第36話 重戦士の正体
空の端が明るくなり始めたころ、ようやく俺たちはゲーテルンドへと到着した。驚いたことにこの夜明け前から活動を始めている町人がすでにいるらしく、町を貫く形で伸びる街道にはちらほらと出店やら店舗やらの明かりがつき始めている。まぁ、たしかにアルネイトとタクシアをつなぐ街道の中継地点なのだから、活気づいているのは当たり前なのかもしれないが。
もっとも、夜通し歩き続けた俺たち――カノンたちはともかく、一人寝ずの番で雨に打たれていた俺は知らないうちに相当疲労していたらしい。一度ふらついて、気づいた時にはアリアに支えられていたという状況があったが、まぁおいておく――はそんなものを見ていく元気もなく、白み始める空を見上げながら宿屋へとチェックインし、その足でベッドに直行。轟沈したのだった。
***
正午、起床して昼食を済ませた俺たちは、ゴーシュに連れられて街道を歩いていた。出発自体は明日なので、きょう一日は街を見る余裕もあるはずだが、どうしてゴーシュが先導しているのだろうか……という疑問は、ほどなくして見えてきた人間の像によって失せてしまう。
そこにあったのは、精悍な顔立ちをした青年の銅像だった。すでに建てられて長いらしく、錆まみれのボロボロだったが、その下に掲げられていたプレートの文字は、確かに読むことができた。
――「勇者カイン・ドルクス 世界を救った功績を湛え、この像を建てる 願わくば、彼の者の願いがこの世界を永久に守らんことを」
「……ゴーシュ、これって」
「ああ、勇者カインの銅像さ。…………二度と、見る気はなかったんだがなぁ」
そういって自嘲気味に笑うゴーシュは、どこかうんざりしたような表情をしていた。ふぅとため息をついた彼が、俺たちに手近にあったベンチへ座るよう促す。女性陣のためにスペースを譲りながら、俺はふと頭の中で合点が行っていた。
これからゴーシュが話すことは、昨夜俺がゴーシュに問うたこと……つまり、ゴーシュとザクロの関係。そして、ザクロが口走った「勇者の子孫」というキーワードに関係することなのだろう。そう当たりをつけたのが顔に出ていたらしく、ゴーシュが苦笑いに顔をしかめた。
「……本当は、ずっと隠しておこうと思ったんだけどな。あの脳筋バカのせいでばれちまった以上はしょうがない、か」
何かに観念したような調子で肩を竦めて、ゴーシュは語り始めた。
「まずは、だ。……俺の本名はゴーシュ・ヴァイスハイトじゃない」
初っ端からいきなりの偽名発言が飛び出てきた。女性陣が各々硬直するなか、俺は続きを促す。
「なんて事を言うとわかるかもしれないが、俺の本当の名前は『ゴーシュ・ドルクス』だ。つまるところ、俺はこのカインの子供……数えりゃ孫ってことになる」
嫌な予感はしていたが、どうやら当たってしまったらしい――というかザクロが言ってたか。だが、そうなると俺の頭には疑問がわく。
「……なぁゴーシュ、勇者の子孫であるお前がなんで偽名なんて名乗ってるんだ?」
そう問いかける――今から話そうとしているのでわざわざ聞く必要はなかったが、どうしても気になったので先んじて聞いてしまった――と、ばつが悪そうにゴーシュは後頭部をぽりぽりと掻きはじめる。数秒答えづらそうに眼をそらしていたが、やがて何かに納得したような顔になって話し始めた。
「大した理由じゃないんだ。……ただ、ドルクスの家名が周囲に知れちまったら、いろいろと厄介なことになるんだよな」
腕を組みながらため息をつくゴーシュの言葉に回答をもたらしたのは、意外なことにカノンだった。
「そういえば、勇者カインは魔王を封じた後、新たな魔王となってどこかに消えてしまった、とも言われていますね。まさかそれが?」
おい何やってんだよ勇者。この世界のために戦ってたのになんで魔王になってんだよ。まさかこの旅の目的ってカイン倒すことなんじゃないのか――というツッコミが脳裏をマッハで通り過ぎて行ったが、それがおとぎ話な可能性もある。というかそうであってほしい。が、そういわれたゴーシュ当人はいたって真面目に深刻な顔をしている。やめてくれよそんな展開?
