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異世界行ったら門前払い食らいました  作者: 矢代大介
Chapter5 旅路はたゆたう水のように
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第40話 幻魔のロキ 前編

濃い霧の只中。そこで俺、ことタクトは、目の前に現れたフードの老婆――ロキと対峙していた。腰に吊った剣の柄に手をかけて、じりと戦闘体制に入る。

「ヒッヒ、そう殺気立たなくていいじゃないか。まぁ、少しお話をしないかい?」

「……あいにく、付き合ってる暇はないんだ。あんたさえいいなら、ここを通してもらいたいんだが」

なるべく相手を威嚇するように振る舞いながら、交渉を持ちかける。このまま戦闘なしで通れるなら儲け物だったが、残念ながらそうはいかないようだ。

「悪いねぇ、あたしはアベル様に命じられて、この場所にやってくる不届き者を追っ払う役目を負わされてるのさ。どうしても通りたいなら、ちょっとしたゲームをやってもらおうかい?」

ゲーム?と口の動きだけで呟いたその直後。ロキの背後から、突如として赤い球体――火炎弾ファイアバスターが飛来した。いつの間に展開したんだ!?と驚愕しつつも、霧の中へと飛んでそれを回避する。

「ふむ、中々の反射神経だ。じゃあ、これはどうかな?」

遠くから響いたロキの呟きとともに、今度はわずかな風切り音が聞こえた。弓矢だとふんでサイドステップで回避すると、先刻まで俺が立っていた場所に音高く矢が突き刺さる。安心したのもつかの間、今度は霧の中でもはっきり視認できるほどに魔力で輝く矢が飛来した。しかもその矢が、宙で無数に拡散する。

「くっ!」と怨嗟の声を漏らしながらしゃがみ込み、詠唱によって展開した光障壁ブライトウォールによって魔力矢を相殺、破壊していく。直撃弾のすべてを破壊し、防壁を解除して立ち上がる――身体を縮めて被弾面積を少なくしようという魂胆だったが、魔法壁は優秀だったらしくヒビ一つ入らなかった――と、タイミングよくロキの声が響き渡る。

「判断力もよし。……いいじゃないか、ますます欲しくなってきたよ。ほら次だ!」

直後、霧さえも切り裂いて魔力の塊が飛来した。唸りをあげて迫るそれを、こちらは魔力でコーティングした双剣をもって迎え撃つ。

「このくらいっ!」

気合いをいれて振り抜いた剣によって魔力の塊は真っ二つに切り裂かれ、俺の背後で眩く霧散する。続けて連続で襲ってきた魔力の塊は、コーティングから派生させて繰り出した衝撃波によって纏めて破壊した。

ズザッ!と音を立てて停止した俺の脳裏には、僅かな疑問が噴出していた。

先ほどの魔力攻撃の数々は、俺の目には何度も映っていた光景だ。魔力矢も火炎弾も、ここまでの旅で幾度となく目にしている。

この予測が正しいなら――と考えていたその時、先ほどの矢とはまた異なる風切り音を立てて、何かが飛来した。

咄嗟に身を捻って回避し、霧の只中へと消えて行ったそれを睨みつける。

それは、一見するとなんの変哲もない木の棒だった。ただし、それが異常な長さである、ということを考慮しなければの話。

これほどまでに長い――長く伸ばされた木の棒を持つ者など、世界広しと一人しか居ないはずだ。

俺が棒の伸びてきたほうを睨むのとほぼ同時に、棒が縮んで霧の中から人影が現れる。元の長さに戻った棒――槍を振りかぶりながら、人影が――アリアが姿を現した。

ブオン!と豪快な音を引き連れて飛来した槍の切っ先を、俺はサイドステップを利用して回避する。しかし回避した俺に、今度は霧の中から現れたゴーシュが襲いかかってきた。腕力を生かして振り抜かれたハルバードを、鞘から引きぬいた剣――そういえばここまで剣を使ってなかった――をクロスさせて受け止める。

ゴーシュの腕力のほうが上ではあるが、それだけでつばぜり合いの勝敗がきまるわけじゃない。足の位置を変えて踏ん張る体勢になり、全力で押し切らんとする――が、それがうまく行くほど甘くはなかった。

俺の真横にあたる位置から、黄色く光る燐光を引き連れて矢が飛来したのである。まずった!と内心で毒づきつつも、どうにか押し切れたゴーシュのハルバードを突き返し、飛来した矢をすんでのところで光障壁ブライトウォールにより弾く。なぜそのまま回避しなかったのかというと、そのすぐ横から大きな魔法の火球が飛来していたからだ。

