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異世界行ったら門前払い食らいました  作者: 矢代大介
Chapter4 襲いくる脅威
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第24話 キャラバン珍道中

ハーメルンを出発して、早くもまる一日が過ぎていた。隊商は意外と順調に進んでおり、このままいけば夜に一時停車するころには砂漠の入口へとたどり着けるとエンボロスは言っている。あながちウソでもないらしく、時折吹く風が細かい砂を運んできているのを感じていた。そろそろマントが必要になるかな。

いろいろ考えていると、不意に後ろのほうからアイザックが歩いてきた。その後ろには、エメラルドグリーンの髪の少女――フィーアがいる。

「どうしたの?」

「いや、すこし様子を見に来ただけだ。それと、一度フィーアが話したいって言ってたんでな。連れてきたんだよ」

目線を向けると、件のフィーアがこくこくとうなずいていた。次いで、控えめにこちらを見ながら口を開く。

「……あの、タクトさんは『オリエンス』の生まれなんですか?」

彼女の口から出てきた単語は、俺の知りえないものだった。生まれ、という言葉からどこかの地域のことであることは理解できたが、まだ旅に出てまもない俺の脳内データベースにはその言葉はない。

「……いや、別の世界からの出身なんだ。勇者召喚で呼び出されて、適合者じゃないからポイ捨てされた」

かといって嘘を言うのもはばかられたので、素直に出自を明かした。

――思えば、俺の運命が変わった日から結構経っている。そして、その日の出来事を何事もなく話せるようになっている自分に、少し驚いていた。

「そう、だったんですか……。ごめんなさい、つらいことを思い出させてしまって」

「いやいや、もう気にしてないからいいよ。今はこうして立派に冒険者やってるし、大切な仲間だってできた。後悔はしてないさ」

そんなことを気兼ねなく口に出せる自分が、少しだけ誇らしい。感慨深く思っていると、フィーアの頭を軽くなでていたアイザックが殊勝げに口を開く。

「強いんだな、お前は。そこまでのメンタル持ってる冒険者、ここらじゃ珍しいぞ?」

それは意外な言葉だった。てっきり冒険者はメンタルが強くないとやっていけないとばかり思っていたが、どうもその見解は間違っていたようだ。

「どういうことですか?」

「ん、知らねぇのか。……フィーア、説明頼む。俺そういうの苦手だ」

ぽんぽんと頭をたたかれているフィーアが、苦笑の表情を浮かべる。その笑みは柔らかく、彼らが長く信頼関係にあることを象徴しているような、そんな感想を抱くやりとりだった。

「しょうがないですねぇ、先輩は。……えぇと、基本的にこの世界の冒険者は、あらゆる依頼を一手に引き受ける何でも屋だということはご存知ですよね?そんな冒険者になる人間は、あこがれが高じた者や悪行から足を洗うため、果ては恨みつらみだったり、食いつなぐために所属する人間なんかも存在するんです。そしてそれらの人間たちが、必ずしも冒険者たりえる精神力を持っているわけではないんです」

なるほど。最初から備えて冒険者になるよりも、なってから培う人間が多いということなのだろう。そうなると、俺って結構異常なのか?でもこの鋼鉄メンタルは生まれつきだし、大したことじゃないと思っていたからなぁ。いまいち実感がわかない。首をかしげていると、アイザックがからからと笑う。

「ま、平たく言えばお前は度胸があるってことだ。しっかりした目をしてるし、将来はSSランクも夢じゃないかもな」

「ですね。この脳筋ノーキンな先輩もAランクまで来ているんですから、タクトさんならきっと行けると思います」

「おいフィーア、今さらっと俺をバカにしなかったか?」

「いえいえ、率直な感想を言っただけです」

懐疑的な目でにらむアイザックと人形のような微笑を浮かべるフィーア。デコボコだけどいいコンビなんだろうと思っていると、不意に隊商の先頭から声が響いた。

「護衛隊!前方から魔物が接近している、迎撃を頼むぞー!」

「――っと、出番みたいだな。行くぜ、フィーア、タクト!」

「「はい!」」

アイザックにならい、ルゥへと隊商に随伴する旨の指示を行ってから隊商先頭へと駆け出した。



「状況は?」

「あいつらだ。赤目の草原グマが行く手を遮ってやがるんだよ」

エンボロスの言葉に従って前方へと目を向けると、血濡れの瞳でこちらをまっすぐに射抜く草原グマがいた。その数、四匹といったところか。そういえば、アレグル森林やセラ森林ではあんな連中を見かけることはなかった。ひょっとするとこちらの大陸の原産なのかもしれないな――なんて考えながら剣を抜こうとすると、アイザックが手で制してきた。

