第39話 湖底の神殿
ウンディーネと出会った翌日。
早くから起きた俺は暇つぶしの鍛錬を行ったあとに仲間たちを起こし、水の神殿へ向かうことを説明した。流石に懐疑的な目を向けられてしまったが、いざ俺が湖のそばに歩み寄り、ウンディーネを呼んで姿を現してもらうと、そこにいた三人が一様に目を丸くしていた。また何か変なことでもしてしまったのだろうか――という予想は、不本意ながら的中した。
「……タクトよぅ、なんで大精霊様の眷属と仲良くなってるんだよ?」
「あはは……」
苦笑いしか返せない。俺だって気に入られた理由がわからないんだ、勘弁してくれ。
『わたしはね、お兄さんたちみたいな水の神殿に行きたい人を案内するのがお役目なんだ。で、そのついでに案内する人が悪いことを企んでないかっていうのを調べてるんだよ』
つまりこのウンディーネはふるいの役目を持っているのか。そう考えると納得だ。
『じゃ、さっそく行こーか!集まってー』
能天気な口調で、俺たちを一箇所に集める。なにをするのかと考えていた直後、周囲の空間が揺らいだ。
「なっ――」と、驚きの言葉も半分出せないままに、俺たちはその場から消えた。
***
視界が正常に戻ったと同時に、俺は残滓を消すためにぷるぷると首をふる。微妙な違和感を拭った俺は改めて周囲を見回し、感嘆の溜め息をついた。
「……はぁー、こりゃ探しても見つからないわけだ」
俺たち四人と一人のまわりは、石材を組み合わせた頑丈な壁で覆われていた。ここから続く道らしき道は、神殿へと続いているのであろう正面の通路しかない。
目の前を浮遊するウンディーネが、ニコニコ顏のまま説明してくれる。
『こうしたら、無理やり入ろうとするのを阻止できるからね。どうしても入りたい人は、こうやってわたしを頼ってくるんだよ』
得意げなウンディーネの説明を聞いている時、ふと俺の視界にあるものが映り込んだ。
水である。部屋の四隅を小さな滝のように流れ落ちる水は、どれも例外なく清んだ青色をしていた。俺の視線に気づいたらしいウンディーネが、それについて説明を開始してくれる。
『この神殿を流れている水はね、大精霊様の力のおかげで、魔法並の魔力を含んでるんだ。幻惑の魔法を解除してくれるし、飲んでもすっごく美味しいんだよー』
なるほど、美味しいなら少しばかり頂いても損は無いかもしれないな。そう考えて懐から空の水筒を取り出して、滝の水を汲み取る。その間、ウンディーネはこの神殿について説明してくれた。
『この水の神殿は、大地や炎のダンジョンとは違って勝ち抜き型なんだ。みっつの部屋それぞれに待ち受けているガーディアンを倒して、最後の部屋でマスターガーディアンを倒せば突破成功だよ』
魔王の城でよくある中ボスラッシュみたいなものらしい。そうあたりを付けて納得の意を送ると、ウンディーネは先ほど起動させた魔法陣へと帰っていく。
『勝ち抜けるかはお兄さんたち次第。ってわけで、頑張ってねー!』
その言葉を最後に、ウンディーネは魔法陣の光と共に消えてしまった。
「……それじゃ、行くか。三つ目の神殿攻略と行こう!」
「「「おー!」」」
仲間たちの心強い唱和を聞きつつ、俺は正面通路へと足を踏み出した。
***
最初の部屋で待ち受けていたのは、いわゆるスライムに酷似した敵だった。ぷるぷると揺らぎながら、侵入してきた俺たちの出方を伺っている。
「スライムか……それもかなりデカイ。近接攻撃で行くのは得策じゃないな」
動かないスライムを見て、ゴーシュが分析する。近接攻撃が効かないとなると、ここはカノンに任せる方が良いか――と思って指示を出す、その前に。
「グレイラ・ボシタ=パルマス!」
「グレイラ・バトク!」
カノンが放った土爆発とサラが放った土射撃によって、あえなくスライムは撃沈した。サラのほうはともかく、最近はカノンの魔法に磨きがかかってる気がするのは気のせいだろうか。そんなことを考えて首を傾げながら、俺たちはつぎの部屋へ進む。
二つ目の部屋で待ち受けていたのは、いわゆるマーマンと呼ばれる半魚人だった。まるで水中にいるかのように宙を泳ぎ回りながら、三つ又の槍を振り回してこちらへと突進してくる。
「イーリスブレイド、ツバメ返しッ!」
