表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界行ったら門前払い食らいました  作者: 矢代大介
Chapter4 襲いくる脅威
35/79

第30話 大地の大精霊

燃え盛る火炎が収まるまで、俺たちは一歩もその場をうごかなかった。やがて火が収まり、そこにあったはずのノルンの姿がなくなっていることを確認して、ようやく俺はどさりと尻餅をついて詰めていた息を吐く。

時間的に言えばごくごく短い戦闘だったが、思えば騎馬戦、ダンジョン攻略、ノルンとの決戦と連戦を行ってきたのだ。知らないうちに疲労がたまるのも無理はない。

「……何とか終わったな」

俺がそうつぶやくと同時に、仲間たちも一斉に息をつく。やはり、全員無意識に緊張していたのだろう。

「まったく、これからもこんなのが続くなんて笑えないよ」

「本当、メテオが外れたらどうしようかとヒヤヒヤしました」

「矢が通じない敵がこれから出てくるかもしれない……対策が必要ね」

相対する敵の姿がなくなっていることに安堵したのか、仲間たちもそれぞれ己に課した拘束を解き、めいめいに賞賛を送りあっていた。こうやって見ると俺だけハブられているような気がしないでもないが、この際だと気にしないでおく。

しばらくの談笑が終わり、皆が口を閉ざし始めたところで、俺は会話に口を挟んだ。

「……んじゃ、行くか。大精霊様がお待ちかねだろうし」

ここに来た目的はノルンボス討伐ではなく、あくまでも大精霊との接触、そしてその力の証である宝珠を受け取ることだ。戦闘の時には忘れていたが、終わった途端にぱっと思い出したのは、ひとえに大精霊のおかげなのか、それとも俺の記憶力のおかげなのか。

そんなどうでもいいことを考えつつ、俺と仲間たちはつれ立って広間の奥の扉をあけ放った。

内部は以前立ち寄った炎の神殿とは違うものだった。部屋の両端にさらさらと砂が流れ、砂同士がぶつかり合う音が微妙に反射しあい、不思議な音色を奏でている。祭壇は炎の神殿と同じように人が立ち入れない構造になっていたが、今回は呼び出す必要はなかった。すでにこの神殿の主たる大精霊が、その身を祭壇の向こうへとおろしていたからだ。

一言でいえば、その体躯は鮮やかな小麦色の毛並みを持ったオオカミそのものだった。鼻や耳のとがり具合、毛に包まれた胴体、キツネほどではないがフサッとした尻尾。これまでの道中でも幾度となく交戦した野良オオカミと同じ形をしていたが、目の前のオオカミ――大地の大精霊は、それとは(普通に考えたら当たり前だが)比較にならないオーラを持っていた。やがて、鋭い牙を内包した口が、ゆったりと開かれる。

『よく来たな、宿命を背負った戦士。遠路はるばるご苦労だった』

口調は以前であった炎の大精霊、ことフレイに似ていたが、その声は壮年のそれではなく、どちらかといえば好青年のようなものだった。清涼感のある声、とでもいえばいいのだろうか。ちょっと拍子抜けしながらも、俺は大精霊にこたえる。

「いや、望んで受け入れた使命さ。このくらいなら、まだまだ旅の楽しみの範疇だ」

『そうか、たくましいものだな。……さて、長話は嫌いでな。早速だが、本題に入らせてもらうぞ』

一つ息をついた大精霊が、その鼻先を天へと突き出した。先端近くで黄色い燐光が収束していく間、大精霊は静かに口を開く。

『俺の名前はアーク。大地の大精霊アークだ。覚えておいてくれると嬉しい。……基本的な話はほかの二人から聞いていると思うが、改めて説明させてもらうぞ』

一度言葉を切った大精霊、ことアークの鼻先で収束していた燐光がはじけ、その中からトパーズ色に輝く宝玉――大地の宝珠が姿を現した。いつかの時と同じように音もなく中空を滑り、俺が突き出したイーリスブレイドの空いた穴にパチン、とはめ込まれる。

『お前の目的は、この世界を掌握せんとする存在……すなわち、魔王の殲滅だ。これは、お前たちも知っているな?』

「ああ。……これは、って言うことは、まだ何かあるのか?」

『そうだ、察しが早くて助かる。……本来ならばもっと早くに明かすべきだったのだが、そいつが本当にいるのかという懸念の都合上、今まで明かせなかったんだ。許してくれ』

急にしおれてしまうので「だ、大丈夫だ。続けてくれ」と少し焦りながら続きを促す。

『俺たちが懸念していたのは、その魔王の上位たる存在……すなわち「魔神」の存在だ。こちらの世界に住んでいるそこの三人ならば、100年ほど前の伝説を知っているだろう』

アークの問いかけに答えたのは、物語関連に詳しいカノンだった。

「はい。たしか、約100年前に現れた魔王は、背後に存在していた魔神のバックアップを受けていたといわれています。勇者カインとその一行は魔王を討伐したものの魔神とは渡り合うのが精いっぱいで、最終的にはこの世界の神様と六精霊の力を借り、深淵へと封印した……と聞きました」

