第37話 再来の屍
「やー、いい天気だなぁ」
ゲーテルンドから去り、山を下った俺たちは、月明かりの下で野営の準備をしていた。本当はもう少し進む予定だったのだが、ゆるゆると下り坂を通ってきたせいか荷物を積載していたルゥがへばってしまったのである。無理して進むのも得策ではないので、ゴーシュの提案によって野営となったのだ。
「ねぇ、今日はだれが番をするの?」
カノンに問われて、そういえばと思い出す。昨日の夜も俺が寝ずの番を行っていたのだが、すっかり忘れていた。どうしたものかとしばし思案して、一つうなずいてから話し始める。
「今日も俺がやるよ、皆は眠いだろ」
「おいおい、それを言うならタクトのほうが眠いんじゃないのか?無理するなって言った手前、お前にやらすわけにもいかんぞ」
ゴーシュの言うことももっともだ。だが、俺はもともと一度寝たら気が済むまで寝てしまう。下手に起こされて戦列に参加しても、足手まといにしかならないのではないか――という考えのもと否定しようとしたが、続くゴーシュの言葉にあえなく撃沈となった。
「寝ずの番が眠気で寝ちまったら意味ないだろう、おとなしく休んどけ」
「……へい」
確かにもし寝てしまったら意味がないので、ここはおとなしく仲間たちに任せておこう。眠いし。
***
「敵襲だーっ!!」
ゴーシュの野太い声がわずかに耳に届き、同時に俺は覚醒した。明かりのついていないテントの中はまだ暗く、今が夜だということを知覚させてくれる。ぶるぶると頭を振って眠気を払い落としながら、おぼつかない手で帯剣、半ば引きずるように体をテントの外に出した。
「ようタクト、ずいぶん眠そうだが、無理そうなら寝ていていいぞ?」
「……いや、戦うさ。仲間ががんばってるのに俺だけ休んでるなんて、なんかやるせない」
強がりながら、眠気を飛ばすために頬を数回たたく。意外とあっさり眠気が取れてくれたことに安堵しつつ、俺は改めて仲間たちに状況を聞いた。
「何が来たんだ?」
俺の問いかけに、しかしゴーシュは黙ったまま前方の一点を指さす。そこには。
「――アアアアアアアァァァアァァ……」
痩せこけた顔、唇を失った口、不気味に光る眼。
そこにいたのは、いつか戦ったカダーヴェルたちだった。今回は最初から一体というわけではなく、すでに複数十体が周囲に展開している。
「……ちっ、面倒な連中が来てくれたもんだ」
「ああ。……だが、対処法はもうわかっているだけマシだろう」
そうだな、と肯定を返しつつ、奴らを見て狼狽しているアリアの近くに歩み寄る。
「ちょ、タクト!あれ何、何なのアレ?!」
「落ち着け、今から説明する。……あれはカダーヴェル。無限に湧いてくる屍の兵士だ。あいつらの向こうに生成するためのクリスタルがあるから、そいつめがけて戦闘するぞ、いいな?」
簡単な説明の内容にこそぎょっとしていたが、対処法を伝えるとすぐに混乱は収まったらしい。マルチレンジ・スピアを構え直し、毅然とした表情でカダーヴェルをにらみつける。無駄に迫力あるから怖い。
カダーヴェルたちに向き直ったとほぼ同時に、先頭にいた奴らの一体が雄たけびをあげながら突撃してきた。光る瞳が暗い空間に残光を残し、駆け抜けていく。
迎撃しようとした俺に先んじて、横から影が飛び出した。ハルバードを構えて突撃したゴーシュだ。
「人型だからって、容赦しねぇぞおぉォ!!」
同じく雄たけびをあげながら、ゴーシュの持つハルバードが風の魔力素子をまといつつ振り下ろされる。輝く魔力は翡翠色の残光を夜空に描き、迫っていたカダーヴェルの頭を真っ向から叩き潰した。そのまま相手を一刀両断し、霧に還元する。
相変わらず恐ろしい破壊力だ。しかもあの一撃だけで止まらないのが、ゴーシュという男だ。そのまま魔力コーティングを継続しながら、今度は横一文字にハルバードを振りぬく。するとまとっていた魔力素子が空中にはなたれ、そのまま円盤状になって宙を駆け抜けた。俺の衝撃波を応用したものだろうその魔力でできた刃は、前方に立ちふさがっていたカダーヴェルの胴を薙いだ。暴力の嵐がカダーヴェルたちを襲い、容赦無くその刃で引きちぎられて行く。
「ぜりゃあぁぁッ!!」
つられて、俺も飛び出した。衝撃波を放ちながらカダーヴェルにむけてダッシュし、連中が炸裂に怯んだ隙に地を蹴って跳躍。そのまま落下の勢いをプラスして、大上段からの魔力斬りをお見舞いする。一体を引き裂いてなお止まらない剣が地面に激突し、俺を中心として大規模な衝撃を引き起こす。
「ファセロ・ワズル=メイパルマス、『強き火炎の波動』!」
「ハンドレッド・アロー!」
「ロングレンジ・ストラアァーイク!」
俺とゴーシュの戦闘を見てか、女性陣も各々攻撃を開始した。俺たち前衛に当たらないように調整されつつ、赤い波動と無数の光弾、伸びる槍の穂先が殺到、周囲のカダーヴェルを瞬く間に砕いて行く最中を、得物を構え直した俺とゴーシュで突破していく。幸いにも前回の時よりは数が少ないらしいが、やはりというべきか奥に行けば行くほどその数は増えていく。突破できないこともないが、その場合戦闘は熾烈を極めることだろう。そう考えて、一度後退することをゴーシュに進言する。どうやら彼も同じことを考えていたらしく、すぐに進路は決まった。残るは、退路を阻むカダーヴェルの掃討!
