第29話 猛き騎士との戦い 後編
洞窟の前でルゥを止まらせて飛び降り、後に続いたゴーシュとカノン、そして同じようにルゥから降りてきたサラを伴い、俺たちは洞窟の中へと歩を進めた。てっきりそのまま暗い洞窟が続いているものだと思ったのだが、予想に反して洞窟に入ってすぐのところに、神殿の遺跡のような入り口が出現する。おそらくは、これが大地の神殿なのだろうが――
「……いない?」
この洞窟の中へと逃げ込んだはずである、ノルンの姿が見えないのだ。周囲を見回しても隠れられるようなものはないので、少なくとも潜伏しているだけ、というわけではないはずだが……。
「タクト、もしかすると奥にいるかもしれん」と、口を開いたのはゴーシュだった。彼の指は、目の前にある扉――すなわち神殿の中を指さしている。
「どういうことだ?あの神殿はもう、大精霊の祭壇につながってるはずなんじゃないのか?」
「いや……前に聞いたことがある。ここから先はたしか、大精霊が宝珠とその加護を与えるにふさわしいかを確かめるために、ダンジョンの形になっているんだそうだ。炎の神殿の時は火山そのものがダンジョンだったが、今回は違うようだな」
なるほど、そういうことか。ならばノルンはこの神殿の最奥、大精霊の部屋のすぐ前で待ち構えているはずだ。俺たちを叩きのめし、大精霊との邂逅を阻止するために。
「――よし、行こう!」
考えていても事態は進展しない。障害が立ちふさがるというのなら、真っ向から向かってやるさ。
***
「らあぁっ!」
ダンジョンを攻略し始めてから、すでに数時間が経過していた。小休止を挟みつつも全力で駆け抜けて、ようやく俺たちは目的である豪華な扉の前にたどり着くことができたのである。
ここまでの道のりにいたのは、主に土くれで構成されたゴーレムたちだった。さすが大地の神殿というだけあったのだが、そのほとんどがカノンの風魔法で爆砕、もしくは吹っ飛ばされていたのでちょっと笑えない。
ともかくようやく見つけた目的地への扉の前で、俺は改めて納刀しておいた両腰の剣を引き抜き、その刃を確かめる。ここまでの戦闘ではあまり使われていなかったが、カダーヴェルたちと戦った時から手入れを行っていなかったので、ところどころがわずかに欠けたり、擦り減ったりしているのが見て取れる。これからはきちんと手入れもしてやろうと誓いながら、俺はポーチから砥石を取り出してとぎ始めた。それを見た仲間たちも、三々五々に武器の手入れや持ち物の確認を行い始める。誰かがこういった行動を始めた時は、同じようなことをして時間をつぶすのがいいとゴーシュに教わったからだ。カノンは両手を突き出して周囲の魔力素子の残存状況の確認、ゴーシュは瞑想、サラは矢束に残っている残った矢の確認をして、それぞれが同時に立ち上がった。俺も研磨が終了したので立ち上がり、仲間たちにアイコンタクトをとる。全員の準備はできた。
ゆっくりと、慎重に扉に手をかけて、そこから一気に押し、開け放つ。そこはいつか、炎の神殿に向かった時とは違う、壁の豪奢な装飾以外には何もなく、その床には栄養をたっぷり含んだ黒い土が満たされた大部屋だけの、さみしい空間だった。
そして、見間違えるはずもない姿。石橋のど真ん中に、ロングスピアを携えた騎士――ノルンが、仁王立ちしていた。すでに顔を隠していた兜は外されており、その下に隠されていた容貌をのぞかせている。そして俺は、その顔立ちに、特徴に、驚愕した。
「……あれは、エルフか?」
ウェーブのかかった黄金色の髪、険しく細められているエメラルドグリーンの眼、そして頭部の左右から鋭く突き出した、とがった長い耳――いわゆる、エルフ耳。端正な顔立ちとその耳は、読書を嗜んでいた俺にも親しみがある亜人の一つを彷彿とさせるのだ。
ひそかに驚愕する俺の声を聞き取ったのか、その美しい顔をのぞかせたノルンが俺に言葉を投げかける。
「ほぅ……今どきの人間族が、わが高潔なる種族のことを知っていたとはな。――さよう、我は森の民エルフ。いまやこの世から隔絶された、高潔なる民族。その末裔だ」
がしゃりと金属を鳴らし、ノルンは声高に宣言した。それを見たカノンが、俺に耳打ちをしてくる。
「……知ってるかもしれないけど、エルフは狩りが得意。狩猟用の弓や槍なんかの扱いも上手いんだよ」
なるほど、それならばあの細身のロングスピアを得物にしているのも頷ける。だが、そんなエルフがどうしてこんなことをしているのだろうか?
