第35話 剣豪再び
腰に細身の剣――刀を携えて、ザクロは枝毛の目立つ黒い髪の奥から笑う。その笑みが意味するのは、再会の喜びか、はたまた獲物を見つけた喜びか。
とにもかくにも、相手がこちらを覚えていることは驚いた。警戒は緩めずに、こちらも声を出す。
「ああ、久しぶりだなザクロ。……レビー山脈以来か」
「そうだな。私が負けてから随分と時間がたったものだ」
根に持っているのかよっぽど悔しかったのか、そのことはきちんと覚えているらしい。もっとも、俺のほうも初めての対人戦、そして衝撃波攻撃を会得した――完全習得したのはもう少し後だったが――戦闘ということで、よく覚えている。
そして、その細身の男を知っていた人間は、もう一人いた。
「――ザクロ!?お前、どうしてここに!」
驚きを多分ににじませた声に振り向くと、構えた体勢を解かないまま驚きに表情を変えるゴーシュがいた。まさか、知り合いなのか?という俺の疑問は、不敵に笑ったザクロの言葉で更なる疑問に変わる。
「……ふ、まさかこんなところで出会うとはな、ゴーシュ。勇者の子孫であるお前が、どうしてこんなところにいる?」
――なんだと?今、ザクロはゴーシュのことを何と言った?!
半分理解できないままにゴーシュのほうを向いてみれば、当の本人は忌々しげにザクロのことをにらみつけている。その顔は、まるで親の仇を見つけたかのようにギラギラと輝いている。その顔を見て、ようやくザクロの言ったことの重大さを理解できた。
勇者とはすなわち、100年前に魔王を封印した英雄カインのことに他ならない。その子孫――ということは、ゴーシュにもまた勇者としての血が流れているということだ。そこまで考え付いて再度ゴーシュのほうを見ると、今度は先ほどにもまして忌々しげな目線をザクロに注いでいる。
「――減らず口を叩くんじゃねえよ。両腕の骨を叩き折ってやろうか?」
それどころか、普段の彼なら考えられないような過激な発言が飛び出てくる始末だ。これはちょっと生死に回ったほうがいいか――と考えていたところで、ザクロの不敵な笑みが耳に届く。
「ふ……残念だが、今日の私らはあまり余裕がないものでな。手短に用件を話させてもらおう」
その言葉とともに、吊り上がっていたザクロの口角が水平に戻った。同時に右手の人差指をまっすぐ俺に突き刺して、今度は毅然とした口調で宣言する。
「タクト。私はお前に決闘を申し込む」
決闘だと?こんなところでこいつは何を考えているんだ?という思考が顔に出ていたのか、再び不敵に笑ったザクロが言葉をつづける。
「あの時は私も油断していたし、なによりお前の成長に驚かされた。――だから今度は、対等な条件で戦おうじゃないか」
あぁ、やっぱり根に持ってるのかあの日のこと。そりゃまあ、盗賊の首領としての実力を十分に持ち合わせていたにもかかわらず、低ランクの冒険者である俺にあっさり敗北してしまったんだから恨みたくもなるだろうな。俺だってそんなことがあったら恨みたい。
「……悪いけど、こっちは先を急いでるんだ。そんなのを受けてる暇はない」
「ああ、そうだろうな。……だが、私たち『ブリガンド』もまた、退けぬ理由がある」
理由……決闘だけじゃなかったのか。だが、こちらが急いでいるのは事実。盗賊団にどんな理由があろうとも――ちょっと気になってしまったのは否定しない――、それに付き合う義理はない。
「なんであろうと、俺たちには関係ない。……邪魔するんなら、力ずくで倒してやる」
「――ふ、その言葉を待っていたぞ」
あ、しまった。力ずく=決闘を受けるってことか。でもこいつら倒さないと進めないからなぁ、結局戦う必要があるのか……あれ、これ完全にザクロの思い通りじゃん。ああもう、ぐちゃぐちゃ言っててもしょうがない!
「――――こい、纏めて切り倒してやるよ!!」と叫びながら、半ばやけっぱちになった双剣を振りかぶる。
「先頭の双剣使いは私が倒す。お前たちは後ろの連中が近づけないように包囲しろ!」
「「「うおおぉぉぉーーっ!!」」」
ドえらい気合いとともに、さまざまな格好をした山賊連中が後ろめがけて殺到してきた。絶対女性陣が目当てだろうと悟って、すぐ後ろでハルバードを構えたゴーシュに呼びかける。
「ゴーシュ、カノンたちを頼む。あいつら絶対狙ってやがる」
「任しとけ。…………あとタクト」
踏み出そうとした俺を、静かに呟かれたゴーシュの声が引き止めた。勢いをつけたまま振り向くと、ずいぶんと神妙な顔をした彼の顔が視界に映る。
「ぶっ飛ばせ」という言葉を最後に、ゴーシュも踵を返して山賊へと向かっていった。
どんな因縁があるのかは知らないが、ザクロという男はゴーシュにとってあまりやりあいたくない、もしくは顔合わせをしたくない相手なのだろう。どのみち相手は俺に因縁つけてきてるんだし、ちょうどいい。一対一の対人戦は久しぶりだ!