おそらく、普通によけていたら時間差で飛んでくるあの火球がヒットするように仕込んでいたんだろう。ロキの策略なのか、あるいはこうして俺に攻撃を加えて来る仲間たちの知恵なのか。

動き回ったせいで再び仲間たちを見失った俺に、壮年の女性の――ロキの声が届く。

「ヒヒ、やるじゃないかい。仲間に攻撃されて平静を保っているなんて、なかなか肝が座っているねぇ」

正しくこの霧のようにつかみどころのない声に少々苛立ちつつも、静かに言い返す。

「別に、なんてことないだろ。あんたに操られてる、って考えれば、普通に合点が行く」

「ほう、根拠はなんだい?」

面白半分といった様子で聞いて来るロキにむけて、俺は毅然とした声で言い放つ。

「決まってるさ。あいつらが、理由もなく俺を攻撃するなんてありえないからだ」

付き合い始めて間もないアリアはともかくとして、アーテミス大陸からともに旅をしてきたカノンたちは、俺の旅についてきたいという理由で旅路をともにしている。ゴーシュに至ってはただの物見遊山だったので、今さら俺を裏切る理由なんてないはずなのだ。

そう考える俺の回答が可笑しかったらしく、ロキの笑い声が周囲に響く。

「そうかい、そうかい。対した冒険者だことで。……けど、操られてるとわかったところでどうしようっていうんだい?」

ロキの言うとおり、今の俺は仲間たちを解放する手段を持ち合わせていない。そもそもどういう原理で操られているのかさえ不明な状況である以上、まずはその原因を究明するべきだ。

だが、流石に仲間たちは甘くない。ロキに操られているとはいえ、中々の化け物スペック揃いだ。カノンは全属性の魔法を使用できるし、ゴーシュは英雄カインの血を引いてる。サラとアリアは至って普通だが、その戦闘技能はその辺の奴らより遥かに高いはずだ……勝てる見込みなくない?

いやいや、弱気になるな俺。こういうのは諦めたら試合終了なんだよ、と己を叱咤し、キッと眼前を見据える――

「へぶっ!?」

と同時に、飛来した槍が俺の顔に直撃した。刃の部分ではなかったので傷こそ負わなかったが、勢いと威力があるのでたまらずのけぞってしまう。数歩後ずさって体勢を立て直すが、既に相手――アリアは霧の中に隠れてしまっていた。どうするかと口を尖らせていると、突如横からゴーシュが、ゴーシュのハルバードが襲いかかって来る。

「ちっ!」と毒づきながら回避するが、今度はアリアとは違いこちらを執拗に追いかけて来る。さらに二度、三度と振り抜かれるハルバードをかわしていた時、突然の衝撃が俺の後頭部を襲った。幸い吹っ飛ばされるほどではなかったのだが、受けた衝撃が頭の回転を鈍らせ、判断力を削がれてしまう。

そこを狙ったかのように、ハルバードの石突部分が俺の腹に撃ち込まれた。鈍い衝撃が走り、一瞬だけ視界がブラックアウトしてしまう。痛みによってふらついた俺を、霧の中から現れたサラとアリアに、思いきり蹴飛ばされた。威力そのものは対したことなかったが、精神的にはけっこうくる。女子に蹴飛ばされるってどうよ?

なんとなく失意に沈んだままうつ伏せに倒れると、背中に複数の鋭い痛みが走った。感触から考えるに、槍とハルバードの石突だろうか。あとの二つは、ブーツの底面で踏みつけられているものだろう。先ほどと同じく威力こそないが、仲間に容赦無く踏まれるのはいい気分じゃない。操られてるんだから仕方ないのかもしれないが、なんてことを考えると、余計に腹が立って来る。

この状況は、警戒できなかった俺に非がある。こうして足蹴にされているのも、俺の実力不足が招いた結果。

――俺じゃ、みんなを救えない。

暗く鬱屈した気持ちが、心をどんどん蝕んでいく。救えない、役立たずと、心の中から誰かの声で罵倒される。その声はやがて仲間たちの声に、姿に変わっていく。

彼らは皆一様に、失望の眼差しを俺に向けていた。

「どうして、助けてくれないの?」

「結局、その程度なんだな。お前は」

「最低ね。悲劇の主人公きどり?」

「あんた、どうしようもないわね」

気がつくと、暗闇の中に佇む仲間たちのほうを見ていた。俺は必死に走って、走って、みんなのところに行こうとする。

だが、手が届くその寸前で、俺を見つめていた仲間たちは溶けるように消え失せてしまった。

――結局、俺はひとりぼっちなのか。

最初から仲間なんて居なかった。いたのはただ、空虚な優越感を満たすだけの木偶人形。

信頼?失望?そんなもの、ありやしないんだ。

真実を知る。

暗くなる。


もう、どうでもいい。
















『いけません』

ふ、と。

耳が誰かの声を拾う。


誰の声だ?