どうしようもない弱さだった。一回切っただけで撃沈したのはちょっと可哀想だと思ったが、これも全て宝珠入手のためだ。
無性に申し訳なくなって、横たわるマーマンに一礼した後に俺たちは進む。
三つ目の部屋で待ち構えていたのは、水を多分に含んだ泥で構成されたゴーレムだった。本来ゴーレム系には水魔法が有効なのだが、ああして水気を持っている以上普通に攻略は出来ないはずだ。
どう攻略してやろうか。そんなことを考えていると、不意に俺の横を影が――ゴーシュが駆けぬける。
「どっせぇい!!」
気合の入った雄叫びと共に、ゴーシュが四つ同時に放った風の衝撃波がゴーレムの四肢を切り裂き、四散させる。
「いただくわよっ!」
身動きが取れずにドチャッ!と音を鳴らして倒れこんだゴーレムめがけて、アリアが繰り出した槍が殺到。ゴーレムの真ん中――全身を構成する核を貫いて、あっさりと撃破してしまった。
***
「……どう考えてもおかしい」
最後のガーディアンが待ち受ける間へと続く通路を進んでいる途中、俺は顎に手をあてて呟いていた。みな一様に反応したらしく、こちらを向いて疑問の目を向けてくる。
「考えてもみてくれ。ここまで戦ってきたガーディアンたち、どう考えても弱すぎやしなかったか?」
仮にも大精霊の住まう神殿だ。理由があるならまだしも、あれほどまでに弱いのはおかしい。
「……それは、アレよ。ウンディーネと友達にならなきゃ入れないんだし、その分苦労しないようにーって配慮なんじゃない?」
「いや、あのウンディーネはあくまでただのふるいだ。本命はこっちのはずなのに……」
どうも引っかかるのだ。これまで突破してきた二つの神殿にあったダンジョンも、そこそこと言ってさしつかえないくらいには強敵だった。だが、中ボスクラスであるはずのガーディアンたちは、そのダンジョンの雑魚敵と同じ、あるいは毛が生えた程度の強さしかなかった。たどり着くのが困難だからと言って、ここまで弱いのはいくらなんでも――。
「着いたよ、タクトくん」
カノンの言葉で、俺はついと首を振り上げる。そして目の前に現れたのは、今までのそれよりも少し豪華な飾りがつけられた、重厚な扉だった。
「……この先に、最後のガーディアンが居るんだな」
息巻くゴーシュを見つめながら、俺は少し不安を感じていた。
本当に、このまま先に行っても大丈夫なのだろうか。何か、強大な敵が待ち受けて居るのではないのだろうか――?
いや、考えるのは終わってからだ。何もなければ、骨折り損だと笑って済ませられる。
小さな期待とわずかな不安を胸に、俺は扉を開け放った。
「――っ」
途端、扉の向こう側から、霧が溢れ出てきた。少しばかり口の中が甘いのを鑑みるに、魔力ではなく水蒸気で出来た霧なのだろうか?
警戒しながら、俺たちはゆっくり部屋へと進入していく。ガーディアンの気配はない――いや、一つだけ気配はある。人の形をした、不可思議な気配だ。まさか、亜人の誰かがガーディアンなのか?それとも、大精霊によって作られた木偶人形か?
気配のある目の前を、ただ凝視する。いつ奇襲を食らうかわからない以上、警戒するにこしたことはない。
――その考えが、甘かったらしい。
「むっ――」
「えっ――」
「きゃ――」
「しまっ――」
短く聞こえた、仲間たちの驚きに満ちた声。そこで俺はようやく、霧の中で孤立して居ることに気がついた。
してやられた。相手は最初から、俺を孤立させることが目的!
「――出て来いッ」
反射的に、俺は目の前の気配に向けて怒鳴りつけた。それに呼応するかのように、ゆらりと揺らいだ影が進み出てくる。
「――ッヒヒ、せっかちなお客人だこと。わかっているさ、今行くよ……」
そこから現れたのは、ローブを身に纏った老婆の姿だった。その目は怖気がするほど冷たく、口元は三日月のように鋭く歪められている。
「まさかこうもたやすく行ってくれるとはね……おかげで仕事がはかどるよ」
「あんた……ガーディアンじゃないな。何者だ」
語勢を強めて問いただす。それに答えて、老婆は高らかに名乗った。
「あたしかい。――あたしはアベル四天王が一人『幻魔のロキ』。歓迎するよ、あたしの可愛い実験台さん?」
新たな戦いが、この瞬間に始まった。




