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異世界行ったら門前払い食らいました  作者: 矢代大介
Chapter4 襲いくる脅威
30/79

第25話 屍の使者

夜も深まり、日中のうだるような暑さも退いて過ごしやすくなった砂漠の一角。

「……くああぁぁー……」

大あくびをかましながら、俺――ことタクトは、二人の仲間と一緒に寝ずの番を行っていた。



時間は少しさかのぼり、今日の就寝前。

二日前から砂漠に突入し、その中心で停泊しているキャラバンにて、今日の見張り役を決めるための集会を行っていた。

こと夜の砂漠は活発になる魔物も多く、しかもそのどれもが狡猾で残忍なことから、その襲撃をいち早く発見できなければ最悪壊滅という結末もありうる――というのが、エンボロスから聞かされた話である。

一昨日はゴーシュ、カノンとエレン、昨日はアイザックと名前を知らない冒険者二人が見張りを受け持っており、そろそろ俺の出番かと思いつつ立候補すると、同じようにまだ見張りを行っていなかった男性冒険者が立候補してくれた。

そこまでならこれまで通りだったのだが、今日は違った。踊り子であるアリスの立候補という事態が起こったのである。

彼女の主張は、「守られているだけでは不釣り合いだ」という自己犠牲のようなものであり、当然、というか普通に俺たちやアイザックたちは反対する。

が、意外にもその主張を容認したのはエンボロスだった。いわく「本人が望んでいるから」というとっても適当な理由だったが、ともかくそのおかげで

俺は現在、男性冒険者――たしかアッシュだったか――とアリスを仲間に加え、寝ずの番を行っている。



「ふあぁー……」

最近は戦闘などの疲れから早くに眠るようになっていたので、どうにもまぶたが重くて困る。寝ずの番はその名の通り寝ちゃいけないのに、と考えつつ、先ほどまでアリスとくっちゃべっていたアッシュのほうを見やる。

寝てた。イビキかいてた。チクショウいいご身分め!こちとら眠いの我慢してるんだっつーの!と抗議してやりたかったが、彼をはじめとしたキャラバン護衛団は程度の大小こそあれど皆疲労しているのだ。自分自身も疲労で眠気に襲われているせいか、起こすのははばかられてしまった。

はぁーとため息をつきながら馬車の上――見張り用に設けられた簡単な床の上に座り込むと、すぐ横にアリスがにじり寄ってくる。

「カドミヤさんも、眠ってしまって構いませんよ?見張り程度なら、私にもできますし」

「いや、自分で受けた仕事さ。このくらいなんでもないよ」

彼女自身、守られているだけだった自分に憤慨しているのかもしれない。勝手にそんなことを考えていると、不意にどこからか音が聞こえてきた。

「~♪」

いや、ただの音ではない。歌だ。静かな砂漠に染み渡るように、涼やかで、しかし心が温かくなるような、不思議な歌が響き渡る。どこから聞こえてくるのだろうかと耳を澄ませ、すぐに気付いた。横に座っている、アリスの口から発されているのだ。目を閉じ、わずかに体を揺らしてリズムをとりながら、透き通った音色を発し続けている。

きれいだ。月並みな感想しか思い浮かばなかったが、今この目に映っているものは、それだけでもいいと感じるほど、美しい光景だった。

やがて、アリスが歌い終わる頃には、それまで感じていた眠気などとうに吹き飛んでしまった。逆に、不思議な高揚感を感じる。なんというか、活力をもらったような気がするのだ。いったいどういうことなのだと問いかける前に、はかない笑みを浮かべたアリスがこちらを向く。

「どうですか、元気になりました?」

「え、あぁ。……今の歌、何か魔法の効果でもあるのか?」

好奇心から問いかけてみるが、アリスのほうもおとがいに指をあてて思案するだけで、明確な答えは返ってこなかった。それを考えると、アリス自身効果は知っていてもその力の出自は知らない、ということだろう。そう結論付けて、話題を変えることにする。

