第47話 闇の神殿百人斬り
「……あなたが、闇の大精霊?」
『いかにも。ツクヨミと呼んでくれ』
そう言って、ツクヨミと名乗った悪魔のような容貌の男は不敵に笑う。こういっちゃなんだが、姿形がまったく大精霊っぽくない。どこぞのラスボスの第一形態とか言われたほうがしっくりくる。
『さて、遠路はるばるご苦労様タクト君。君の使命は他の大精霊から聞いているから、準備もできているぞ。さっそく始めるか?』
そんな俺の怪訝な目線を知ってか知らずか、ツクヨミはすらすらと淀みない口調で会話を続ける。どうやら今までとは違い、彼の見ている前で試練をとり行うようだ。
「お願いします」と短く返事を口にすると、境内の真ん中を中心にして、濃い紫色のオーラらしきものが浮かび上がる。目測だが、だいたい50m四方と言ったところか。
『そうそう、今回はタクト君一人で挑んでもらう。お仲間たちには外に出てくれ』
ぱちん、と結界の外にいたツクヨミが指を鳴らすと、形成された結界の一部に人一人通れるくらいの穴が開く。そこに向かって歩く仲間たちから、口々に頑張れと声援を受けた。
全員が退出したあと、再構成された結界の中央に立ち、一つ深呼吸をする。
今回は、仲間たちの助力は借りられない。思い返してみれば、これまでの神殿は全て、仲間たちのアドバイスや援護によって突破していたような気がする。
俺だって強くなっている。それを発揮するのは、まさに今しかない。
『それじゃ、試練を始めよう。内容は、俺の眷属たち百人と戦って、全員倒すことだ』
言葉と同時にツクヨミの腕が軽く振られると、結界の外側から続々と、妖精のような羽を生やした人たちが入り込んできた。眷属というと、つまりマリウス湖でも出会ったウンディーネのような存在なのだろう。
「……切っても大丈夫なのか?」
『あぁ問題ない。シェイドたちに明確な痛覚はないし、切られても少しの間消滅するだけで死ぬことはない。思う存分やってくれ』
ツクヨミの言葉に了承の頷きを返し、俺は腰から音高くふた振りの剣を引き抜いた。それを見て、シェイドと呼ばれた眷属たちもそれぞれ武器を抜く。剣に槍に爪に棍など、その得物は多種多様だ。
どれだけ臨機応変に対応できるかが鍵になる。そう肌で感じた俺は、ツクヨミの『始め!』という声で、石畳を蹴って走り出した。
同時に、シェイドたちの何人かがおたけびを上げながら殺到してくる。振り下ろされた大剣を左の剣で受け止め、別のシェイド相手に流して相殺、図らず同士討ちとなって硬直する二体を回転切りで倒し、飛来した投げ槍を弾く。
直後に飛んできたハンマーの攻撃をジャンプで回避して、振り切った反動で動けないシェイドの頭に、真上から剣をお見舞いしてやった。着地と同時にステップで棍を回避して、飛んでくる爪シェイドに向けて光の砲撃を放つ。
着弾と同時に小爆発が起こり、幾人かのシェイドがふらつくのを見ながら、今度は衝撃波を放ち、そいつらを撃破。続けざまに飛来した魔法を光の防壁で防御し、解除と同時に炎の砲撃を放ち、周辺に展開していたシェイドたちを焼き払って行く。
魔法によって連鎖する爆発の中を駆け抜けて、今度は魔力コーティングをかけた剣でシェイドたちを切り伏せる。襲ってきた槍と棍の同時攻撃をバク転で回避して、そこから繋げた剣戟で叩き切った。
「魔剣奥義『絶剣・疾風迅雷』ッ!!」
両方の剣を地面に水平になるように並べ、そこから足を使って独楽のように回転。周囲一帯に魔力素子の暴風を巻き起こし、大量のシェイドたちを同時に切り裂いた。
以前イーリスブレイドで編み出した「百花繚乱」に着想を得て、双剣用に改良したのが、この疾風迅雷である。同時連続攻撃から広範囲攻撃に変わったが、今回はそれが役に立ってくれた。
未だ魔力の暴風が吹く只中を、俺はただ疾駆する。目指すはただ一つ、シェイドたち全員を切り倒すこと!