「行くぞ、タクト!」
いうが先か、刀の柄にかけられたザクロの腕が閃いた。かと思えば、黄色い燐光で構成された真空の刃が飛来する。苦戦のきっかけとなった、ザクロ得意の衝撃波攻撃だ。だが、そのアドバンテージは俺にもある!
口には出さずに叫びながら、俺もまた剣を白色に発光させ、体を回転させる遠心力に振られるまま、剣で衝撃波を繰り出した。白と黄色、光属性と土属性の衝撃波がそれぞれぶつかり合い、ともにバシュン!と甲高い音とともにはじけ飛んだ。魔力素子の残光が雪のようにきらめく中、俺もザクロも口角を釣り上げる。ほぼ実力は拮抗している、ということか。そんなことを考えながら、俺は再度の衝撃波とともに駆け出した。
中空を駆け抜けた衝撃波は、ザクロが繰り出した居合切りで切り飛ばされた。想定の範囲内!
「らああぁぁっ!!」
ビュオウ!という風切り音とともに、俺が振り抜いた二本の剣はザクロに当たることなく空を切った。わずかに上体をそらして攻撃を回避したザクロが、いつの間にか鞘に収められていた刀を抜いて切りかかってくる。
よく見ると、以前戦ったときとは刃の色が違う。やはり伊達にリベンジしに来たわけじゃないか――なんて考えてる場合じゃない!危ういところで金属音とともに刀をはじき、その勢いに任せて後ろへと退く――――が。
「――相変わらず、わきが甘いな!」
「何っ!?」
瞬間、振り向いた俺の目に映ったのは、飛来する緑色の何かだった。回避の体制をとっていたせいで抵抗らしい抵抗もできず、その緑の塊をもろにくらってしまう。「う、ぐっ」とくぐもった声がのどから出るのを自覚しながら、俺は岩地の上をゴロゴロと転がる。なんだ、何を撃たれた!?
少しばかりふらつきながらも起き上った俺の目に映ったのは、きらりと月光を反射して輝く緑色の刀だった。まさか、あれに何か仕掛けがあるのか?
訝しんだ俺の目線に気付いたのか、ザクロがふ、と静かに笑う。
「……そうか、お前も魔装を知っているんだな」
そう口走ったザクロが持つ刀の柄が、ぼんやりと緑色に発光しているのが見えた。よく目を凝らしてみれば、そこには緑色のクリスタルに似た石――魔晶石がはめ込まれている。
そういうことか。先ほど繰り出された緑色の衝撃波のようなものは、つまりあの刀を用いて放たれたものに違いない。ザクロの表情からしても、その推測は当たっているようだ。
「……盗賊が魔装持たないでほしいよ、まったく」
「ふ、さぞ厄介だろうな。この魔装『ウィンドイーター』は」
ウィンドイーター、それがザクロの刀の名前らしい。まぁ、名前がわかったところでどうしようもない。せいぜい、先ほどの攻撃からどんな戦法を用いるかを推測する程度だ。そんな厄介極まりない武器を持ったザクロは、しかしふとその手に持つウィンドイーターへと目を落とすと、ふむと一つ唸る。
「……使用する魔力量の調整を忘れていたな。難しいものだ」
そう呟くと、あっさりとウィンドイーターを鞘へと納めた。代わりにぐっと拳を握ると、大きく踏み込む体勢に入って宣言する。
「仕切り直しといこう!」
瞬間、ザクロの足元で黄色い魔力素子が炸裂、跳躍の飛距離を伸ばして、俺へと迫ってきた。相変わらずその手に得物は無いが、下手な対処でかわしてしまえば何が飛んでくるかわかったものじゃない。そう考え、いつでも飛び出せる体勢を作りながら、目線をザクロの拳へと集中させる。
みると、振りかぶられた拳は黄色い魔力素子を纏っていた。何かくる、と考えてわずかに上体を逸らした――その直後。
ボッ!!という炸裂音とともに、ザクロの拳に集中していた魔力素子が、大きな魔力の塊となって打ち出された。そのまま俺のすぐ横を通過して行くそれを見て、ちっと舌打ちを挟む。俺の、そしてザクロの十八番である衝撃波は、どんな状態で繰り出そうと問題がないらしい。かつてノルンとの戦いで役にたったその攻撃が、今まさに俺を苦しめているのだと思うと痛烈な皮肉だ。が、嘆いても仕方ない!
