第46話 オリエンスの西の都市
イーリスブレイドをしまい、意気揚々とオリエンスへと上陸。カノンたちを連れて、港からほど近いオリエンスの都「キョーミヤ」へと向かったのが、つい昨日の出来事だ。
さて何が待っているのかと、内心楽しみだったのは、つい先ほどまでの話。
キョーミヤを守る壁と、その門をみた俺は、しばし言葉を失っていた。
白く塗られた壁と、その土台になっている丸石。ねずみ返しのような機能ももちあわせているのだろう、黒い瓦で作られた、落ち着いた色彩の壁。
門は木で作られており、取っ手代わりの鉄製のリングが、わずかに風で揺れている。
「――日本?」
それを――江戸時代風な壁を見た俺は、足を動かすのも忘れてそんなことを口走っていた。仲間たちに怪訝な顔をされてから我に返り、慌てて門へ向けて歩き出す。……しかし、どうしてまた日本家屋の壁がこんなところに?
「止まれ、身分証を見せてもらうぞ」
そう言って俺たちを引き止めた門番さんの格好は、傘のような帽子と身軽そうな漆塗りの鎧。大きな文字で「守護」と書かれた旗を背負っているのは、どこからどう見ても足軽兵のそれだった。
半ば茫然自失の状態で門をくぐった俺は、今度こそ身構えていなかったことを後悔した。
「――京都じゃんか!?」
どんな内容だったのかは、叫びで察してもらえるとありがたい。
***
「……いやしかし、まさかこんなところでこんな景色を見るとは思ってなかったわ……」
驚いて声をあげてしまい、周辺の人たちに怪訝な目で見られたのがつい数十分前。
現在俺たちは、オリエンス西の都であるキョーミヤのメインストリートを歩いていた。行き交う人々の服装は様々だったが、和服、それも袴やら着物がよく目に付く。
建物をみれば、甘味というのれんや外に出された赤い敷物付きの椅子、なにより漆塗りの瓦が目を引いた。どこからどう見ても昔の京都だ。
それに街の人たちをみれば、ちらほらとカラフルな髪や瞳が見えるものの、その大多数が黒い髪と瞳を持っているのが見える。以前フィーアという少女に、オリエンスの生まれかと聞かれたが……なるほど、この黒髪率ならそう思うのも無理はない。
「……せっかくだから、どこか寄ってみるか?」
俺のつぶやきを聞き取ったらしく、振り返ったカノンが満面の笑みで頷く。
聞けばこのオリエンスは、砂糖を初めとした甘いものの原料になるものが豊富に生産されているらしく、そのおかげで甘いものの流通が盛んなのだそうだ。たしかに、女性なら食いつく話だと一人得心した俺は、前を行く仲間たちとともに、手頃な店を探し始めた。神殿に挑む前に、軽食を取るのも悪くはない。
数分して見つけたのは、メインストリートから少し外れた場所にある、甘味と書かれたのれんだった。入ってみると、内装は一般的な食堂のようなレイアウトになっており、すでに数人のら冒険者装に身を包んだ人たちが座っているのが見えた。
さっそく俺たちも座り、各自思い思いに注文をしていく。今回の支払いが「一番お金持ってたから」という理由で俺になっているのは、また別の話。
特に待ち時間もなく、注文したものが運ばれてくる。カノンとサラは黒いチョコレートのようなもの、ゴーシュはおはぎっぽいもの、俺はだんごだ。余談だが、メニューにはちゃんと「チョコレート」「ハギ」「ダンゴ」と書かれている。なぜカタカナなのかは、店主しか知らないことだろう。
「あまーい!」というカノンたち女性陣の嬉しそうな声を聞きながら、俺もだんごをかじってみる。
瞬間、表現のきかない懐かしさを覚えた。小さいころ、父さんによく連れて行ってもらった、商店街のだんご屋のだんごに、よく似た味だったのだ。
なんとも言えない感慨が押し寄せてきて、続けて二度三度だんごを頬張る。
二度と味わえないあの味を口に感じることができたせいか、少し泣きそうになってしまった……うぐ、喉に詰まってむせて涙が出たっ。
咳き込む俺に、三人は何かを感じたんだろう。一心不乱にだんごを食べる俺を、暖かい目で見ていた。
***
しばらくして甘味所をあとにした俺たちは、いよいよ最後の二つの神殿のうちの一つ、闇の神殿へ向けて歩き出した。
と言っても道中には危険などない。神殿は、街の中心にある小高い山の中にあるのだ。道中で倒れろ、という方が難しい。
雑談を交わしながら歩いていると、すぐに闇の神殿へ続く道が見えてきた。幸い参拝客などはほとんどいないらしく、すんなりと通り過ぎる。が、道の奥に続いていた光景に、俺は思わず声を失った。
目の前の石階段を囲うように、ずらりと赤い柱が並んでいる。それもただの柱ではなく、二つの柱が頂点でもう二本の柱によって繋がれ、上の横向けの柱には、仰々しい字体で「闇」と書かれている。
――どう見ても神社の、それも有名な千本鳥居にしか見えない。ツヤのある赤は、石階段に沿ってずっと上まで続いていた。
「……ずいぶん物々しいわね」
サラの素直な意見に同調しつつ、俺たちは何段あるかもわからない石階段を登り始める。
***
頂上に着くまでに、危惧していたほど長い時間はかからなかった。
木々のまばらになった空を見ながら石階段を登り終えた俺は、続いて目に入った神殿の姿を見てはぁとため息をついてしまう。予想通りすぎて、当てたという気持ちよりもやっぱりかという気持ちのほうが強かったからだ。
目の前に建っているのは、そのまんま日本にある神社の境内だった。ご丁寧なことに、狛犬や石畳、賽銭箱なんかも完備されている。
「……神殿の前に迷宮も無いなんて、変わってるなぁ」
ゴーシュの言葉は最もだ。これまで立ち寄ってきた炎、大地、水の神殿は、形や形式こそ違えど必ず前座のような場所が設けられていた。しかしこの闇の神殿には、それがない。
何故だろうか?と全員で首を傾げていると、不意に境内のほうから、男性の声が聞こえてきた。
「それは、ここで試練を行うからだよ」
突然降ってきた声に、俺はびっくりしながらも境内を見やる。
「――ようこそ、闇の神殿へ」
そこにいたのは、賽銭箱に腰掛け、黒い髪とコウモリのような翼をはためかせる、赤い瞳の男性だった。




