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異世界行ったら門前払い食らいました  作者: 矢代大介
Chapter6 光と闇の双神殿
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第44話 港町の釣り大会

行き先を決めた俺たちは、早速行動を開始した。

タクシアから最も近く、かつオリエンスへの便が出ている港を探し、そこへ向かう。

幸いというか、目的の港はすぐ見つかった。タクシアの首都から、歩いてたったの一日で到着できる位置に、ハマネオの港という漁港があったのだ。

歩いて一日が短いと感じるのは、感覚がこっちに適応しているからなのだろうか。そんなことを考えながら歩いて、俺たちはハマネオの港へと到着した。


「……釣り大会?」

そのハマネオにあった宿の一室で、俺はなんともマヌケな呟きを漏らしていた。矛先は、何かが書かれた紙を持ったゴーシュである。

「おう、釣り大会だ。参加して魚を釣った奴は、もれなく海鮮料理にありつけるんだとさ!」

すっかり忘れていたが、この世界で魚を食べるには中々骨が折れる。冷凍して輸送する手段がないため、車より早く走れない馬車では、目的地に輸送する前にいたんでしまう恐れがあるからだ。日本の知識があると、そういうところに疎くなってしまって困る。

しかし、それにしてはいやにゴーシュの目が輝いていた。これは面倒が起きるぞという直感のささやきを聞きながら、俺は怪訝な目で問いかける。

「……それがどうしたんだよ。参加はしないぞ、明日にでも出る予定なんだから」

魚料理ならこの宿でも食べられるし、と内心で呟いた俺を、今度はゴーシュが怪訝な目でみてきた。直後、合点が言ったかのようにあぁと呟く。

「いや、釣り大会のお陰で明後日にしか出ないんだ。心置きなく参加できるぞ!」

そうじゃない。というか参加しないって言ってるだろうに。

俺の胸中を読んだのか、ゴーシュは続けてにかっと笑う。

「心配ない、カノンとサラにも参加は伝えてある!心配することはないぞ!」

だから参加せんと言っとろうに……しかし、カノンたちも参加するのか。ノリ悪いと怒られるかなぁ、主に目の前の大人気ない重戦士に。

「……あーわかった、俺も行くわ」

「いよーし、デカイの釣れよ!」

お前は釣らないのか、と内心で突っ込みながら、疲れてベッドに潜り込む俺だった。


***


「それでは、第32回ハマネオ釣り大会の開始を宣言いたしますッ!」

翌日、俺たちは連れたってハマネオの中央広場へとやってきていた。言わずもがな、理由は釣り大会に参加するためである。

案外参加する人間は多いらしく、広場に立って司会の演説を聞いている人々の手には、例外なく釣竿が握られていた。俺も露店で調達した安っちい釣竿を肩に担ぎながら、黙って演説を聞く。

「優勝者にはなんと!この街に本店を構えるあの高級料理店『ペスカード』の無料お食事券をプレゼントいたします!優勝の条件はただ一つ、誰よりも大きい魚を釣ってくることだ!」

うおーっ!と一瞬であがったボルテージをよそに、俺はゴーシュに問いかける。

「……なぁゴーシュ、ペスカードって美味しいのか?」

「ああ。俺も旅先で食う機会があったんだけどな、ありゃウマイってもんじゃなかったぞ」

へぇ、そこまでなのか。食に興味なさげな彼でさえこの態度だ、相当美味いだろうことは想像できる。

できるなら狙ってみようかな。そんなことを考えながら、俺は開始の号令と共に走り出した仲間たちを歩いて追いかけるのだった。


***


「せいっ!」

「よいしょっ!」

「いただきィ!」

次々と魚を釣ってははしゃぐ仲間たちを尻目に、俺はゆったりと釣り糸を垂らしながら、海を眺めていた。

傍らには、龍模様の馬であるルゥも付き添っている。宿のおかみさんに、こいつも潮風に当ててやれと言われたので、それもそうだと連れてきたのだ。

反応を見せない釣り糸をみながら、俺はすぐそばで腰をおろしているルゥの胴体にぼてっと頭を乗せる。現代と時間や季節の流れが同じなら、今の季節は秋のはじめといったところだろうか。

爽やかな潮風が港に吹き、和気藹々と釣り糸を垂らす参加者たちの髪を、俺の髪を揺らす。日差しが程よく暖かいため、油断するとすぐに意識を刈り取られてしまいそうだ。

数秒考えて、釣竿を立てかける道具に竿を預け、ルゥにもたれかかる。心地よくて釣りなんてめんどくさいことやってられない。

横になって――正確には釣竿以外の場所に意識を向けてから気づいたが、海の向こう、水平線に近いところに、小さく島が見えていた。あれが、目的地であるオリエンスなのだろう。