「……信じたくはないが、万一って可能性がある。俺も爺さんに何してるんだ、って詰め寄ってやりたいから、こうして旅についてきていたんだ」
今の話を聞く限り、ゴーシュの目的は「いなくなったカインを探す」ということらしい……のだが。
「ちょっと待った。お爺さん、ってことは、下手したらもうこの世にはいないんじゃないのか?」
たしか、アルネイトで読んだ彼の物語ではカインは20代前半の年齢だったはずだ。それに加えて大精霊から聞いた、魔王との戦いが起きた年を照らし合わせると、たとえ存命だったとしても100歳を軽く超えている。そんな人物が魔王として世界に牙を剥いているなんてこと、想像もつかない。しかしゴーシュは、深刻な顔で続きを口にする。
「俺だって信じちゃいない。……けど、魔王に関してイヤな言い伝えがあるからな、無視するにできないんだ」
「言い伝え?」
そんなものは始めて聞いた。というか、魔王って言い伝えができるくらいにたくさん出現してたのか……そういえば大精霊も、先代の魔王がどうとか言っていた気がするなぁ、なんて俺の思索をよそに、ゴーシュはその言い伝えをわかりやすく伝えてくれた。
「……ある文献によると、『魔王は滅びない、自らを滅ぼした者を糧として、時を経て再び蘇るだろう』って言われてる。先代の魔王にとどめを刺して封印したのは爺さんだったから、まさかと思ってるんだが……まぁ、世迷い言だよな」
いや、ゴーシュの懸念は最もだろう。仮にその言い伝えが本当なのだとしたら、勇者として相応の力を持つカインが魔王になったとき、その損害は計り知れないはずだ。
「……ともかく、ゴーシュが旅についてきてる理由はわかった。けど、どうして気がするなんかを?」
先ほどから俺はそこについて聞いているのだが、どうにもはぐらかされているように感じていた――そんな時だった。
「……貴様、ドルクスっつったな?」
突如ゴーシュの背後から伸びてきた手が、がっしと彼の肩を掴む。みるとそこには、忌々しげな目でゴーシュを睨む中年男性の姿があった。次いでゴーシュのほうを見ると、本人は頬に冷や汗らしきものをかきながらひきつった表情を浮かべている。
「……ガッシュのジジイ、生きてやがったのか!」という言葉と、
「裏切り勇者の末裔だ、とっちめろぉぉーッ!!」という言葉が広場に響いたのは、ほぼ同時だった。ガッシュと呼ばれた男性の手を、全身をひねることで回避したゴーシュが、半ばどなるような勢いで俺たちに声をかける。
「タクシア方面の門で会おう、それじゃな!!」
いうが先か、ゴーシュは一陣の風となって町の奥へと消えて行ってしまった。それを追って無数の町人たちがどたばたと走っていくが、残っていた男性――ことガッシュが、不意にこちらをにらみつける。
「……貴様らもドルクスの仲間かあぁぁァァ!!」
「全員撤収ウゥゥゥ!!」
こちらもまたいうが先か、各々ベンチから脱出して先導する俺を追いかけ始めた。それをにがすまいと町人たちが迫ってくる。怖い怖い怖い、某ゾンビから逃げるゲーム並みに怖い!