爪とハンマーの同時攻撃を防御魔法でしのぎ、逆に魔力コーティングした刃をお見舞いして一刀の元に伏す。
続けて振り下ろされる剣をサイドステップで回避。迫るムチを切り飛ばし、返す刀でそいつの胴を薙ぐ。空いた空間めがけて光の爆発を放ち、シェイドたちを吹き飛ばしたのち、続けて衝撃波を連続で射出。散り散りになったシェイドを叩き切った。
「おおりゃあぁぁぁッ!!」
一心に剣を振りながら、俺はなんとも形容し難い感覚を覚えていた。あえて言うならば、スポーツをやっているような爽快感、とでも言うべきか。
今までの戦闘といえば、たとえ相手が人間でも油断すれば死が待っているという、殺伐としたものだった。だが今回、シェイドたち死なない存在を相手取って、始めて勝ち負けを気にせずに戦えたような気がする。
――だが、手は抜かない。負けるわけにはいかない。この戦いには、闇の神殿を突破できるかがかかっているのだから!
それに、この感覚を良いと思ってはいけない。たとえ今は不死の相手だとしても、今後命のある敵をたくさん相手どらねばならないのだ。
この感覚は今回だけ。そう心に決めて、再び剣を振ることに集中する。
***
結局十分ほどかかって、合計100人のシェイドたちを全員倒すことができた。動きっぱなしだった疲労がこみ上げて来て、石畳に尻餅をつく俺を見ながら、ツクヨミは静かに笑う。
『お疲れ様。さすがは我らが神龍さまが目をつけた騎士だな』
息を整えつつ、仲間たちが駆け寄ってくるのを見ながら、俺はふと気になったことを聞いて見た。
「……なぁ大精霊、神龍さまって、どういう人なんだ?」
俺の問いかけに、ツクヨミはすこし考えてから口を開く。
『そうだな……。この世界のことを真剣に案じて、問題が起これば解決の方法を探る。簡単に言えば、とても献身的なお方だ』
聞く限りはすこぶるいい人らしい。大精霊たちが慕うのも、人々に敬われるのもわかる気がする。
『……おっとそうだ、試練を突破したんだから、加護と証を授けないとな。こっちに来てくれ』
そう言って、すいと空中を滑って神社の本殿にいくツクヨミを追って、俺たちも連れたって神社の方へと赴く。
『それじゃ、俺の前に』
ツクヨミの言葉に従い、一歩進み出て片膝をつくと、俺の頭上から黒い燐光が降ってきた。そのまますこし待っていると、すぐに光は止む。
『加護はこれでよし。最後にこれを持って行くといい』
そう言ったツクヨミの前で、先ほど俺に降ってきた燐光が弾けた。そこから出てきたのは、黒曜石にも負けない黒い輝きを持った、漆黒の宝玉。
『闇の宝珠。タクト君が持っている四つに比べると汎用性は低いかもしれないけど、ぜひ活用してくれ』
「ありがとうございます」
ひとつ礼を言いながら、俺は取り出したイーリスブレイドを掲げる。闇の宝珠は音もなく空間を滑り、イーリスブレイドにあったくぼみのうち一つにはまり込んだ。これで残りは一つ、光の宝珠だけだ。
『これから光の神殿へ行くのか?』
「はい。最後の宝珠を受け取りに」
目的を伝えると、そうかと頷いたツクヨミの近くに、地図が近づいてきた。
『なら、この道を通るといい。ここなら魔物も少ないし、だいぶ近道になることだろう』
くるりと俺たちの方に向いた地図には、黒い粒子に似たもので道筋が書かれていた。記憶力に自信はないので、おとなしく地図を取り出してメモして行く。
『それと、もしかするとカダーヴェルたちも出現するかもしれない。負けることは無いだろうけど、気をつけてくれよ』
忠告を受けて、意外と世話好きなのかなという的外れな感想を抱きながら、俺たちはツクヨミに礼を言って闇の神殿を後にした。