「……綺麗な歌だったな」

「ええ。私もこの歌、気に入っているんです。……おばあちゃんから聞いた歌なんです。確かタイトルは――」

夜明けの詩。

その響きを聴いたとき、どことなく懐かしいような、新鮮なような、とても形容しきれない何かが、胸に染みた。

「――よければ、もう一回聞かせてくれないか?」

「はい。私の歌なんかでよければいくらでも」

そういって、アリスはまた歌い始める。綺麗な歌とともに、夜はゆっくりと更ける。



「ん?」

二度目のアリスの歌が終わりに差し掛かった時、閉じていた目を開けた俺は何かをその視界に収めた。俺の行動に気が付いたのか、アリスも歌を切り上げてこちらを見ている。

砂漠の向こう側から、黒い影がゆっくりと、ゆっくりとこちらに向かって進んでくるのだ。その影の輪郭がはっきりしたとき、俺は思わず声を荒げた。

「――――人だ!」

人の形をしていた。それも、足取りもおぼつかない、今にも倒れそうなほどに危うい状態で、こちらに向かって歩いてきている。アリスのほうもそれを確認したらしく、瞳には逼迫の色が浮かんでいた。ともかくは、あの人に接触して状況を見ねば。

「確認してくる。何かあったらサインを出すから、それでみんなを起こしてくれ!」

「わかりました。お気をつけて!」

短くやり取りを交わし、俺は馬車から飛び降りて人影へと走り出した。したが砂地なのでケガは心配ないが、少し足が埋まって脱出にてこずる。砂地を歩くのはともかく、走るのはなかなかに骨が折れる。強く地を蹴りださなければいけないので、そのたびに砂がえぐれてじわじわと足取りを遅らせるのだ。こうして手こずっている間にも相手は倒れるかもしれないのに――!

数十秒かけて、どうにか一度も転倒することなくその人影のもとへとたどり着いた。こちらを認識できていないのか、その足取りはまだ重い。「大丈夫ですか!?」と問いかけてみても、反応が返ってこない。これは――まずいかもしれない!

ふらふらと歩く人影――大きさから成人男性だ――にさらに近寄り、その肩をひっつかんで揺さぶる。ようやく俺の存在を認知してくれたのか、重く垂れ下がっていた首がゆっくりと持ち上がる。

「――――っ」

瞬間、俺ののどは声にならない悲鳴を上げた。

痩せこけ、骨の輪郭が浮き出ている顔は、すでに土の色。まるで最初からなかったかのように溶け落ちた唇からは、異様なまでに真っ白な歯。そして、目があるはずの場所にはぽっかりと穴が開いており、そこから――ぎょろりと覗く、血のように真っ赤な光。

「――アアアァアアアアアァァァァァァァァァァアァァァアァァアァ!!!」

その口ががばっと開き、霧のような煙のような、不気味な色をした吐息が吐き出される。そして俺の目が捉えたのは、振り上げられた腕に握られた赤さびた剣。

「――ブルセイ・バトク!!」

とっさに出た声は、魔法言語を紡いだ。そのまま生み出された白い光線が、天空高くへと打ち上げられる。そして飛来していた剣は、とっさに腕をつかむことでガードに成功した。あと数秒遅かったら間違いなく肩口に突き刺さっていた。

「っそぉ!」

咆哮一発、力を込めて俺はそいつを殴り飛ばした。よろけて数歩後ずさるも、そいつは何事もなかったかのように首の向きを戻し、右手の剣を振り上げて突進してきた。その速度は、さきほどまでのよろよろ歩きとは雲泥の差。

こちらもまた剣を引き抜き、その刃をかち合わせる。衝撃が腕に伝わり、その腕力を推し量ることはできたが――なんて重さだ!

今までのふらつき方からは想像しようもない腕力。下手をすれば、ゴーシュの腕力さえも軽く凌駕するかもしれない。どうにか抑えてはいるが、それもどれほど持つか――ならば!

