第32話 新たな目的地
「タクト、帰ったぞー」
ぎぃー、と気の抜けた音を立てて、ゴーシュが女性陣を引き連れて戻ってきた。さりげなく伸びてるケインをけっ飛ばしているのが見えたが、通る人通る人が大体同じようなことをしていたので気に留めないでおく。そんなにあいつは嫌われているのかと女性陣が遠目にケインを見つつ、ゴーシュの後に続いて俺とアリアが座っている席に近づいてくる。
「あれがあなたの仲間?」
「ああ、みんな頼りになるいい奴さ。アリアのこと話したら、ちゃんと了承してくれると思うし」
ケインをかっ飛ばしたそのあと、アリアが心配していたのは「俺の仲間が同行を許可してくれるか」という部分だった。たしかに最初は男二人だけだったし、もし男ばかりのところに入ったらどうしようか、という不安を抱いていたらしいが、ゴーシュの後ろをついてきていた女性陣をみて拍子抜けしたようだ。へぇーと声を漏らしながら、カノンとサラを観察する。視線に気づいたらしい二人が、軽く会釈する。
「で、タクト。その嬢ちゃんと話はついたのか?」
女性組は放っておいていいという結論を出したらしいゴーシュが、俺に向けて問いかけてきた。話というのはもちろん、アリアに関することだろう。
「ああ。三人さえよければ、水の神殿まで一緒に旅をしようかと思ってる。どっちみち、俺たちの目的地も同じところになりそうだし」
「そうだな。……ところでタクトよ」
「なに?」
気楽に構えてゴーシュの言葉を受け止めた俺は、次に続いた言葉でしばし動きを止めた。
「お前、水の神殿の場所は知ってるのか?」
そうだ。連れていくにしても目的地に行くとしても、目的地の場所を知らないと話にならないのだ。すっかり忘れていた。
どうしたものかとテーブルに突っ伏していると、こちらの様子と会話内容に気づいたらしいアリアが肩をすくめて口を開く。
「大丈夫よ。アタシ、家を出る前に水の神殿の場所を調べてたの」
それは助かる。むしろ助かった気分だ。一人ほぅと胸をなでおろしていると、アリアの言葉に疑問を持ったらしいカノンが彼女に問いかける。
「……家を出る、ってどういうこと?何かあったの?」
そういえばその辺を説明していなかった。というか詳細な事情に関しては俺も聞いてなかった気がする。
「そうね、そこから説明が必要よね。……短い話だけどまぁ、座ってくださいな」
にこやかに笑うアリアに促され、年下なのに奇妙な気分になりつつ席に座った――とはのちのサラの談。
どこから話せばいいか――という切り口から、アリアの話は始まった。
もともとアリアの家は古くから続く名家だったらしく、その権力もこのアルネイトでは二番目に高いほどのものだったらしい。そんなグローレイ家に舞い込んできたのが、アルネイトで一番の権力を持った富豪の息子からの求婚――つまるところ、ケインとの婚約話だったらしい。
最初はアリア自身も家も乗り気だったらしいが、いざケイン本人と父親に会った際、その性格の悪さに失望。最初に父親がその話をうやむやにしてアリアも拒否した結果、強引に自分のものにされそうになり、どうにか逃げる手段を模索して、現在に至るらしい。
となると、アリアが嫌いなのは家そのものではなく家柄ということになるのかもしれない。どうしても避けられない話というのは、つまりこの街にいられるかどうかがかかっているということなのだろう。よくもまぁお父さんが逃げることを許したわけだ。いや、あんな奴だったら可愛い娘をくれてやりたくないってのもあったのかもしれないが。
大体のいきさつを聞いた俺は、ふむとひとつ唸って質問を口にする。
「その辺は分かった。けど、どうして水の神殿に行くことになったんだ?」
その言葉を聞いたアリアは、どうしたものかこの日一番のふかーいため息をついてくれた。
「……お父様はいい人よ。アタシのことを一番に考えてくれるし、こうやって逃げることも認めてくれた」
どうしてまたいきなり親自慢なのだろうか……もしかして?
「けど、いくらなんでも隣国のタクシアまで送り出さなくたっていいじゃないの!すぐそこの大地の神殿でいいじゃないのよ!」
「まてまてまて落ち着け、いきなりどうしてそうなった」
父親のことを憂いたかと思ったらいきなり怒り出した。何を言ってるのかわからないが俺も何を言ってるのかわからない。
まぁ、大体の予想はついた。アリアのお父さんは筋金入りの親バカなのだろう。じゃないと、領主との婚約話なんて蹴るわけがない。そう考えると確かに心配する気持ちはわかるが、いくらなんでも隣国まですっ飛ばさなくてもよかったのではなかろうか。
「……たしか、タクシア公国ってノンストップでもここから一週間かからなかったっけ?アリアちゃんはすごいねぇ」
「ちょっとまてカノン、そんな遠いのかよ?!」
聞いてないぞ。聞かなかったし情報も集めてなかったから当然だけど。
「まぁ、あの脳筋から逃げるためならそのくらいは平気よ。……拒否してオリエンスまで飛ばされるよりはまだマシだから」
オリエンスという場所が感覚的にどれほど遠いかは知らないが、マシという表現から察するにタクシアよりも遠いことは想像に難くない。そんなのが候補に挙げられるあたり、さすがにアリアも妥協したのだろう。
「んで、まぁ行き先は分かった。……それで、目的地の水の神殿はどのあたりにあるんだ?」
その言葉とともに地図を引っ張り出して、テーブルに広げていく。
現在俺たちがいるアルネイト公国は、アレグリアがあった「アーテミス大陸」の南、東西に長く伸びる「ハティーマ大陸」の東に位置している。このハティーマ大陸は大陸の中心からに分割されて統治されており、うち西半分がここアルネイトによって治められるアルネイト領、東半分が先ほど話題に上がった「タクシア公国」が治めるタクシア領となっているのだそうだ。二つの領の間には東西を隔てる山と河があり、そこが旅人にとっての難関となっているらしい。
そんな国境線をこえたアリアの指が、タクシア公国からほど近い大きな湖を指さした。地図には小さく、「マリウス湖」と書かれている。
「このマリウス湖のどこかに、水の神殿があるって教わったの。本当の場所は行ってみなきゃわからないけど、とにかくはここを目指せば間違い穴井と思うわ」
「そうか……よし」
目指す地は決まった。あとは、進むだけだ。……その前に。
「三人とも。改めて聞くけど、アリアも連れて行って構わないか?」
念のための確認だ。後々文句を言われたら――このメンバーに限ってそれはないだろうけど――たまったものじゃない。
「断るわけないだろうに!」
「もちろん!」
「構わないわよ」
予想通りの反応が返ってきてくれたので一安心したところで、俺たちの旅仲間にアリアが加わることとなったのだった。