創作小説ではよくあるが、エルフという種族は基本的に魔力を根源とした存在との親和性が高い、という話もある。このカイ・ドレクスのエルフたちも同じ特徴を持っていたと仮定して、それならばなぜ魔力の存在である大精霊、ひいてはその大精霊に会おうとする俺たちを妨害するのか――。
いや、考えていても話は進まない。ここは、きちんと問いかけるべきだ。
「……そんな誇り高い種族が、どうして大精霊との接触を拒むんだ。あんたたちだって、大精霊を慕っているはずだろう!」
「知れたこと、わが主であるアベルからの命だ!わが主の大いなる野望の悲願の成就を果たすためには、貴様らのような薄汚れた民が六精霊と邂逅し、その力を漏らさぬことが不可欠!ゆえにわれは、貴様のような愚かなる人間に敗れたレヴァンテに代わり、貴様のような下賤な民を駆逐するのだ!」
野望の成就、という単語と、主であるアベルということから、ノルンの立ち位置は大体つかめた。四天王と名乗っていることからもわかる通り、こいつはおそらく魔王直属の四天王と呼ばれるメンバーの一人として、魔王の野望を果たすために俺たちを妨害しに来ているのだろう。もっとも、妨害するのは俺一人で十分だとは思うのだが、ノルンはばっちりやる気だ。ならば卑怯といわれる筋合いもない!
「全員で囲んで攻撃だ。射線をかぶせるな!」
仲間からの威勢のいい返事を背中で受け止めつつ、俺は音高く二本の剣を引き抜いた。ノルンもそれに答えるかのようにロングスピアを構えると、まっすぐに俺へと突き出してくる。
反撃は無論予想済みだ。前進しながらサイドステップを行って突きをかわし、そのままノルンの後ろへとすり抜ける。直後、俺の背後からうなりをあげて飛んできた矢が、危ういところでノルンの槍にはじかれた。サラが俺の体を死角に陣取り、会費と同時に矢を射ったのである。俺に当たったらどうするんだと文句をつけてやりたかったが、サラの技量はそんなレベルまで低くはない。当てないことを前提に射たのだろうが――正直怖いものは怖い。
同士討ちで死にたくないなぁなんて見当違いな思考を展開しつつ、俺はがら空きになったノルンの背へと両手の剣を叩き込んだ。
「だりゃあぁっ!」
「ぬんっ!」
が、ノルンの反応速度は尋常ではなかった。続けざまに飛来していた矢を槍風車ですべてはじいたその直後、稲妻のごとき速度で反転し、俺の刃を槍の腹で受け止めたのである。
驚いたことで力を入れるのを忘れてしまい、あえなく俺の攻撃は弾かれてしまった。当然ノルンがそれを見逃してくれるはずもなく、間も無く俺のいた地面を槍の連撃が抉る。続けざまに飛来した一閃をクロスさせた剣でいなし、腕を左右に振り抜いて槍を弾く。
「ぜえぇぇいっ!」
直後、裂帛の気合とともにゴーシュがハルバードを振り下ろした。ノルンの脳天をぶち抜かんと飛来したハルバードは、しかしノルンの神速ともいえる一撃で弾かれる。攻撃をかわされたゴーシュだったが、体勢を崩すことなく踏みとどまると、ニ撃三撃と連続でハルバードを振るい攻撃の手を緩めない。ノルンもそれを危険と判断したのか完全にゴーシュへと対象を移し、熾烈な接近戦を展開した。ギィン、ガァン!と硬質な金属音が重なって室内に反響し、長物使い二人の攻防はその度激しくなる。
「ファセロ・バトク=ギルパルマス、『強烈なる炎の砲弾』!!」
だが、仲間たちはそれを黙って傍観しているわけではない。カノンの高速詠唱が金属音に混じって俺の耳に届き、つられてカノンの居場所を確認する。彼女は俺の真後ろ――つまりノルンの背後を狙える位置にいた。いつのまにここまできていたんだと思いながら、サイドステップでカノンの射線から退避する。直後、俺のいた空間を、生成された火炎の弾丸が駆け抜けた。一直線に突き進む炎の弾丸は、しかしすんでのところで反応したノルンの、あの不可視の風によって相殺されてしまう。
サラの矢もカノンの魔法も効かない。となると、できるのは自然と接近戦のみになる。ならば、この場は格闘戦ができる俺とゴーシュが受け持つべき!