一瞬のスキを突き、俺は勝ち合わせていた剣の向きを変えた。とたんにそいつの錆びた剣が俺の剣を滑り、後ろへと抜けていく。森イノシシとの戦いで練習した受け流しの技術が、久しぶりに――力押しだったり魔法攻撃だったりで最近使いどころがなかったが――真価を発揮してくれた。何が起こったのかわからないらしいそいつが、拍子抜けしたような表情をしたその隙に、剣を持っていない左手で裏拳を叩き込む。

「ガァッ!!」という悲鳴のような、よくわからないような声をあげて倒れこむ。

とどめを刺すなら今しかない。だが、相手はまだ怪物だと決まったわけではない。ひょっとすると、魔王側に利用されている人間なのかもしれない。いや、あの顔でそんなことを思うのもどうかと思うのだが――などと考えている間に、とどめを刺すことができずそいつに反撃されてしまう。

「くうっ……!」

電光石火の早業で、さびた剣がこちらに飛来する。とっさに剣で防ぐが、今度は姿勢が整っていなかったのもあり、体勢を崩されて後退してしまった。しかも、相手はそのスキを逃してくれない。続けざまに飛来した攻撃が、俺の肩口を浅く切り裂く。

「このぉッ!!」

大振りに剣を振って攻撃を行うが、そいつが後ろに飛びのいて回避されてしまった。――――想定の、範囲内だ。

「失せなァ!!」

突如、そいつが横向けにカッ飛んだ。何者の仕業かは言うまでもない。「救援に来ていた」アイザックが振り抜いた大剣。

彼がここにきているのは偶然ではなく、理由がある。さきほど、俺がとっさに打ち上げていた光魔法が、敵と接触した――つまり、救援を求めるサインとなっていたのだ。それを、馬車で見張っていたアリスが目撃し、仲間を起こして駆けつけさせてくれた、ということだ。事実、アイザックのほかにも、その後方からカノンたちやほかの冒険者がやってきているのが見える。商人軍団は後方待機しているが、もともとそれが契約の内容だ。不備はない。

「夜勤お疲れ!」

「どういたしまして!……しかし、あいつは?」

軽い調子でこちらに向かって手を振るアイザックに会釈しながら、またとびかかってきたそいつめがけて、今度はためらいなく剣を振り下ろす。あのアイザックの腕力をもって倒れない敵が、人間であるはずがない。そう断定しての攻撃は、そいつの心臓に当たる部分を穿った――はずだった。

「アァァァ…………!」

倒れない。心臓を半分以上切り裂いているはずなのに、まるでそんなもの存在しないとでも言うかのように、そいつはものともせずに立ち上がる。

「おいおいおい……タクト、なんだこいつら?」

「俺にもさっぱり。……ただ言えるのは――敵だってことだけだ」

向こうの世界では、フィクションの中で似たようなものを見たことがある。あちらも確か痛覚なしだったが、ある程度攻撃を加えれば倒れるはずだ。

その点こちらのほうがタチが悪い。あと感染能力とかあったらもっと面倒だ。となると、必然的に誰かが負傷する前に倒さねばならないのだが――。

「どうやったら……倒れるんだっつの!」

怨嗟の響きを漏らしながら、投げやり気味に剣を振り、そいつの胴体を薙ぐ。オーレ制の鉄剣ということもあり――オーレという鉱物のことは一切知らないが、購入した店の店主曰く「強度だけならミスリルよりも上」らしい――、その切れ味はなかなかのものだ。そいつの胴体を真っ二つに切り裂いて、上半身が地面に落ちる――その前に。