これがもし現代だったら、海岸線の工業地帯やらなにやらのおかげで、ああもはっきり見えないだろう。改めて、この世界の空気が澄み渡っているのを感じさせる。

――俺は守るんだ。ここに生きる生き物たちが作り上げた、この美しい世界を。

今一度決意を新たにしたが、容赦無く襲ってくる眠気に俺はたやすく意識を奪われるのだった。



目が覚めたのは、そこからいくばくか太陽が傾いた頃だった。はっとなって飛び起きるが、幸いそこまで時間は経ってないようだった。すぐ近くには、飲み物を飲んで休憩しているカノンとサラが居る。ゴーシュは釣り場所でも探しに行ったのだろうか、見当たらなかった。

持ち物も念の為に確認するが、盗まれたものはないらしい。安堵のため息をついて釣竿をみやるが、特になにも反応は示していなかった。糸を引き上げてみるが、エサが食いちぎられた形跡もない。

他のところに引き寄せられているんだろうか。魚のくせに差別しやがって、などと見当違いな愚痴を漏らしつつ、新しいエサをつけて針を放る。

と、その俺が投げた針のすぐそばに、もう一つ針が落ちて行った。誰かきたのかと、俺の右隣をみやる。

同時に、その隣にきた人影がこちらを向いた。目立った装飾もない、簡素なローブとそのフードで全身を隠しているが、その背丈はどう見積もっても俺より僅かに低い。163cmほどだろうか?

「すみません。となり、お邪魔致しますね」

そして発された声は、予想にたがわぬ少女のものだった。どうしてまたここを、と考えつつ、短くどうぞと返す。

返事を受け取ったローブの少女は、人二人ぶんほど離れた場所に腰掛けた。そのまま、ゆっくりと時間が過ぎる。

少女は、垂らされたまま反応のない釣り糸を見て、僅かに露出している口元を綻ばせていた。どうにも、このなにもない時間が楽しいらしい。

変なやつも居るもんだ。そんなことを考えながら自分の竿をみてみると、いつの間にかかかっていたらしくぐいぐいと引いていた。素早く立ち上がり、力をこめて竿を引く。

数十秒ほど問答を繰り広げていたが、やがて魚は諦めてくれたらしい。軽快なしぶきの音を立てて、水中から飛び出してきたのを、危うく海に落ちそうになりながらもキャッチする。

みたところ、そこまで大きな魚だというわけではないらしい。リリースしようか迷っていると、隣の少女が竿を小脇に抱え、俺に向けて拍手してきた。ちょっと照れ臭くなって、放り投げる形で魚をリリースする。

乱暴に座り直す俺をみて、しかし少女は何が嬉しいのかにこにこ笑っていた。



しばらくすると魚群がこちらに逃げてきたらしく、頻繁にヒットするようになった。当然少女の方にも魚は行くのだが、どうしたものか少女は釣り上げるのがヘタだった。何度か惜しいところまで行くが、その度うまいこと針をほどかれ、逃げられる。

あまりのやるせなさに見兼ねた俺が少し教えてやったら、飲み込みが早かったらしくホイホイと釣り上げていた。というか俺の方に魚がこなくなった。

数匹釣って三匹ほどバケツに放り込んだ後、少女はふーと息をついて座り直した。同時にヒットした竿を手に持つと同時に、少女がこちらを向いて口を開く。

「あの、この町の方はいつもこんな感じなのですか?」

飛んできたのは、俺にするには少し的はずれな質問だった。まぁ答えてやろうかと思い、数秒考えてから口を開く。

「いや、今日は釣り大会だからたまたまだと思う。俺も昨日この町に来た冒険者だから、詳しいことまではわからないかな」

「あら、そうでしたか。……申し訳ありません、わたしったら冒険者と町の方の区別も付けられずに」

しゅん、とうなだれた少女に気にするなと言ってから、俺はすこしだけ彼女について考えてみた。

おそらくだが、彼女は何処かの貴族の令嬢なのだろう。話し方や態度は優雅で堂々としているので、もしかしたら王族、ないしはそれに近い人間かもしれない。

冒険者と町人の区別がつかないのは、見る機会が少なかったからだろう。蝶よ花よと育てられた、箱入り娘なのかもしれないな――というところまで考えて、急に詮索が馬鹿らしくなって切り上げた。そのまま竿を上げたところで、刻告げの針が厳かな音色を鳴らす。

「時間となりました、釣り大会参加者の皆様は、広場へと集まってくださーい!」

同時に、大会の運営と思しき人間が数人、参加者の誘導を始めた。俺もそれにならって立ち上がり、隣にいる少女にも手を差し伸べる。

「ありがとうございます」と笑って手を握り、ひょいと立ち上がった少女が、一言謝礼を口にしてくれた。

「広場までついていこうか?」

「いえ、お父様と合流しなければなりませんので、わたしはこれでお暇させていただきますね」

なんだ、一人だと思ったら連れがいたのか。薄く考えながら、わかったと返事して踵を返す。

「またお会いしましょう」

「あぁ、またいつかな」

去り際、そんな会話を残して、俺は広場へと向かった。


ちなみに、結局釣り大会の優勝は逃したが、参加賞として美味しい焼き魚をいただくことができた。

思った以上に美味しいなと、その日は仲間たちと共に笑っていた。

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