「ゴーシュ!」
「おうさ!」
彼の名前を呼ぶと、威勢のいい渋い声が帰ってくる。あちらもまた、勝敗は俺たちにかかっていることを察しているのだろう。つくづく戦況を読める男だと改めて感嘆の息を漏らしつつ、俺もまた地を蹴った。
「ぜええぇぇぇい!」
裂帛の気合いとともに、俺は左右の剣で連撃を打ち込む。片方を引き戻すと同時にもう片方を突き出すというシンプルな連続技だったが、相手の死角に攻撃を叩き込めるように微妙に位置を調整して繰り出しているのでうまい具合に相手をあせらせることができる――と思ったのは甘かった。
「効かぬわぁッ!!」
「ぐおっ!?」
突如飛来した槍のひと薙ぎが、俺の連続攻撃を中断させる。とっさに剣をクロスさせて受け止めるが、その衝撃は途方もなかった。一撃で部屋の中央近くから端あたりまで吹き飛ばされてようやく停止した俺は、今の攻撃で直撃をもらっていたらどうなっていたかを想像し、身震いする。
繰り出されたあの一撃は、火山で戦ったレヴァンテのそれに匹敵していた。いや、単純な吹き飛ばし能力だけなら、ノルンの攻撃のほうが上かもしれない。
どうやら、気づかないうちに相手をなめてかかっていたようだ。無限に近いカダーヴェルを退けたことと、平原での騎馬戦が比較的楽に終わったことから、勝手に相手の実力を下に見ていたが――間違いなく、ノルンは強い。少なくとも、今の俺を圧倒できるくらいには。
戦えているのは、ひとえにゴーシュたちサポートしてくれている仲間たちのおかげだ。改めて、自分の実力のなさを実感して、ため息交じりに笑う。
「――――イーリスブレイド」
笑みを浮かべていた口を引き締めて、俺はイーリスブレイドを召喚した。幾何学模様が俺を取り巻き、傍らに剣を突き刺してフリーとなった右手に文様が集中、収束して、刃のない大剣を形作る。
俺が奴らと対等に渡り合うためには、託された力であるこの剣が必要不可欠だ。結局他人便りなのかとあきれてしまうが、今はそんなことをやっている場合ではない。
炎の宝珠をセットして紅蓮の刀身を展開し、大剣を振りかぶって俺は飛び出した。その光景がゴーシュにも見えていたらしく、打ち合わせていたハルバードを槍から外し、弾き飛ばすように押しのける。後退させられるとは思っていなかったらしいノルンがよろめき――というか重戦士なはずのノルンを押しのけられるゴーシュの馬力が異常なんだろうけど――、再度ゴーシュに襲い掛かろうとしたところで、彼もまた俺に気付く。
「らあぁっ!!」
再度放った裂帛の気合いとともに、今度は長剣ではなく大剣を縦一文字に振り下ろした。ノルンも危険と悟ったのか槍の腹を突き出して防御態勢に入り、紅蓮の刃と長槍の柄が交錯する。火花をあげて拮抗する二つの得物、しかしその優劣は明白だった。
直後、紅蓮の刃はノルンの持つ槍、そのど真ん中を真っ二つにたたき切った。真っ赤な軌跡が、驚愕にゆがんだノルンの顔を照らす。
「――――今だ!!」
叫ぶと同時に、俺は反動を利用して後退する。無防備になった俺をノルンの風の刃が襲うが――すでに遅い。
「――ッ!?」
ノルンの頭上、天井ギリギリには、すでにカノンが展開した魔方陣が浮かんでいた。紅蓮の色に輝く魔方陣を見てノルンが慌てて退避しようとするが、それはゴーシュが許さない。
「ガラ空きだぞ!!」
ゴーシュが降りぬいたハルバードがノルンの横腹をえぐり、わずかに硬直させた。その隙を狙ったサラの矢が、黄色の魔力素子をまとってノルンの胸をえぐる。
「むぐっ……!」
瞬間、魔力素子が小さな爆弾となって爆発、たしかな衝撃をノルンの胸へと伝えた。のけぞったノルンが見たのは――
「――『鮮烈なる炎の流星』!!!」
カノンが撃ちはなった、無数に降り注ぐ真紅の流星だった。
「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿なあぁぁァァァァ――――――――――――」
大量の紅蓮の爆発が連続し、広い部屋を衝撃で震わせる中、俺の耳にはノルンの、怨嗟の響きが混じった断末魔が聞こえていた。
リアル事情、ほかの小説との兼ね合いなどもろもろの都合により、もしかするとしばらく更新を見合わせるかもしれません。
楽しみにしてくださっている方々には自分勝手による多大なご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんが、その分のクオリティアップに精進する所存です。
なるべく早く復帰いたしますので、何卒ご了承お願いします。