「アア……アァァ……」

機械から勢いよく蒸気が噴き出るかのような音を立てて、そいつは「煙となって消え去った」。思わぬ出来事に、俺とアイザックは固まってしまう。

「……なんだったんだ、こいつ」

「わからない。――――ただ」

俺とアイザックが顔を向けた先には、無数の「そいつら」がいた。どいつもこいつも、餌に飢えている獣のように光る瞳を揺らめかせている。

「らしいな。まぁ、こっちにだって仲間はいる。気長にやろうや」

「それでなんとかなれば、願ったりなんだけど」

臨戦態勢をとって構える俺たちの後ろからは、遅れて戦闘準備を終えた仲間たちがやってきていた。特にカノンとサラ、エレンの女性組は、すでに魔法の詠唱に入っている。

「ファセロ・ボシタ=ワルクー、『広き火炎の炸裂ワイド・ファイアイクスプロード』!!」

「グレイラ・ワズル=パルマス!」

「焼き払え、『ドラゴンソウル=イグニスロンド』!!」

大量のそいつら――面倒なのでゾンビで統一しておく――に向けて、カノンが放った炎の爆発が直撃する。広域化ワルクーで範囲が広がった紅蓮の閃光が、ゾンビたちをまとめて吹き飛ばした。そこへ、今度はサラが放った土魔法――砂地なので砂の津波になった――が殺到する。

威力強化パルマスが施されているだけあり、その砂粒一つ一つが物理的な凶器だ。吹き飛ばされて体制の崩れたゾンビたちは、なすすべなく砂の本流に飲み込まれ、水の中の石のようにその身を削られていく……あれは食らいたくないな。

そして体力を削られたところで、今度はエレンが放ったアビリティ「ドラゴンソウル」の攻撃が飛来した。生き物が動くような、人が踊るような不可思議な動きで火炎がのたうち回り、それに絡めとられたゾンビたちが、片っ端から灰になっていく。

アビリティの力は数日前に実感したつもりだったが、俺の認識が甘かったらしい。あの威力はおかしいだろう普通に考えても。どう考えたって常人が出せる火力じゃない。

まぁ、それを言ったら目の前の連中も――ゾンビたちも同じか。大多数が焼き払われたはずなのに、その数は減っていない……いや、減ってはいるが後から後から湧いてくるのだ。それも、どこからともなく。

元を断とうと思ったが、この産出量では到底無理だ。そうなると、どうにかしてこの供給リソースが切れるまで粘らねば!

「タクト、大火力の攻撃って何か使えるか?」

突然、アイザックがそんな話を振ってきた。いきなりだったので一瞬返答に窮するが、固まっている場合ではないと復活して即答する。

「爆発魔法と……武器の広範囲攻撃が。前に出たほうが?」

「そうだな。すまないが、先に連中とやりあっててくれ。俺はキャラバンを確認してから戻ってくる!」

そのまま踵を返して走り去っていったが、アレ死亡フラグなんじゃなかろうか。とたんに心配になってくるが、今は目の前の敵を殲滅するのが優先!

この攻撃を使うのもずいぶん久しぶりな気がする。レヴァンテ戦ではイーリスブレイドに助けられたし、ベースインプ戦ではそもそも俺の出番がなかったし、ミストレックスのときはイーリスブレイドだったし……セルビスから一回も使ってないのか。

だがこの体は、心は、魂は、この感覚を鮮明に覚えている。あのとき――後の裏切者が披露し、俺が心惹かれた技は、今や完全に俺のもの!

「――魔剣『無頼一閃ブライイッセン』!!」

横薙ぎに振りぬかれた二本の剣から、X字に交錯した白い「衝撃波」が繰り出された。一体、二体、三体と切り裂いてなお、その勢いは衰えない。

「おおぉぉぉぉっ!」

雄叫びをあげながら、俺はさらに衝撃波を繰り出した。合計で六発繰り出された白い太刀筋の軌跡は、狙いたがわず周囲のゾンビたちをぶつ切りにしてやった。片っ端から例の煙が上がり、ゾンビたちは消えていく。これで後ろの連中にも、こいつらが人間じゃないことはわかったはずだ。そう考えて、俺は迫っていたゾンビの剣を左手の剣で受ける。

直後、どこからか飛んできた武器がゾンビの胴体を引きちぎり、四散させた。砂地に突き刺さったのは、見知ったハルバード――ゴーシュの攻撃だ。

「おうタクト、遅れてすまんな!」

「大丈夫さ。単体とのタイマンは厄介だけど、集団対一ならいけそうだ」

相手の量はかなりのものだ。数でいえばこちらが圧倒的に不利だが、仲間との距離が開く分自由に動き回れるスペースが増え、その分範囲攻撃を使えるというアドバンテージを獲得することになる。現にこちらの冒険者たちは各々抜刀し、そこらへんで好き勝手に無双している状態だ。相手は味方を傷つけることをしないようなので、そこのところは一安心である。アイコンタクトで確認しあい、俺とゴーシュは群れに突っ込む。