「そんな奴の話題をわざわざ持ち出すってことは、つまりそういうことなのか」

『そうだ。今の魔王の力は、過去に現れた者たちの中でも100年前の彼奴に比肩するといっても過言ではない。あれほどの力を人体を介して発揮するには、魔神のバックアップが不可欠なのだ。……それに、こう言うのも癪だが、我らが魔神に課した封印が、ここ数年間の間に急速に弱まっている』

「……復活してもおかしくはない、ってことなのか」

昔の英傑であるカインや俺の祖父であるカルマが、全力を出してようやく渡り合えた魔神。そんな敵に、俺は勝てるのだろうか。

『今すぐに奴が復活するとは到底思えないが、もしもということもある。君には酷な話かもしれないが、なるべくは急いでほしいのだ。……正直に言えば、魔神が本来の力を取り戻したとき、われらでは太刀打ちできないかもしれない。奴の脅威は、この骨身に染みている』

六精霊が束になってかかっても勝てない相手だとかそんなこと知りたくなかった。が、わざわざ忠告してくれているのだ。裏を返せば、そいつさえ覚醒させなければ勝つ見込みはある。はず。

「……そんなこと告げられて、やる気出せって言われてもなぁ」

『誰もそこまでは言っていない。あくまで君のペースで構わないが、なるべく急いでほしいということだ』

それがやるき出せってことなんじゃなかろうか。いや急ぐだけだからやる気とは違うか?

『ともかく、だ。ここに魔王の刺客がやってきた以上、妨害も苛烈になるだろう。旅の無事を期待するぞ』

締めくくりの言葉と同時に、俺の頭上で燐光がはじけて俺めがけて降り注いだ。フレイの時とは形式が違うが、これも加護なのだろう。どういう効果があるのかはいまだ不明だが、一応ありがたく受け取っておいた。


「そういえば、タクト」

「ん」

一方通行の脱出用魔方陣で神殿の外へと出た後、ルゥの毛並みを軽くブラッシングしてやっている俺に向けて、ゴーシュが声をかけてきた。

「次の目的地、聞くの忘れてないか?」

その口から発された言葉は、しばしの間俺を硬直させた。しばらくして油をさしてないロボットのごとく首を動かしながら、俺はひきつる口で「……忘れてた」とだけつぶやく。

「そんなこったろうと思ったよ。……じゃあとりあえず、アルネイトに戻るのが先決だな。どのみち消耗品も補充せねばならんだろうし」

「……へい」

苦笑するゴーシュにポンポンと肩を叩かれつつ、俺は落胆する。前回はフレイが親切に教えてくれていたので、今回もそうなんだろうとすっかり聞くのを忘れていたのだ。

次の大精霊にはちゃんと道を聞いておこう。そう決意して、俺と仲間たちは平原の向こうに見えるアルネイトの町目指して歩き出した。


***


その後は騎乗ゴブリンたちに何度か遭遇しながらもそれをすべて退け、目立った事件もなく無事にアルネイトまでたどり着くことができた。

買い出しに出かけたカノンとサラの女性組を見送り、俺とゴーシュの男性組はギルドに向かって報告を行う。その道中、俺はふと疑問に思ったことがあったのでゴーシュに質問してみた。

「そういえばさ、今回は変則的にノルンも討伐することになったけど、レヴァンテの時みたいに報酬が加算されたりするのか?」

「うーむ、依頼が出されているかによるな。もしノルンの行動が問題視されてどこかから依頼が出されていれば、追加達成って形でその分の報酬ももらえるんだ。けどま、今回は特に問題も聞かなかったし、その分はないだろうさ」

追加の報酬がないと聞いてちょっと残念に思ったが、そもそもの依頼達成報酬は普通にいただけるのだ、それだけで十分だと自分に言い聞かせる。

それからしばらく雑談を交えて、俺とゴーシュはギルドへとたどり着いた。中へ入ってカウンターで依頼報酬をもらう手続きをしていると、不意に玄関のほうが騒がしくなる。

「……またあの成金冒険者か?」

ゴーシュが呟いたのは、おそらくこのギルドで最初に衝突したケインとかいう冒険者のことだろう。だが今回はその大きな体躯は見当たらず、代わりに見つけたのは俺よりも小さい、ともすれば子供と表現しても差し支えない人影だった。

「誰か!水の神殿に行くやつは居ないかーッ!!」

騒がしいギルド内でもよく通る、凛としたソプラノボイス。腰に手を当てて胸を張るその人影は――正しく、少女のものだった。

外向けにはねた銀色の髪をひょこひょこと揺らし、好奇心と期待に満ちた深い青色の瞳はせわしなく周囲を見つめている。服装は薄手の黒いベストと半袖のブラウス、下は動くには少々頼りない丈の赤いスカートという、ともすれば冒険者というよりも一般人という認識のほうが似合うものだった。だが、その背中に背負っている宝石のはめ込まれた鋭い槍が、彼女を冒険者として認識させる。

そこまで観察し終えたとき――不意に、その深い青の瞳がぐりっとこちらを向いた。反射的にまずいと目を逸らしたが、時すでに遅かったらしい。


「そこの黒いの!アタシを水の神殿に連れて行ってくれ!」

どうやら俺は、次の目的地に向かうよりも先に面倒事に巻き込まれたらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