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異世界行ったら門前払い食らいました  作者: 矢代大介
Chapter3 真実は精霊のみぞ知る
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第19話 燃ゆる世界の決闘

「おりゃああぁっ!!」

咆哮一発、俺の振りぬいた剣が、名も知れぬコモドドラゴンみたいな魔物をぶった切った。ミストレックスのような四足竜の幼生体のような見た目だが、正直今はそちらにかまっている暇はなかった。

とにかく暑いのだ。否、漢字で書くなら熱いのほうが正しいかもしれないと思うくらい、火山の中は暑い。

防熱対策の一つや二つ、街に行けばありそうだったのだが、あいにくとそちらの情報は仕入れていなかったのも災いしていた。額からはひっきりなしに汗が吹き出し、滑り止め用のグローブをつけていない手からは剣の柄がよくすっぽ抜ける。汗を吸って体にまとわりつく服が、どうしようもなくうっとおしい。

「――――くそっ」と思わず悪態をつきながら、それでも俺は前に進む。今戻ったら、格好つけて出ていった手前申し訳が立たないのだ。

それ以前に、観光目的の客さえ襲われているといううわさも聞いている。そんなやつを野放しにできないという俺の中の正義感が、俺の体を突き動かしていた。

目指すは、細い道の先にある火山の頂上。



***



「……ふひゅう」

頂上付近まで一気に駆け上ってきたせいで息が上がった俺は、横穴のような場所で休憩をとっていた。奥のほうには熱気が届かずひんやりとしており、ここまで登ってきた人間が休むにはこれ以上なく最適な場所だ。

もってきていた水を半分ほどまであおった後、残りは頭上からかけてオーバーヒート気味の頭を冷やす。保温機能を持った水筒――アレグリアで売っていた貴重品であり、結構な値がした――で助かったと心から思いつつ、ぶるぶると頭を振って水気を飛ばし立ち上がる。

目指す火山の頂上はすぐそこだ。どんな奴がいるのかという、不安と期待が入り混じった感情を持ちながら、俺は洞窟から飛び出た。とたん、吹き付けてくる熱気に顔をしかめるが、心なしかその熱は少しだけおさまっているような気がする。理由は不明だがともかくありがたいと感じつつ、細い道を歩く。

やがて青空が見える位置まで登ってきた俺の視界に、大理石のような質感を持った石材で組まれたらしい石橋が映った。

「――あいつ、か」

そしてその石橋の上に、人の影が見える。青空をふり仰いで座禅を組んでいるような体制なのでどんな人間かはわからないが、ともかくはあいつが主犯の賊とみて間違いはないはずだ。そう当たりをつけて、俺は力強く踏み出して石橋へと向かう。



「……へぇ、ちょっとは骨のありそうなやつが出てきたね」

発せられた言葉のトーンは、明らかに女性のそれだった。そして石橋のど真ん中に座り込み、胡坐をかいて笑うのもまた、見まごう事なき女性。

燃えるような真っ赤な頭髪は首の後ろで一本結びにされ、現在は石橋に垂れている。見開いて俺を見つめる瞳も、また炎のように赤い。

全身を包んでいるのは、黒と金で彩られたシンプルな戦闘装束だ。そして傍らの石橋の隙間に突き立っているのは――身の丈をゆうに超える大剣。その剣には、ところどころ赤黒い何かがこびりついている。それで、確信した。

「――お前か、ここを通る人を皆殺しにしてるってやつは」

多少の憤りを混ぜて、その女に向けて毅然と言い放つ。が、声をかけられた女はというと心外げな表情を作る。

「冗談言いなさんな、アタシは人間殺しなんてやっちゃいないよ。……あーまぁ、再起不能までは痛めつけちゃいるけどね」

けらけらと笑っておどけるその女は、とてもではないが横の大剣が似合うような人物ではなかった。どういうことだと訝しみつつも、俺は一歩踏み込んで質問を浴びせる。

「あんた、なんでこんなところでそんなことしてるんだ」

回りくどい言い方はせずに、なるべくストレートに。彼女に対する質問はそうしたほうがいいと、俺の直感が告げている。そしてその問いかけに対する彼女の返答もまた、同じようにストレートだった。