「……年下がでしゃばんな。ここはひとつ、俺らの戦いを見ておきな?」

ドヤ顔でそんなことを言いながら、アイザックは背に吊った片刃の大剣を引き抜く。夕日を受けて輝く漆黒は、その剣がかなりの業物だということを無言で物語っているようだ。そんな感想を抱いていると、そのアイザックの横に、ローブの少女エレンが立つ。

「その通り、見ることもまた戦いだ。……少年、君は見たところ『アビリティ』を知らないようだな」

突然、エレンの口からどこかで聞き覚えのある単語が飛び出てきた。アビリティ――特殊能力、といった具合か。まさか、魔法以外にも特殊な攻撃技が存在しているのか?

「その目に焼き付けるんだね。……『ドラゴン・フレイム』!」

両手を前に――赤目森林グマに向けて突きつけたエレンが、声色高く叫ぶ。それと同時に、彼女の掌の先で紅蓮色の粒子が――否、火の粉が渦を巻き始めた。瞬く間にその火の粉は収束し、膨張し、巨大化し、バスケットボール大の火の玉へと姿を変える。

「行けぃ!!」

直後、火の玉が弾けたかと思うと、炎が竜のような姿をとって進撃を始めた。その速度たるや、メジャーリーガーの剛速球にも匹敵するのではないだろうか。

強烈な熱気と熱風をまき散らしながら、赤目森林グマの一体へと突き刺さった竜は、一瞬の膨張ののち大爆発を引き起こした。思わず視界を手でふさいだが、その隙間から灰になって崩れていくクマを目撃する。熱風が収まり、爆発が通り過ぎた後に、クマの亡骸はなかった。

――なんて威力だ。炎魔法の最上位であるメルイメテオでさえ、あの大きなクマを灰に帰すほどの高火力は叩き出せないはず。それは、アビリティがアビリティ足ることを、無言で物語る威力だった。しかも、あれほどの火力を持った技を繰り出した当のエレンは息ひとつ乱していない。それどころか、アイザックに向けて満面のドヤ顔を披露している。

「ほら、ザック。年下にいいところ見せるんだろう?お前もアビリティ見せてやれ」

「るせぇよババァ。――『ブースト』!」

ゴゥ!という風切り音が響いたかと思うと、アイザックが弾丸のように飛び出していた。何者の追随をも許さない、絶対無比の速度でクマの懐へと入り込んだアイザックが、剣を握っていないこぶしを握り締める。

「吹っ飛べえぇぇぇぇ!!」

直後、骨が折れるような内臓がつぶれるような、嫌な音が響いたかと思うと、アイザックよりも頭一つ大きな体躯を持っているはずのクマが天高く打ち上げられていた。それに追いすがるように、今度はアイザックが真上へと跳躍する。追いついた彼はすでに大剣を引き絞っており、次の瞬間には、大上段から振り下ろされた大剣が天空のクマを真っ二つに切り裂いていた。

どう考えても人が出せる力ではない。となると、あれもアビリティなのか。しかし、カノンたちはあんな力を持っていないはず。

こちらの大陸の人間にだけ現れるのか?難しい顔で考えているうちに、アイザックたちの攻撃によって瞬く間にクマは葬られていた。その光景を、やれやれと呆れながらフィーアが見ている。

「……先輩たち、ああ見えて血の気が多い人たちなんです。すみません、身内のお見苦しいところを見せてしまって」

「え、あ、うん。……えっと、フィーアさんはあの『アビリティ』っていうのは?」

「ええ、知っていますよ。私自身あんなものは持っていませんが、先輩とエレンさんがひっきりなしに使うので嫌でも目に入ります」

その瞳は母親のような、苦労人の瞳だった。さんざっぱら振り回されてるんだろうということが、聞かずにわかるというのもなんだか悲しい。だが、それで捨てないあたりはあの二人を信用しているのだろう。それも、言わずとも理解できた。

「ほんと、先輩たちは無茶で無鉄砲で無策で不器用。できることと言ったらああやってガンガンいこうぜ。他人に興味ないくせして面白いことがあったら引きずり込んで、その人に無茶苦茶なこと言ったり迷惑かけたり。いくら冒険者であり自由であっても、ちょっと失望です」