「……えぇい、ごめん大精霊!」
一言断りを入れて――本人たちに聞こえているかはわからない――、俺はイーリスブレイドを展開した。素早く緑の宝玉――風の宝珠をセットして刀身を生み出し、俺は速度を緩めて身をひねる。
「だりゃあっ!」
瞬間、閃いたイーリスブレイドの刀身が分解、無数の風の糸が絡み合って板のように広がり、やがて通路を完全にふさいだ。その直後から壁からは暴風が吹き荒れ、追ってきた町人たちをまとめて押し返していた。これでしばらくは進めないだろう。
「よし、今のうちに3人はタクシア行きの門に行っといてくれ。俺はルゥを回収しに行ってくる」
「わかった、気を付けてね、タクトくん!」
カノンの言葉とともに走っていく仲間を見送りながら、俺もまた早朝にチェックインしていた宿屋へとダッシュした。
***
「……ふぅ、ここまでくれば大丈夫だろ」
数十分後、俺はルゥを回収してタクシア方面へと抜ける門をくぐり、先んじて脱出していたゴーシュたちと合流していた。途中で町人たちの奇襲も何度かあったが、そこに関してはもう面倒くさいのでまとめてイーリスブレイドの風で吹っ飛ばしておいた。カダーヴェル並の勢いで突っ込んでくる町人とか想像できないだろう、普通は。
仲間たちも各々疲弊しているらしく、額に浮かぶ汗を拭いながらゲーテルンドの街を見つめている。
「わかっただろ、俺が偽名を使ってる理由」
「ああ、身に染みてわかった。……あんなに過敏なのもどうかと思うけどな」
最もだ、と苦笑いを浮かべるゴーシュが、ふと思い立ったように表情を消した。次いで、何かを決意したような顔で俺たちの方を向き、口を開く。
「……このままじゃお前たちに迷惑だな。悪いけど、旅から離脱させてもらいたい」
そう告げられた一瞬、俺はゴーシュが何を言ったのか理解できなかった。迷惑?離脱?と幾つかの単語がしばらく頭の中を駆け巡り、ようやく俺は声を出すことが出来た。
「ま、まてよ!別に迷惑なんかじゃ……」というところまで発された言葉は、しかし肩におかれたゴーシュの手で制止される。
「いいかタクト。旅の中で一番重要なのは、安全に旅をできる街を上手く利用することだ。もし俺の情報が周囲の街に広まってみろ、お前たちまで厄介者扱いされる危険があるんだ。……そうなることを防ぐためにも、俺はいない方がいいんだ」
お前が魔王を倒せる存在なんだからな、という言葉を受け、俺は反論に詰まってしまった。
確かに今現在、魔王を倒せるのは俺だけだ。それが街を初めとした拠点を利用できずに倒れたりしてしまえば、元も子もない。仲間が減るのは痛いが、それでも俺自身が倒れてしまうよりはまだマシだ。だが――。
「……確かにそうかもしれないな。けど、そんなこと言われて、はいそうですかって言える訳ないだろ?もし俺たちが居なくなったあと、ゴーシュがカイン絡みのゴタゴタに巻き込まれたらどうするんだよ」
「その時はその時。運の尽きってことだ」
「……納得できねぇよ」
「出来るさ。俺はその辺わきまえる」
「俺が納得できないんだよ!俺たちの旅に邪魔だって理由で追い出して、それが原因で捕まって打ち首にでもなってみろ、そんなのやりきれねぇだろうが!」
ゴーシュの言うことはもっともだが、だからと言ってそれで納得できるほど、俺は単純じゃない。なまじ一緒に旅をして、一緒に戦った仲間だからこそ、その思いは強くなっているのだ。
「だが……」とまだ何かを言いたげにしていたゴーシュに、俺はビシッと指輪を突きつけて宣言する。
「迷惑なんかじゃない、むしろこの旅には必要な人材だ。だから、抜けるなんてことは許さない!」
我ながらめちゃくちゃな言い分だ。必要だから抜けるのは許さないなんて、一つ間違えば自己中としか思えない。
だが、そこはゴーシュだ。まかり間違っても意図を読み違うことはないはずだ。その証拠に、数度目をしぱたたかせた後、呆れ気味に笑いを浮かべている。
「……ったく、わかったよ。そうまで言われちまったんだ、終わるまではいらないって言われても居座ってやるからな」
「上等。根を上げても返さないからな」
互いに殊勝げな笑みを浮かべた後、どちらからともなく握手した。
「よし、次の目的地はタクシアだ。今日中に山を下りきるぞ!」
「「おー!」」
仲間たちの唱和とともに、俺たちはタクシアへと歩き始めた。
2014/06/10…ねぇPC…返事しろよおい…
申し訳ありませんが、PCトラブルによって次の投稿が遅れてしまいそうです…。
更新を心待ちにしている方々には非常に申し訳ありませんが、更新は今しばらくお待ちいただければと思います。本当に申し訳ない…。