「ブルセイ・ボシタ=ギルワルクー、『広域なる光の炸裂』!!」
突破に時間をかけるつもりはない。なので、今繰り出せる最大の速度で、最大の火力をカダーヴェルにぶつけてやる。目論見どおりカダーヴェルたちは光の大爆発に巻き込まれ、吹き飛んで行った。後に残ったのは、草ごと焼かれて土を露出させた地面。
最近はこの魔法も使ってなかったので弱体化してないか心配だったのだが、むしろ逆だったらしい。安堵と威力からくる戦慄を同時に感じつつ、群がりはじめるカダーヴェルを切り裂きながら後退する。
かなり奥のほうまで来ていたらしく、脱出にはしばしの時間を要したものの、俺とゴーシュはどうにか無傷でカダーヴェルの群れから脱出できた。その足で、連中の足止めを行っているカノンたちの元へ駆け寄る。
「そっちの被害は?」
「誰も怪我はしてないよ。玉切れでサラが戻ってるけど、もうくるはず」
無茶して進軍している隙に離れた仲間が被害を被っては目も当てられない。だから、俺はカノンの言葉にほっとしていた。次いでカダーヴェルに向きなおり、対策を考える。
今回俺たちが遭遇したカダーヴェルは、どうやら縦に長く展開しているらしい。前回よりも突破に時間がかかっていないことから、密集度はそう高くないこともわかる。
回り込んでクリスタルを破壊するのが定石なのだろうが、もし別働隊にでくわしでもしたら突破が遅れてしまう。その間に後衛の女性陣に被害がでてしまえば、それこそ目も当てられない。
ならば全員で移動するかと考えるが、移動している間に襲撃を受ける可能性が高いので即却下だ。正面突破が無難なのだが、先ほど飛び込んだ限りでは突破にも数分はかかる。全員で円陣を組みたいが、戦闘に慣れてないアリアと遠距離特化のサラがいるから難しい。
どうしたものか。内心で頭を抱えていたその時、不意に背後から、何者かが地を踏みしめる音が響いた。回り込まれたのか、と一瞬考えたが、どうやら事態はそこまで深刻というわけではなかったようだ。
そこにいたのは、黄色いメッシュの入った茶色い短髪を風に揺らし、これまた茶色と黄色を組み合わせた武闘着に身を包んだ、長身の男性だった。
「なるほど、中々多いじゃないか」と呟きながら細められた目は、まるでオオカミのような獰猛さを秘めている。
その姿が、いつか出会った赤と緑の男女と重なった。
雰囲気が似ているのだ。異国的というか、神秘的というか。その不可解さが、あの時同じように出会った、カダーヴェルのことを教えてくれた男女とダブってしょうがない。もしや、彼らの仲間なのか?
俺の怪訝な視線に気づいたのか、黄色いメッシュの男はこちらをちらりとみやり、駆除を漏らした。
「悪い悪い。君たちがいるのをすっかり忘れていた」
そう言って笑う声は、その瞳から受ける獰猛なイメージとはかけ離れた好青年のそれだった。ちょっとしたギャップを覚えつつも、俺は青年に応対する。
「……さっきの口ぶりからして、あいつらのこと知ってるみたいだな」
「まぁな。何度か戦ったことがあるけど、こうも少人数の時に合うのは初めてかもしれん」
前にも戦ったことがあるとは中々に心強い。もしかするとなにか打開策を知っているかも――という希望的乾燥はあっさりと打ち砕かれてしまった。
「いやはや、これは少しまずいかもしれないな。見かけたから駆けつけたはいいが、どうしたものか」
つまるところ詰みである。どうしたものかと頭を乱暴にかいていると、不意に仲間たちが構えている姿が目に入った。そのうちの一人を――具体的にはその武器を目にいれて、はっとひらめいた。それと同時に頭の中で作戦が練られて行き、すぐに実行可能と判断する。
きっとそのときの俺は悪い顔だったんだなぁ、と思いつつも、俺は青年と仲間を集める。
「――よし、準備はいいな?」
俺の問いかけに、仲間と青年――彼は「ダイチ」と名乗っていた――が三々五々に頷く。全員の体制が整ったことを確認して、おれは声高に号令をかけた。
「行くぞ!連中を吹っ飛ばしてやれ!!」
言い終わるが先か、カダーヴェルの群れめがけて様々な攻撃が殺到した。
「シャマト・メルイ=ギルパルマス!!」
カノンの放った漆黒の大きな隕石――闇属性の流星が、カダーヴェルたちの真上から落下。黒い炎と衝撃波を撒き散らしながら、連中を薙ぎ倒す。
「ワイド・レイニー・アロー!!」