「らあぁっ!!」

俺の剣がゾンビを切り付けて一瞬ひるませ、その隙に破壊力のあるゴーシュのハルバードが頭を砕く。そのままグリップでゾンビを受け止めた隙に、今度は俺が背中に突き、からの上下交差切り。真っ二つになったゾンビの間をゴーシュのハルバードがすり抜けて、背後に来ていたゾンビを殴り飛ばす。ほかがいなかったので俺が飛び上がって首に剣を突き立てて、続けざまに飛来した弓攻撃をバク宙で回避する。

「ブルセイ・ガプサ=ハドマス!」

続けて飛来した第二射を光の壁魔法ブライトウォールで防ぐと、弓を射っていたゾンビは逆に矢で貫かれた。あの攻撃は――サラだ。

「――『マグナム・アロー』!」

射られたサラの矢が、黄色い魔力素子に包み込まれて一回り大きくなる。そのまま殺到していたゾンビの頭をガンガン貫通し、一直線に道を作った。

切り開いてくれたのか、偶然か。そんなことを頭の片隅で考えつつ、開いた道を俺たちは疾駆する。飛び出してきたゾンビに向けて衝撃波を叩き付け、ひるんだゾンビを蹴っ飛ばしてゴーシュのハルバードでつぶしてもらう。その隙に目の前にいたゾンビを切り裂き、直後にサイドステップ。ゴーシュと立ち位置を代わり、後ろで戦っていた冒険者の背後にいた奴めがけて衝撃波を打ち込むと、お返しにといわんばかりに真横にいたやつを粉砕してもらった。会釈しつつゴーシュのタックルでドミノ倒しになったやつめがけてさらに衝撃波。

「ファセロ・ボシタ=ギルパルマス!!」

詠唱した魔法言語が魔法を形作り、目の前に群れていたゾンビめがけて炎の爆発魔法ファイアイクスプロードが炸裂。大多数を四散させた直後、今度は後ろから光の射撃魔法ブライトバスターが飛来した。それも一発二発ではなく、ショットガンのように大量に。

ズババババァン!と一斉に炸裂し、周囲が一瞬白光に彩られた。そこを見計らって、俺とゴーシュはいったん後退することにする。

「全然減らないな、こりゃ!」

「全くだ……というかなんでアンタは嬉しそうなんだよ」

ニヤケっ面なゴーシュに軽く突っ込みながら、俺たちはどうにかカノンたちのところまで後退することができた。

「お疲れ様!」

「お疲れ。……あいつら、気色悪いわね」

女性陣がゾンビを見てため息をつく。まぁ、あんなものを見たら誰だって気がめいるはずだ。だって見た目が怖いんだもん、あれを間近で見るのは結構な勇気がいる。昔の俺なら間違いなくもっと反応していた。

「それよりも、まったく減らないほうが俺としちゃ気色悪いぜ。……タクト、念のために聞くが、あいつらの情報は持っていないか?」

むろん知らない。そもそもそれを知っていたら、いち早く仲間たちにその特徴を伝えるはずだ。ただでさえ相手しづらいのに――という文句をつけようとしたその時、突如としてどこからか響いた声が俺の行動をストップさせた。

「――あれは負の遺産『カダーヴェル』。死者の肉体を複製し、傀儡として使役する、本来ならば禁忌とされた魔法だ」

その男性の声は、俺たちの真横から響いてきた。何者かと聞くその前に、俺は、その人の――その「人たち」の容貌に、思わず惹きこまれてしまった。

普通の人とはどこか違う、異国的な雰囲気をまとった、神秘的な男女だった。男性のほうは、手入れのされていなさそうな赤茶けた髪の下で、紅蓮の双眸を覗かせ、ゾンビ――今しがた「カダーヴェル」と呼んだ連中をにらみつけている。体は質素な、それでいて高い潜在能力を持っていそうなローブで包まれており、その裾から覗くのは魔法使いの象徴である、紅蓮色の宝玉がはまった長杖スタッフだった。

