出された方々の気が晴れるなら、わたくしはそれで構いません。いえ、むしろそうしていただくことが、貴方方への精一杯の罪滅ぼしになるのだと、わたくしは考えていたんです」
少しばかり語勢を強めて放たれた言葉に、俺は思わす呆気に取られてしまった。ついで、なぜかこみ上げて来た笑いを抑えきれず、ぷっと吹き出してしまう。
それ相応の覚悟を以て放った言葉を笑われたのが心外だったのだろう、クレアの眉が釣りあがっているのを見て、慌てて悪いと謝った。
「わ、悪い。まさかそこまで大仰に考えてるとは思わなくてさ。……とにかく、君が気にすることじゃないと思うぞ。少なくとも、俺はそう思う」
こんどは、彼女が呆気に取られる番だった。ぽかんと小さく口を開き、狐につままれたような顔で俺のことを見ている。
なんと説明したら良いものか。そう思って頭をかいていると、突然背後からかけられた声に思考をせき止められた。
「ここにいたのかクレア。探したぞ」
その口調とクレアの表情から、その超えの持ち主が彼女の父親だということは容易に予想が――父親?
なんだかとてつもなく嫌ーな予感がする。俺は油の切れたロボットのごとく、関節を軋ませて後ろを、クレアが駆け寄った人物のほうを向いた。
「……こやつは何者だ」
「お父様、彼は怪しい方ではありません。……紹介致しますわ、タクト様。この方がわたくしのお父様にして、現アレグリア国王『ドラウス・ディ・アレグリア』にございます」
少しトーンを落とした声で、クレアの口から王様だということが語られた。
アレグリア国王と言えば、俺が今ここにいる理由の半分を作った人物でもある。今でこそ使命を持って旅をしているが、元はと言えば現代から俺を引きずり込み、あげくなんの説明も無しにポイ捨てしたのはこいつ――正確に言えば、こいつを含めたアレグリアの王家全員なのだ。
それを思い出した途端、体の芯が痺れるように熱くなるのを感じた。そのまま激情に任せて拳をつき出そうとするが、すんでのところで理性が踏みとどまらせる。いかんいかん、仮にも一国の王を殴るなんてことをしたら極刑ものだ。
俺の殺意を感じ取ったのだろう、クレアがますます申し訳なさそうな顔になる。が、王様ことドラウスは特に何も思うことはないらしく、平喘とクレアに話しかけていた。
「それで、クレア。傭兵は見つかったのか?」
まるで部下に話しかけるような口調だった。クレアも慣れているのだろう。特に意に介さずゆっくり首を振った。が、直後に何かを思いついたらしく、ドラウスに少しお待ちを、と告げる。そして、何を企んでいるのか俺のほうに近寄って来た。……こう言うのもアレだが、とてつもなく面倒事になりそうな気がする。
「……あの、タクト様。わたくしから、折り入ってお願いがございます」
ほらきた、と口に出しかけて、慌てて自制した。危ない、クレアにはともかくドラウスに聞かれると怒られそうな気がする。
「実は、先日クラーケンの襲撃に遭った時、避難が遅れたらしく護衛の兵たちが負傷を負ってしまったのです。現在代わりに戦力になりそうなお方を探していたのですが、それをタクト様にお願いできないでしょうか?もちろん、相応のお礼をすることは保証致しますわ」
思った通りの面倒事だった。仲間たちになんと説明しようかと考えつつも、俺はクレアに聞き返す。
「……何処に行くんだ?悪いけど俺たちにも目的があるから、方向が違うなら護衛はできないぞ」
俺の言い分に、クレアはなるほどと納得していた。一つ咳払いをしてから、彼女はまた口を開く。
「わたくしたちは友好関係を結ぶために、トキョウの権力者の方へと会いに行くのです。タクト様はどちらに?」
どうやら、せめてもの抵抗は無駄に終わったようだ。内心で嫌な顔をしている俺がいる反面、まぁいいかと呆れる俺がいる。
「……俺もトキョウに用事がある。そこまでなら、護衛しないこともない」
あくまでこちらは依頼を引き受けて、護ってやる立場なんだぞと、隠せる範囲で不満アピールをしてやるが、クレアの嬉しそうな笑顔の前にはつまらない意地もかすんでしまうような気がしている。
「お願い致しますわ、タクト様!」
この先俺は、女の子に勝てることはないんだろうなぁと、悲しい悟りを開いたりしていた。