「半分愚痴だなそれ。……まぁ、ザックさんたちも悪気はないみたいだし」

「理解していますよ。それが先輩たちの持ち味だってことも、心得ているつもりです。他社への迷惑を反省しているかは別として」

やっぱりこの人お母さんだ。そんな感想を抱きながら、帰ってくるアイザックとエレンに向けて水魔法をぶち込むフィーアの小さな背を見ていた。

「もう少し周囲の被害を考えてください!ただでさえ二人の力はバカにならないっていうのに、それがほかの人に……」

……冷静に考えれば、尻に敷かれているのはアイザックなんじゃないだろうか。いや、俺には関係ないことか。



***



日も暮れるころ、俺たちのキャラバンは砂漠への入り口に設立されていた野営地へと到着した。今日はここで休憩し、明日の朝から数日かけて砂漠を縦断するらしい。幸いなことに中間地点付近にオアシスが存在しているため、そこでの休憩もできるのだそうだ。

大人数での食事も終えて、各々ゆっくりとくつろいでいる頃、俺はアイザックに「アビリティ」に関することを聞きに行っていた。彼も説明を快く引き受けてくれたものの、結局説明してくれるのはフィーアだったのはどうかと思う。

「……つまり、アビリティってのは『一定の形と属性を持たない魔法』ってことか」

「そうなりますね。基盤となる6属性から外れ、様々な形へと進化を遂げた魔法。それが『アビリティ』です。……あと、オリエンスなんかでは『無属性魔法』とも言われていますね」

なるほど、魔法というくくりに当てはめればそういういい方もあるのか。というか、そっちのほうが覚えやすい。

「それで、おそらくタクトさんが一番気にしている部分のことですけど」

「え?」

いきなりそんなことを言われ、素っ頓狂な声をあげてしまう。話しかけてきたフィーア本人は、何がおかしいのかくすくすと笑っている。

「……自分にもアビリティが使えるのか、ということが聞きたかったんですよね?ええ、読めてますよ」

図星だった。確かに俺は、休憩に入って食事をしている間、ずっと自分にもアビリティが使えないかどうかを考えていたのだ。誰にも言っていないし、そもそもそんな考えが誰かに看破されることなどそうそうない。読心術にたけた人間がいるなら話は別だが――読心術?

まさかと思って、考え込んでいた顔をフィーアに向けると、反応したのはやれやれと肩をすくめるアイザックだった。

「フィーア、からかうのもほどほどにしときな。ちゃんと説明してやれ」

「わかっていますよ、先輩。……お察しのとおり、あなたの考えが分かったのも私が持つアビリティ『マインドリーディング』の効果です。誰がなにを使えるか、という法則はないに等しく、基本的には突然使えるようになるんです。なので、残念ながら発動方法を教えることはできません」

実に残念だ。だが、アビリティにもいろいろな種類があるということが知れただけ有益だったと思うべきだろう。てっきりアイザックのような身体強化や、エレンの火炎攻撃など魔法の上位攻撃ぐらいしかないと思い込んでいたのだが、フィーアのような能力もあることが知れたのは実にありがたい。俺の思っていた以上に、アビリティというのは奥が深いらしい。アルネイト公国に着いたらいろいろ調べてみるか。

「タクト君!」

考えて唸っていると、突然カノンがこちらに声をかけてきた。振り向いて彼女の様子を確認していると、ずいぶんとご機嫌だ。「どした?」という俺の問いかけにうなずくと、周囲を見回してほかに人がいないかを確認する。

「アイザックさんたちも、来てください。アリスさんが、舞踏を披露してくれるらしいんです!」

アリス――というと、このたびに同行している踊り子のことだったはずだ。たしかこの大陸でも有名な人だと聞いていたので、その人の舞を見れるのはそうそうないのだろう。アイザックに至っては、護衛さまさまだと言いながらカノンと一緒に飛んで行ってしまった。

「……振り回される側は大変だな、フィーア」

「まったくです。……まぁ、見れるのは貴重ですからね。興奮するのはわかります」

あの人の場合は欲情かもですが、というとげのある言葉を背に受けながら、俺たちもそちらへと歩き出す。



ちなみに俺も踊りを見ることができたのだが、はっきり言ってどの辺がいいのかはわからなかった。もっとも、そんなことを言うとアイザックと魅了されたらしいゴーシュ他、数人の男冒険者にお説教を食らうことになるので黙っておくが。

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