対して女性のほうは、ふわふわとした若草色の髪をポニーテール状にまとめている。男性とは違い、新緑色の瞳はこちらを見て、慈しむように細められている。その瞳が、どこかで見たことがあるような気がしてならない。慌てて視線をそらそうとしたが、どうしたものか金縛りにでもあったかのごとく、視線を動かすことができなかった。――完全に、魅了されている。

仕方ないのでそのまま、男性をにらんでいるという感じにして口を開いた。

「……カダーヴェル、って?というか、そもそもあんたたちは誰だ?」

まずはそこを明らかにしないといけない。見た目だけ見たら普通の冒険者だが、それにしてはまとっているオーラが只者ではないのだ。三人もそれを察しているのか、少々警戒心をひそめて男女をにらんでいる。

男のほうはこちらを見てしまった、という顔をしたが、すぐに女性に向けて目配せして反対へと向き直る。あれ絶対押し付けたな、という俺の推測に正解だといわんばかりに、女性がこちらを向いて話し始める。ご丁寧に、深々としたお辞儀付きだ。

「突然の無礼を許してください。私の名は『フウ』。こちらは『グレン』と申します。以後、お見知りおきを」

口調は丁寧だったが、そのしゃべり方があんまりにも淡泊なので本当に謝っているかわかったもんじゃない。顔こそ微笑を浮かべてはいるが、その腹の底が見えないのだ。何かを隠していると、本能が告げている。だが、ここでいぶかしんで話を中断しては本末転倒だ。おとなしく女性の言葉に耳を傾けることにする。

「カダーヴェルは、さきほどグレンが説明した通りです。死者を複製し、自らの傀儡とする。禁忌の技術であり、とうの昔に忘却されて消え去っていたはずですが……」

「何者かが復活させた、という線が濃厚だな。我もいくつか、そういった者を知っている」

「ですが、仮に行使するとなると、勇者に匹敵する魔力が必要となります。学者の中に、そこまで規格外の力を持った者は少ないはずです」

「ならば、『魔神』の力も影響しているのだろう。以前戦った者たちよりも手ごわい」

「となると、まずもって早急に駆除しなければなりませんね。……貴方がた、お手伝いしていただきたいのですが」

二人だけで会話すすめやがった。聞いてたからいいけど、逆に疑問が噴出しまくった。後で問い詰めないとと誓いながら、「どうすればいい」と二人に向かって聞く。

「このカダーヴェルたちは、一つの命令にのみ従い、それぞれが本能のままに動いています。おそらくは、近くに複製と命令を兼ねた装置が設置されているはず。……私たちは足止めを行います。その間に、あなたたちは装置を破壊してください」

いうが先か、フウと名乗った女性はまとっていたマントを脱ぎ捨て、腰に下げられていたレイピアを構えて飛び出した。男性のほうは静かにたたずんでいるが、たくさんの魔力を長杖に充填させているのがわかる。

「……どうするの、タクト君?」

不安そうな声色で、カノンが問いかけてきた。正直俺も釈然としなかったが、彼女らがこいつらの――カダーヴェルの情報を知っているのならば、それにかけるのが一番の策だ。少なくとも、この状況に対して何らかの解を出すことはできるはずだ。なら――

「あの二人の作戦に乗る。……相手には、絶対に湧き出るための『出口』が存在するはずだ。少なくとも、この数を出すにはそれを実現する装置と、それを設置する場所が必要になる」

そしてそれがある場所は、おそらく――――カダーヴェルの海の向こう。

三人も、俺の意図に気づいてくれたようだ。目配せをして俺に確認をとってくる。答えるために、俺は力強くうなずいた。

正直、確証があるわけではない。だが少なくとも、当てもなく探すよりは有用なはず。

「面白そうだなオイ。俺たちも混ぜろよ」

そういって横に立ったのは、先ほどキャラバンの様子を見に行っていたアイザックだった。その横には、相変わらず不愛想なフィーアとにやにやとあくどい笑みを浮かべるエレンが立っている。