「なろぉッ!!」
気合いの掛け声とともに、こちらもお返しとばかりに剣を振る。流石に当たりはしなかったが、ザクロを引き剥がすことには成功したようだ。内心で安堵のため息をつきながら、さらに追撃として衝撃波を撃ち込む。
唸りをあげて、雨中を飛翔する衝撃波。しかしザクロは不敵に笑ったかと思うと、無造作に振りかぶった拳を衝撃波へと叩きつけた。
その瞬間、パァン!という甲高い破裂音を鳴らして、俺が放った衝撃波が弾け飛んだ。
「なっ!?」と思わず声を出してしまう。今の技は、紛れもなく魔力コーティングのそれだ。でなければ、魔力素子の塊である衝撃波を破壊するのは不可能なのだから。そこで生じてしまった致命的な隙を、ザクロが見逃すはずもない。「シッ!!」という鋭い掛け声とともに再度放たれた衝撃波をどうにか剣で防ぐが、連続で放たれたらたまったものではない。がら空きになった胴体へと次々に衝撃波が撃ち込まれて、俺はその体を宙に投げ出してしまう。岩地に墜落するとともに背中へと鈍い痛みが走り、次いで肺の空気をまとめて抜かれてしまった。
やはり、ザクロは強い。むせつつも体勢を立て直している間、俺は素直にそう感じていた。だから、なおさら疑問に思う。なぜこれほどまでの実力者が、盗賊みたいなことをしているんだろうか――。
「勝負ありだ、タクト!」
その言葉で、俺は思考から引き揚げられた。見ると、ザクロのその手は腰に帯刀されたウィンドイーターへと伸びている。まずい、衝撃波が来る!
「風刃『暴風牙』!!」
叫ぶザクロが抜き放ったウィンドイーターが、たくさんの緑の刃を撃ち出した。その量たるや、まともな回避ではよけることすら困難な代物だろう。実際に俺の目の前では光の洪水が形成され、それが怒涛の勢いでこちらへと飛来している最中だ。
だけど、俺だって負けない。伊達に旅をしてきたわけじゃないんだ!!
「ブルセイ・ガプサ=ギルハドマス!!」
叫んだ俺の目の前で、真っ白い光が半透明の板状に広がった。そのまま俺の前を守ってくれる光の壁となって、殺到する無数の衝撃波を真正面から受け止める。二段階の硬度強化を施しているおかげで、そうやすやすと突破されることはなかった。俺へと当るはずだった衝撃波は障壁にすべて無効化され、役目を終えた障壁もまたしゅわっ、という音とともに消滅する。光の洪水が去った向こう側では、ザクロが悔しげな、しかし楽しげな笑みを浮かべていた。
「……不思議なものだ。お前とは敵対しているはずなのに、お前がいるとなにか、困難なことでも成し遂げられそうな気がする」
「やめろ気持ち悪い。俺にはそっちの趣味はねぇぞ」
本人はどこか満足げだったが、そんな言葉をかけられたこっちは全身に悪寒が走る。まだ俺はホモに走るほど人間関係に飢えてるわけじゃないんだよ。でも友達のアイツならやりそうな気はするなぁ、クソ不幸に定評があるし――というとりとめのない考え事を経て、俺は再度構えなおす。ザクロのほうはまた柄の魔晶石を一瞥し、手を離さずに鞘へと納めた。
「これで最後だ。全力をぶつけよう」
「上等。俺も全力で行ってやるよ」
これ以上無為に体力を消耗したくない。そう思ってザクロともども構えた、その直後だった。
「オラそこのガキンチョ!こいつが八つ裂きにされたくなけりゃ素直に負けろォ!!」
突如聞こえた盗賊の声に、俺はびっくりしつつもすぐに声の方角へと顔を向ける。
「こんの、離しなさいってば!」
そこには、大柄な男にアリアが両手を後ろに回され、捕まえられている光景があった。最悪だ、こんなところで戦局が傾いてしまうなんて。
あいにくと、俺には人質を見殺しにするほどこの世界になれちゃいない。まして彼女は――アリアは、そもそもこの旅には無関係なのだ。俺たちと同伴しなければ、巻き込まれていなかった可能性もある。だから、彼女に手を出されたくない。
どうする。この位置からあいつを狙うには、衝撃波じゃ範囲が大きすぎる。射撃魔法を使用してもいいのだが、万が一威力が足りなかった場合にはただじゃ済まないだろう。それ以前に、詠唱で何をするか気づかれてしまう。剣を直接投げつけるのはアリアにもあたる可能性があるから論外として――クソ、詰んでやがる!
