第42話 別れと旅立ち
『……お待ちしてましたよ、英雄の末裔』
ロキを打ち破った俺たちは、ひとしきりの勝利の余韻のあとで、最深部の大精霊の間にやってきていた。
ガーディアンの間の四方に水がみたされていたのと同じように、大精霊の間も四隅、祭壇、室内の隅に水が満ちている。
そして俺たちの前にあった祭壇には、水のように清んだ鱗を持つ、煌めく大きな蛇が居た。とぐろを巻いて祭壇の上に鎮座しており、その頭だけが持ち上げられ、こちらを向いている。先ほど発されたのは、女性の声だ。
「……あなたが、水の大精霊?」
『いかにも。私は水の大精霊アーク。早速ですが、ここを突破した貴方がたに祝福を』
その言葉に従って一歩前にでようと思ったその矢先、俺に先んじてアリアが進み出た。
「大精霊様!私にも、加護を頂けないでしょうか?」
言われ、そういえばアリアの目的はここで突破した証をもらうことだったのを思い出す。やってくれるのだろうかと不安になりながらもアークの方を向くと、彼女(?)の目が面白そうに細められているのが確認できた。
『……彼と共にここを突破してきたのですね。いいでしょう、あなたもこちらへ』
意外とあっさり承諾してもらい、俺たちは連れたって祭壇にむけて片膝をつく。同時に俺たちの頭上から、青い燐光を伴った光が降り注いだ。
『すでに他の大精霊から、魔王たちのことは聞いてると思います。私から言うことは、何もありません』
厳かな口調だったが、その直後に小さく聞こえてきた『面倒だし』という呟きは、俺の耳ではっきり聞き取れた。
そんなのでいいのか大精霊、と胸中でツッコミをしていると、そのうちに光は途切れた。
『英雄。あなたにはこれを』
そういうと、アークの鼻先で水の魔力素子が弾ける。そこから現れたのは、深い青をたたえた宝玉だった。あれが、水の宝珠。
イーリスブレイドを展開し、静かに眼前へと掲げる。水の宝珠は音もなく宙を滑り、小気味いい音を立ててイーリスブレイドの窪みへとはまった。
これで残るは、光と闇のふたつだけ。確かな前進を感じ、小さくガッツポーズを決めていると、不意にもう一度、アークの鼻先で水の魔力素子が弾けた。
『そして、もう一人の戦士。あなたには、この場を訪れることができた証を』
魔力素子の弾けた場所から現れたのは、サファイアのような美しい宝石が嵌め込まれたブレスレットだった。腕輪としての形状を形作っている白金色の金属が、いかにもな威厳を持っているのを感じる。
『それは、水の魔晶石を嵌め込んだ神殿踏破の証です。それさえあれば、あなたの目的は果たせるでしょう』
目的を果たせる、という言葉に、俺とアリアはギョッとなって大精霊の方を見やった。案の定、大精霊はいたずらっぽく目を細めて笑っている。
『あなたがなんのためにここへ来たのかは知っています。それを授けるに値することをしたならば、授けないことはありえませんから』
「っ……あ、ありがとうございます!」
慌てながらお礼を言うアリアを見て、水の大精霊はまたいたずらっぽく笑った。もしかすると、今回は俺よりアリアのほうが気に入られたのかもしれない。
突破できたのは半分くらい俺のおかげなんだけどなぁ。胸中でそう愚痴りながら、宝珠獲得を讃える仲間たちに会釈しつつ歩き出す。
『たゆたう水が、あなた達の旅路に幸を招かんことを』という、大精霊からの祝福をうけながら。
***
「タクト、ありがとね」
神殿を出て、タクシア本国へと帰還するために街道を歩いているその最中。
小走りに歩み寄って来たアリアが、唐突にそんなことを言って来た。いきなりだったので、「……何が?」と素で返してしまったが、そんなことは気にせずにアリアが言葉を続ける。
「多分だけど、あなたと遭って一緒に旅をしてなかったら、こうやって水の神殿を攻略することはできなかったと思うの。だから、そのお礼よ」
「あぁ、そういうことか……いいよ別に、そんなこと」
この旅の道中、アリアの槍技に助けられたことは一度二度だけではない。それに彼女を連れて行きたいと思ったのは、紛れもない俺の意思だ。お礼を言われるようなことをした記憶はない。
だが、「それでも、ね」とアリアが念をおしてきたので、最終的には素直にその好意を受け取ることにしておいた。そんな最中、ふと思い出して俺はアリアに問う。
「なぁ、アリアはこのあとどうするつもりなんだ?」
聞かれた本人は、顎に手を当ててうーむと唸った。
「……とりあえずは目的も果たしたし、あとはあのケインからおさらばしてくるだけね。ま、なんにせよ一度アルネイトに戻るつもり」
「そうか……。ゲーテルンド辺りまでなら俺たちが護衛するけど、どうする?」
護衛の申し出は、単純に彼女を危険にさらしたくないという俺のわがままだ。最も、仲間たちも同意見だったようだが、アリアはゆっくり首を降ってそれを断った。
「向こうに帰るくらいなら、どうとでもなるわ。タクシアからアルネイトへの行商馬車もあるだろうし、そこに便乗でもさせて貰うわ」
「……そう、か。まぁ、アリアがそう言うならそれでいいか」
仲間たちも納得している。ここで強引に引き止めても、特にメリットはないはずだ。なら、彼女の好きにしてもらうのが一番だろう。
「それじゃ、アタシはここでおさらばさせてもらうわね」
が、次に飛び出した唐突な別れの宣言に、俺はぎょっとしながら引き止めた。
「ちょ、いくらなんでもここではないだろ」
せめてタクシアまでは、とまで口走った俺の口は、はぁーとため息をつくアリアに中断される。
「……お言葉は有難いけど、なるべく急いで帰りたいのよ。アタシのあずかり知らぬところで勝手に婚約が決まってたりしたら、今度こそ脱出のチャンスがなくなっちゃうからね」
ああ、それならしょうがない。あの自己中ゴリラと婚約なんて、俺がアリアだったとしても絶対にイヤだからなぁ。引き止める必要はないか。
「わかった。……じゃ、ここでお別れだな」
「ええ、そうね。また合いましょ、みんな」
仲間たちが、口々に別れの言葉を言う中、俺のすぐそばを通り過ぎたアリアが、他に聞こえないくらいの声量で小さく呟いた。
「……次会う時にもっと格好良くなってたら、その時はよろしく」
突然投げかけられた言葉におもわず振り返ったが、アリアは走って街道の先へと消えて行くのだった。