「上からのお達しだよ。ここに来て大精霊に会おうとする連中を、皆殺しにしろってね。……もっとも、骨のあるやつがいないんで皆一発殴ったらビビって逃げちまう。やる気が起きなくてタイクツしてたとこだ」

頬杖を突きながら愚痴る女性の瞳が、一瞬で鋭い切れ味を持つ刀のように細められた。おそらくは――こちらを見定める目。

「あんたはどうかな?ここまで来たんなら、大方後ろのあいつかアタシ目当てだろう?」

そういうと、女性は優美な動作で立ち上がり、傍らに突き立っていた大剣を、片手で軽々持ち上げた。がしゃん、という重い音を引き連れ、身の丈を超える大剣を肩に担ぐ。

戦う気だ。というか、どのみちこの女性に勝つか倒すかしないと、俺の目的である炎の大精霊の元までたどり着けない。俺よりも上の冒険者が容易くやられているという現実からはいったん目を背け、俺もまた腰に吊った二本の剣を音高く引き抜く。こちらの得物が二刀流ということを知り、女性は凶悪な笑みを浮かべた。先ほどまでのただの眉目秀麗な女性、というイメージは、この一瞬ですでに変わっている。今の彼女は、まるで獲物を前に舌なめずりする肉食獣のような獰猛さを秘めていた。

「楽しませてくれよ?……このアタシ、アベル四天王が一人『剛剣のレヴァンテ』をなァ!!」

直後、女性――レヴァンテが跳躍した。飛距離は、彼女の背の五倍ほど。

恐ろしい身体能力だ。あれほどの大きさの大剣を肩に担いだまま、火口のふちにまで届きそうなほどの跳躍を見せるとは。

身体能力でいえば、到底かなう相手ではない。機動戦に持ち込むのは不利だとあたりをつけ、相手から攻撃を仕掛けてくるのを待つことにした。

が、こちらが受け止める構えに入るその前に、レヴァンテの剣がうなりをあげて迫ってきた。跳躍力と大剣の重量を用いた、急降下攻撃。

「くぅ……っ!!」

間一髪、両の剣を交差させて踏ん張ることができた。グワキィン!という、おおよそ剣と剣がぶつかり合うそれではない音響が、俺の耳に届く。見ると、ほとんどおれの鼻先に触れるかというところで剣が静止していた。体勢的にはつばぜり合いだが、ほとんど勝敗は決しているようなものだ。

「――やるじゃんか。ここで戦ったやつで、アタシの剣を受け止めたやつは初めてだ!」

どことなく嬉しそうなレヴァンテの声がしたかと思うと、どけられた大剣が今度は横向けに振りぬかれた。防御は間に合ったがその重量は半端なものではなく、俺の体もまた横にふっとばされる。細い道を転がりながら停止した場所は、一歩でも後ろに下がれば溶岩にまっさかさまという危うい場所だった。もしガードできていなかったらと思うと、どうしようもない寒気が襲ってくる。思わず額を伝った脂汗をぬぐいながら、どうにか体勢を立てなおす。

「いいねいいねぇ……久々にまともに戦える奴が来てくれたぜ」

レヴァンテはそういうが、たった一撃くらっただけのこちらはフラフラだ。目の焦点が合わず、彼女の姿が霞がかって見える。

一撃が重過ぎる。次を食らえば、意識が飛んでしまうに違いない。それだけは、何としても避けないといけない。

「オラオラオラァァ!!」

だが、残念ながら相手は手加減してくれない。再度うなりをあげて飛んできた大剣を、今度はどうにか紙一重で避けて、こちらもようやく反撃に入る。左の剣を振り、相手の足を狙った一撃は――空を切った。

なぜ、という疑問符が、俺の頭を駆け巡る。確かに目の前にはレヴァンテがいて、俺の剣はその足をとらえていたはずだ。

――いや。違う、違った。俺が振った剣は、レヴァンテの足先を薙いでいた。あてたように見えたのは、ただの幻。

「終わりだ、剣士サン。面白かったぜ?」

直後、横殴りの衝撃が俺の体を吹き飛ばした。明滅する視界でとらえたのは、レヴァンテが大剣を振りぬいた体勢で見せた、強い微笑み。



そして、眼下に広がる真っ赤な、真っ赤な海。

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