『あなたは今、どこに進んでいますか?』

言われ、前を見る。

闇だ。

そこにあったのは、暗く深く、遠くまで続いている、闇。

この中に飛び込んだら、どうなるんだ?

『振り返って』

耳に響く声に従うまま、俺は体ごと後ろに振り返る。


そこにあったのは、まばゆいばかりの光だった。

いや、ただ眩しいだけではない。その光から、暖かなものが溢れているのが確かにわかる。

『お行きなさい、その光の先に』

言われるままに、光へと向かって歩き始める。

今さら気づいたが、この声は女性のものだ。それもただの女性の声ではなく、包み込むような暖かさを持った、母親のように柔らかい声色。聞いてると眠くなって来る。

『あなたの仲間を、助けてあげてください』

「……ああ、もちろんだ」

無意識に、口から言葉が漏れた。

それは、確かな決意。

それは、希望の象徴。








「……あぁ、そうさ」

どうやらまだうつ伏せだったらしい。何かで押さえつけられている感触もないので、気合いをいれてぐいと立ち上がる。

「諦めんなよ、ってね」

不適に笑んだ俺の目の前には、目をひん剥いて驚きを表すロキがいた。

「……まさか、あたしの魔法を破るだって?」

そのまま数秒硬直していたが、やがてロキは拳を握りしめた。それを見て、俺もまた拳をぐっと握り締める。

「「どんな手品か知らないがぁッ!!」」

ロキのセリフと被りながら、俺は握った拳を前に突き出す。対するロキは苦虫を噛み潰したような表情のまま、霧の只中へと消えて行った。直後、ロキが消えたその場所から再びゴーシュが襲いかかって来る。

だが、もう惑わされない。仲間を正気に戻すために、立ち向かってやる!

「ぜあっ!」

気合いとともに、俺はゴーシュの腹に掌底を叩き込む。そのまま魔弾発勁を繰り出して、ゴーシュの身体を突き飛ばす。とはいえ、身体を痛めない程度に威力は調整してあるので、すこし距離をあける程度だが、これでも十分牽制になる。

こちらに反撃の意図があることを悟ったゴーシュ……というか彼を操っているロキが、霧の中に逃げ込んだ。入れ替わりに、今度は後ろからアリアが突っ込んでくる。

「視界が悪いな、ちきしょうッ!」

毒づきつつも槍の突きをかわし、突き出されていたアリアの腕を掴んで、背負い投げの要領で投げ飛ばす。むろん、ダメージを減らすように工夫してある――ってうぉっと、なんか柔らかいものが当たってしまった。

投げ飛ばされたアリアはそのまま霧へと退避して行く。追いかけて追撃しようにも、霧がじゃまで現在地がどこなのかさえもわからない。こりゃ、まずは霧をどかすのが先かもしれないな。

なんてことを悠長に考えていたバチが当たったのか、横から接近する風の砲弾に気づかなかった。

「うぉわっ!?」

ゴゥ!と耳をつんざく音が鳴ると共に、俺は吹き飛ばされる。数瞬の後、壁にぶつかると思っていた俺は、ばしゃん!という音とともに水責めに会うという、予想の斜め上の事態に出くわした。どうやらこの部屋の四隅は、水が滝のように流れているらしい。

げほげほと咳込みながら、水気を払って立ち上がり――ふと、気がついた。

先ほどまで数寸先さえも見通せないほどに濃かった霧が、綺麗さっぱり消えていたのだ。カノンもゴーシュもサラもアリアも、ロキの姿もばっちりこの目に映っている。

どういうことかわからないが、現在進行形でゴーシュが突撃してきているので回避する。濡れ鼠なので服が重いが、この際気にしないでおく――濡れてる?