サラが天へと撃ち出した魔力に包まれた矢が空中で炸裂。いつかのインプを屠ったときよりもさらにその数を増し、カノンの魔法で倒しきれなかった連中を次々に貫き、蜂の巣――剣山と形容したほうが正しいだろうか?――に変えて行く。
「くらいな、ストームブリンガー!!」
ゴーシュが放った風の魔力素子で構成された風の刃が、暗い空間を照らしながら飛翔、さながら八つ裂き光輪のごとくカダーヴェルたちを引きちぎり、二人の攻撃で空いた空間をさらに押し広げて行く。
「『母なる大地よ、その深き慈悲を持って世に仇なすものを葬り去れ』!!」
ダイチが複雑な詠唱を繰り出した直後、彼の足元から一直線に土の槍が出現。大地を駆け抜けてカダーヴェルたちを次々貫き、大きく開いた空間を奥へ奥へと穿って行く。
「魔剣奥義『絶剣・万物流転』!!」
そして俺の衝撃波――今まで繰り出した中で最も横に広い大きな衝撃波が、カダーヴェルたちを切り裂く。人をとどめようとするカダーヴェルは、この四字熟語の意味――この世のすべての物は、常に居場所を変えて、流れ移り変わりゆく、という意味だ。最も博識な友人の受け売りなので、本当に合っているかはわからない――には反する。故に、この場所からどいてもらう!
突き進む衝撃波が、ダイチによって穿たれた空間をさらに押し開ける。その直後、衝撃波が弾けて霧散すると同時に、俺たちが目的とするそれが――カダーヴェルの生産元であり、連中へと命令を下すためのクリスタルが露出した。
「――よし、今だアリア!あのクリスタルを狙えェ!!」
連中は、その事実に気づくのが遅れている。その隙を逃さず、俺は今までずっと沈黙を保ち、準備を行って来たアリアに向けて指示を送った。その指示が飛ぶのと寸分違わず、弓のごとく引き絞られていたアリアの体が動く。
「覚悟なさい……『ハイパーピアッシング・スピア』あぁーーッ!!」
まっすぐに伸び切るのと同時に、限界まで魔力を溜め込んでいたマルチレンジ・スピアが呼応。ゴッ!という風切り音を引き連れながら、拒む者のいなくなった空間を駆け抜けて――。
甲高い音響と共に、紫の光を称えた穂先がクリスタルを叩き割った。
***
「……いやはや、驚いた。まさか近づかずにアレを破壊してしまうとはな」
考えつかなかった、と言いながら、ダイチは控えめに笑う。確かに俺も、アリアと彼女の魔装が無ければ思いつきすらしなかっただろう。彼女が頻用する伸縮攻撃とその特性から思いついた、正しく即興の作戦である。成功したのは、単に仲間たちとこの青年のおかげだ。
「いや、この成功はあんたの助太刀があったのも大きい。ありがとな、ダイチさん」
「気にしないでくれ。道楽で旅をしていた身だ、たまには悪くない」
そういって謙遜するのがよく似合う美丈夫な彼は、ふと空を見上げて呟いた。
「……悪い、少し急ぎの用がある。俺はもう行くよ」
「そっか。気をつけて」
俺の言葉に軽く会釈して、ダイチはゲーテルンドの方へと歩いて行った。
***
「見ていたのか」
タクトたちと別れてしばらくした後。人気のない山路の一角で、茶髪と黄色メッシュの好青年――ことダイチは、不意に体ごと後ろを振り向いた。
そこには、彼にとっては見慣れない、しかし深い縁を持つ人影がいた。名を、フウ。
「申し訳ありません。加勢をしようとは思いましたが、タイミングを見失ってしまいました」
若草色のポニーテールを朝の風になびかせるフウは、しかししおらしく腰を折って謝罪を口にした。それに対してダイチは、好青年らしい微笑と共に軽く流す。
「問題ないさ。彼の知恵を見られたし、そう言った意味ではタクトにもいい経験になったさ」
肩をすくめて笑うダイチにつられて、フウを口に手を当ててクスと笑っていた。ひとしきり笑った後、フウは踵を返してタクシアの方を――正しくは、タクトたちの方を見やる。
「彼のことは引き続き私にお任せください。あなたは、他の冒険者をお願いします」
「任された。……後は頼むぞ」
短い呟きとともに、ダイチの姿は消えていた。
前話のあとがきの通り、PCのトラブルによって今後の展開がかなり遅延してしまうことが予想外されます。
心待ちにしてくださっている皆様にはまことに申し訳ありませんが、何卒御了承のほどをお願いいたします。
ここから先の展開は個人的に力をいれて行こうと思っていた手前、本人としても非常に残念です……ヽ(;▽;)ノ