表情には出さず葛藤していると、不意にシュバ!という何かが放たれる音が雨音を切り裂いた。音がしたほうへと顔を向けると、そこにはウィンドイーターを振りぬいた格好のザクロ……まさか!?
「ぐほぉっ!?」
俺がそちらへ顔を向けるのと、くぐもった悲鳴を上げて男が倒れるのは、ほぼ同時だった。衝撃によって男がのけぞって倒れてくれたおかげで、アリアも解放される――だが、どうしてザクロが?こいつらは、あいつの仲間なんじゃないのか?次々と浮かぶ疑問は、しかし続くザクロの言葉で至極あっさりと氷解してしまう。
「……決闘に手を出すな。対等な条件でないと、勝った意味がない」
ああ、そういうことか。目的の邪魔するなら味方でもぶっ倒すぞ、ってことらしい。恐ろしいやつだと、振り向いて構えなおすザクロを見て思う。
「余計なことをしてしまったな。……改めて」
「おう」
短く答えて、俺もまた構えなおす。
ひと時、雨音だけが暗い世界を支配した。
直後。
「――風刃『風牙一閃』!!」
ぶれて見えるほどの速度で抜かれたウィンドイーターが、今まで見たどの衝撃波よりも大きな衝撃波を繰り出した。魔力素子の奔流が獣のようなうなりをあげて、俺へと殺到する――と同時に、俺もまた叫ぶ!
「――魔剣奥義『絶剣・乾坤一擲』!!」
限界まで引き絞った剣を、今日最大の力を込めて振りぬいた。そこから桃色――赤と白の魔力素子が入り混じっているのでそう見える――の衝撃波が打ち出され、ほどなくしてザクロの衝撃波と激突した。互いに構成する魔力素子を削りながら押し合う中――
快音を引き連れて激突を制したのは、俺が放った衝撃波だった。「くっ」というくぐもった怨嗟の声を漏らしながら、ザクロが飛び退く。が、人一人分ほど退いただけで霧散してしまうほど、俺の衝撃波は――絶剣はヤワじゃない。
「ぬ、くっ!」
間一髪、刀を掲げて防御には成功したらしい。バァン!という鉄板をハンマーでたたいたような音がしたのと同時に、俺の衝撃波は真っ二つに両断されていた――分解してしまった、が正しいだろうか。
衝撃波を打ち出した姿勢で固まる俺と、刀を掲げて防御の体制で固まるザクロ。しばらくの間無言だったが、やがてどちらからともなく体勢をなおす。
「……満足かよ、ザクロ」
「ああ、有意義だった。……約束通り、ここは引こうじゃないか」
どことなく憑き物が落ちたような表情で静かに宣言するザクロに向けて盗賊たちが抗議するが、一睨みされてすぐに押し黙った。
「要注意人物として報告に行くぞ。……連中の手には負えない、追撃しないほうが身のためだとな」
そう呟いたザクロは、盗賊を引き連れて夜の闇の中へと消えて行ってしまった。
***
ブリガンドの連中が去って行った後、俺たちはテントをたたんで移動の準備を始めていた。理由は単純、ほかの野党に襲われる前にゲーテルンドまでたどり着いてしまおう――というゴーシュの主張からである。先ほどまで降り続いてた雨が、はたと止んだのも理由の一つだ。
畳んだテントを丸めて縛る途中、ふと俺は気になってゴーシュに問いかける。
「なぁ、ゴーシュとザクロって、昔に何かあったのか?」
その問いかけが意外だったらしく、すぐ横でルゥに荷物を積んでいるゴーシュがキョトンとした顔でこちらを向いた後、顎をさすりながらばつが悪そうに答える。
「……今は言いたくない。ゲーテルンドまで待ってくれれば、考えないでもない」
いつも明確に答えを提示するゴーシュにしては珍しい返答だったが、彼にだって話したくないことの一つや二つあるだろう。そうあたりをつけて、荷造りを終えた俺は追及をやめた。
「よし、行くか。ゴーシュの話なら、夜明け前には着くはずだ」
仲間たちにそう告げて、眠気を押し殺しながら岩肌の目立つ道を歩き始める。