「お手伝いしますよ。先輩だけだと不安なので」

「あんなモノを生成する装置があるとはなぁ……ふふふふ」

フィーアはすごく微妙に微笑んだが、エレンのほうはなにやら不気味な笑みでカダーヴェルたちを見据えていた。その雰囲気は、さながらマッドサイエンティストとでも言ったところか。正直怖いが、三人が手伝ってくれるというのならばそれに越したことはない。彼らも実力者だ。

「……なら、一緒に頼む」

「おうよ。久しぶりに暴れてやれるぜ」

アイザックもまた、戦うことが楽しみで、楽しくて仕方がないというような表情をしていた。怖さ半分頼もしさ半分の微妙な感情を持ちながらも、俺たちは進撃を開始した。

「殺戮ショーの始まりだあぁぁッ!!」

先陣を切ったのは俺とゴーシュ、そしてアイザックの男性チームだ。アイザックが先頭、俺が補佐につき、ゴーシュがしんがりを務める。アイザックがカダーヴェルに大剣を突き刺し、魔力素子を使用して突き刺さった奴を爆砕、吹き飛ばしたかと思うと、その後ろから迫っていたカダーヴェルに向けて大剣の腹を見舞う。スタンに近い状態となったそいつめがけて俺の剣を叩き込み、動きを封じてからゴーシュのハルバードが粉砕。立て続けに横から迫ってきた奴に向けてハルバードが跳ね上がり、アッパー攻撃でのけぞったそいつへと俺の剣が突き刺さる。前へ向けて投げ飛ばすと、アイザックが振り回していた大剣に絡めとられて切り裂かれ、さらに周囲のカダーヴェルが魔力素子の旋風で引きちぎれた。辛くものがれた連中もいたが、そいつらは俺とゴーシュが繰り出した攻撃によってまとめて撃破する。頃合いかとバックステップで飛び退くと、つい先ほどまで俺がいた場所を炎の竜が薙いだ。エレンのアビリティによって散り散りにされたカダーヴェルが、カノンの魔法とサラの矢で次々と打ち砕かれていく只中を、俺たちは駆け抜ける。

「おりゃあぁぁっ!」

衝撃波を打ち出してせまりくる連中をつぶしながら、俺は前を見やる。まだまだ抜けるには遠いが、それでも不可能ではない。なにより――

「『怒れる風よ、その鋭利なる身で彼の者を切り裂け』!!」

「『慈悲の炎よ、その猛る息吹で彼の地を焼き払え』!!」

フウとグレンから飛ばされた風と炎――おそらくはアビリティの類だ――が、目の前にたむろしていたカダーヴェルたちを細切れにし、焼き払い、吹き上げ、灰塵に帰す。その威力たるや、俺たちが数分かけて進んだ場所までの連中を瞬時に一掃するほどだ。本当にますますもって何者か怪しくなってきたが、今はその火力を味方につけて進む。

ゴーシュが打ち出した衝撃波攻撃でのけぞった相手めがけてアイザックの剣が降り、吹き飛ばされたカダーヴェルが後続の連中をなぎ倒す。そこめがけて飛び上がった俺のとどめが叩き込まれ、しゃがみこんだ俺を踏み台にしてアイザックが跳躍。大上段からの振り下ろし攻撃が一体にヒットしたかと思うと、そこから幾重にも重なる衝撃が周囲を揺るがした。魔力素子を使った広範囲攻撃が、周囲の時を一瞬止める。

「ファセロ・メルイ=ワルクー、『広き火炎の流星群ワイド・ファイアミーティア』!!」

仲間たちがそれを見逃すはずもない。カノンが放った魔法――最上級魔法である流星魔法メルイが、燃え盛る隕石の形をとって無数に降り注ぐ。そこかしこで紅蓮の爆発が巻き起こり、そのたびカダーヴェルたちが悲鳴を上げながら爆散していく。

恐ろしい威力だが、あれだけの攻撃だ。周囲の魔力素子リソースを回復させるためにはしばらくかかるはず。ならば、がら空きになった今こそが突破のチャンス!