はて、なにか水に関して知識でもあったか――と首を傾げてきっかり3秒後、電撃が俺の身体を駆け抜けた。

そういうことか。それなら、急に霧が消え失せたのも合点が行く!それに、もしかすれば仲間も解放できるかもしれない。

思わぬ解決の糸口を見つけ、意図せず口元が綻んでしまう。ロキに気どられたら不味かったが、幸いそこまで俺の運は悪くなかったようだ。内心で胸をなでおろしつつ、あらためて俺は行動に移る。

霧が消えたおかげで、サラの射線がよく見える。その場で警戒する構えを取りながら、俺はそっと腰のベルトにある水筒へと手を伸ばす。

直後、アリアの槍が飛来した。水筒をベルトから外すのに手間取ったおかげでかわし損ね、腕にはめていた皮製の籠手を切り裂かれる。危ない危ない。

続けざまに、サラの矢が襲いかかってきた。こちらはきちんと回避し、お返しとばかりに火炎弾ヒートバスターを撃ち込む。どうやらロキは俺に霧が効いてないのを認識していないようなので、ついでにそれも利用してやる。わざと見当はずれなところに魔法を撃ち込み、見えてないアピール。

今度はゴーシュが迫ってきた。ゴーシュはただの体術で怯ませるのが難しいため、どうしても魔弾発勁を使わざるをえない。だが、逆にこれはチャンスかもしれない。

「おぉらあぁッ!!」

文字通りの最大出力。掌底と発勁の2コンボを食らったゴーシュが、堪らず吹き飛んだ。

――その先にいた、アリアを巻き込んで。

「むっ」とロキが唸り、その行動全てがほんの一瞬、中断される。今しかない!

きびすを返して、サラの手前に控えていたカノンめがけダッシュ。素早くカノンのふところに飛び込み、その間に蓋を開けていた水筒――その中身を、カノンの顔めがけてぶちまけた。

「ぷっ!?」と少々間の抜けた声で、カノンが小さく叫ぶ。そのまま数步あとずさって、ぷるぷると首を振る。

再び開かれた瞳には、いっぱいの困惑。

「……え、あれ?タクト、君?」と明らかに狼狽するカノンに向けて、気持ち真剣な声音で告げる。

「カノン、時間がない。広範囲に撃てる水魔法をすぐに使ってくれ!」

俺の声色に何かを感じ取ったのだろう。困惑しながらもこくりと頷き、魔法起動のために詠唱を開始する。

「――ウォトム・ワズル=ワルクー!」

「ちょっ」

俺が退避する暇もなく、カノンの眼前でパン、と水球が弾けた。とたんに荒れ狂う波となり、俺も、仲間も、怪訝な目で見ていたロキも、全員がめちゃくちゃに流される。

「「「わああぁぁぁぁぁ!?」」」

あぁ、仲間たちの悲鳴が聞こえる。そんなことを考えつつ、ちゃっかりイーリスブレイドの風障壁を使って水流をしのいでいた俺はカノンの姿を探す。

ほどなく、カノンは見つかった。その顔には、疑問の色がありありと浮かんでいる。

「ねぇタクト君、どうしてこんなことやる必要があるの?」

あぁそうか、カノンは操られてたからゴーシュたちが操られてるの知らないんだった。……どう説明するべきか考えて、とりあえずそこは端折る事にした。説明すると長くなる。

「カノン、魔力を含んだ水がもつ効果はなんだったか、覚えてるか?」

問われたカノンはおとがいに指を当て、少ししてからゆっくり回答を口にした。

「たしか……幻惑の解除ができるんだっけ?」

それが何か、とまで口にして、ようやく合点が行ったらしい。同時にえらい勢いで流れていた水も引き、ずぶ濡れの床にロキと仲間たちが倒れていた。程なくして立ち上がった仲間たちは、全員カノンと同じ困惑の目。

賭けだったが、どうやら上手く行ってくれたらしい。仲間たちはみな例外なく、ロキの使っていた幻惑魔法によって操られていたのだ。

その幻惑を、カノンの水魔法――魔力を多分に含んだ、幻惑を解除できるという魔力水で、一斉に洗い流したという寸法だ。

この神殿に流れている水が魔力水だということは、入口でウンディーネの少女から聞いた。だから、俺が吹き飛ばされて滝に突っ込んだ時に、霧の幻覚が解除されたのだろう。

こんな部屋をつくった誰かに感謝しつつ、俺は戻ってきた仲間たちとともにロキを睨む。


「――さぁ、形勢逆転だぜ」

反撃の狼煙が、立ち上る。

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