「ブルセイ・ボシタ・ギルワルクー、『広大なる白光の炸裂ギガワイド・ブライトイクスプロード』!!」

切り開かれた活路を閉じられぬように、今度は俺が光の爆発魔法ブライトイクスプロードを打ち込んで周囲を照らし上げた時――それは露見した。

「――あいつか!」

アイザックの声で、俺も確認する。

そこには、禍々しい紫色に光り輝くクリスタルのようなものがあった。中の光が生き物のようにどくん、どくんと脈動しており、そのたびに周囲で霧が生まれ、その霧からカダーヴェルが生れ落ちていく。あれが、フウたちの言っていた機械だろう。

すでに周囲の消耗も激しく、これ以上の戦闘続行は危険だ。ならば、一刻も早く――!

「――――魔剣奥義『絶剣・天衣無縫』!!」

同時に振りぬかれ、X字に重なり合った衝撃波が、複雑に絡み合い、その隙間をなくし、一つの巨大な弾丸となる。奴らを生み出す霧を吹きちらし、生まれたカダーヴェルを塵と化し、クリスタルへと一直線に突き刺さった光の弾丸は――クリスタルを、打ち砕いた。



***



クリスタルを破壊したことで、周囲のカダーヴェルは一斉に霧となって消えていった。各々が疲労によってへたり込み、俺たちもまた疲れで座り込んでしまう中、二人の人影がこちらに歩み寄ってきた。その足取りは全くと言っていいほど軽く、疲労など存在しないかのようだ。ちょっとうらやましがりながらも、俺は倦怠感が押し寄せる体にむち打ち立ち上がって、手を差し出す。

「……ありがと。あんたたちがいなかったら、今頃あいつらにやられてた」

「いえ。私たちはたまたま通りかかっただけにすぎません。……無事で何よりです、タクト」

フウの、先ほどまでレイピアを握っていたか細い手が、俺の手をしっかりと握った。その手が、どこからか差し込んだ光に輝く。

ふと見上げると、空はすっかり白み切っていた。遠くの地平線からは、まばゆい朝日が昇ってきている。

ずいぶんとまぁ、長いこと戦ってたもんだ。それとも、もう戦い始めたころには空が白み始めていたのか。どっちにしろ疲れたことに変わりはないが、今はまだ倒れるべきではない。彼女たちを、見送らねばならない。

「あんたたちは、これからどこへ?」

「少しばかり急ぎの用があるので、私たちはアーテミス大陸へと移ります。……いつかまた会いましょう、タクト」

それだけ言うと、フウは後ろで佇んでいたグレンを伴って、俺たちとは逆方向――ハーメルンへと歩いて行った。アーテミス大陸というと、セルビスにでも行くのだろうか……と考えるが、よくよく思えば俺たちには関係ないことだ。なにより、疲労で考えることもしたくない。

負傷者を伴って馬車のもとへと戻りながら、俺は不思議な二人組のことを思い出す。

――そういえば、なぜ俺の名前を知っていたのだろうか?疑問に思ったが、すぐに忘れてしまうのだった。



***



「思ったよりも早かったですね」

人気のない砂漠の上で、男女が話していた。片方は若草色の髪をポニーテールにした女性。もう一人は、ぼさぼさの赤茶けた髪を持つ男性だ。

「そうだな。場合にもよるが、あの剣の覚醒を急がねばならない」

二人は、難しい顔をして話し合っている。まるで、いま彼女らが生死の境に立っているかのような表情で。

「……残りの4名にも話を通しておかねばなりませんね」

「それに関しては我がやっておこう。お主は、引き続き彼の動向を見守ってほしい」

「わかっています。……それでは」

ひゅう、とどこからか風が吹くと、すでにそこから女性の姿は消えていた。朝日に照らされる空を見上げながら、男性はつぶやく。

「……頼むぞ、イーリスブレイドの使い手よ」

朝の空を見上げていた男性は、もうそこにはいなかった。

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