第12話 共に歩む仲間
「それでは、以上をもって第22期生の卒業試験を終了とする!合格となった生徒……カノン・プリム、シェイド・ゴードン、ダイン・トーラス、以上三名は卒業証書と選別を渡すので、後ほど校長室へ来るように。……解散!」
アグニを倒した俺は、あの後レブルクの街を走り回っていた。手遅れになる前に、カノンに嫌な思いをさせる前に、その一心だけで、俺はいろいろなところを走り回っていた。
裏路地は入り組んでおり、探し回るのには相当な苦労を強いられることとなったが、あきらめるわけにはいかないと自分を叱咤する。時計塔の長針はすでに7の位置を――35分を指し示しており、あと半時間ほどで一次試験が終了してしまうことを伝えていた。先に戻った魔法学校に彼女の姿がなかった以上、まだこの町のどこかにいるはずだ。そう自分に言い聞かせ、行使し続けて痛む足に鞭打ち走る。
見つけたきっかけは、ほとんど確証のないカンだった。むしろ、見つけられたことが奇跡だったといっても過言ではない。
裏路地を当てもなく走っていた俺は、はたと立ち止って周囲を見回す。――何かを感じるのだ。ザクロと戦った時にも感じ、アグニと戦った時にも感じた「魔力素子の流れ」を。
その流れが、どこかに向かって続いていた。アテもないこの状況で俺は、縋れるものに縋れという心の声のまま、魔力素子が流れる方向へと一心不乱に走る。そうして見つけたのが、俺よりも2~3歳年上そうな青年と、その青年におびえて座り込む、カノンだったのだ。
疲れも忘れて振りぬいた剣から衝撃波を繰り出し、訳も分からず動転していたカノンの細い腰に手をまわして引っ張り上げ――そこで、カノンの両手足が縛られていたことに気付いた。おそらく、背中に衝撃波を食らってのたうち回っているこの男の所為だろう。
言いようもない怒りを覚えた俺はもう一度衝撃波をぶち込んで男を昏倒させて、時計塔の方向へと駈け出し、今に至る。
「お疲れ、カノン」
「はい。……あの、ありがとうございました」
腰を折って一礼するカノンに、俺はかぶりを振る。
「別に、大したことはしてないよ。……結果的に合格だったからいいけど、下手したらカノンがひどい目に合ってたかもしれない。……ごめん、守り切れなくて」
反射的に頭を下げると、先に頭を上げていたカノンが笑う声が聞こえた。同時に肩に触れた手で体制を戻され、後ろに手を組んだカノンが微笑む。
「終わり良ければ総て良し、ですよ。それじゃ、私は校長室に行ってきます」
「わかった」
返事を返して歩き出したカノンの背中を見つめながら、俺はふと考える。彼女はこの先、どこでどうやって生きていくのだろうか。
カノンの実力なら、冒険者になって活躍するには十分だ。知識と知恵もあるので、ここでそのまま教員になるのも一興なのかもしれない。
そんなことを考えている自分に違和感を覚えつつ、とにかくは後ろに現れた人影のほうへと振り向く。
「……ご苦労だったな、カドミヤ。君の尽力がなければ、今頃カノンは卒業できなかっただろう」
そこにいたのは、柔和に微笑んでカノンを見つめるリラさんだった。喜びを抑えられないという表情の彼女に苦笑しつつ、俺は首を振る。
「護衛したのは俺でも、試験をやったのはカノンです。合格して卒業できるのは、カノンの実力ですよ」
「そう、か。……そうだな」
微妙な面持ちでしきりにうなずいていたリラさんが、ふと遠くを見つめる。
「……知っているかもしれないが、あの子は逸材と言っていいほど優秀な子だ。でもあの子の出生が原因で、あの子はそんなことを言われる資格なんてない、と口癖のように言っていたんだよ」
そういえば、出会った日にそんなことを言っていた気がする。その時は魔法の勉強に力を注いでいたせいですっかり忘れていたが、確かに彼女は節々で謙遜していた。この数日間の彼女の言動を思い返していると、でも、と言うリラさんの声が響く。
「君が護衛として付き添うようになってから、どういうわけかいつもの憂鬱気な雰囲気がなくなったんだ。気づいているかい?」
リラさんの問いかけに、俺はうなずく。最初に出会って、依頼の説明を受けているときのカノンは、表情こそ普通だが人にはわからない暗いオーラをまとっていたのを覚えている。それが晴れたのは、たしか魔法を教わっている時だったか。
「……相談に乗りました。世界を見返すのが最良なのかって聞かれて、自分がやりたいことをやればいい、って」
それだけしか説くことはできなかったが、結果的に彼女はそこから明るくなったのは事実だ。曲がりなりにも彼女の立ち直りに貢献できたのならうれしいのだが――という考えは、感慨深げなリラさんの言葉によって中断された。
「カノンが、後で君に話したいことがあるんだそうだ。……ここじゃ何だから、夜に街の『スズラン亭』って店に行かせるよ」
それだけ告げると、リラさんは踵を返して立ち去って行った。
***
リラさんに言われた通りの店を探して中に入ってみると、そこは何の変哲もない食堂のような店だった。冒険者のような人間の姿がちらほら見えることから、ここは冒険者たちのたまり場にもなっているのだろうか……ということを考えながら中を歩いていると、すぐにカノンの姿は見つかった。なれない場所に来たせいかあたりを見回しているおかげで、俺のことも見つけてくれたらしい。
「ごめんごめん、待ってたか?」
「ううん、待ってないよ。来てくれてありがと」
――ん、なんか違くないか?少し動きを止めて彼女を観察するが、特に変わったことはない。昼間はつけていなかったベルトポーチと短杖を携帯するためのホルスターがベルトについている以外は、いたっていつも通りだ。服装も同じなら髪型も同じ。
「……私の顔に何かついてる?」
「え、あ、いやっ、なんでもない」
首をかしげたカノンに作り笑いで苦笑を返し、とりあえずはいすに座り込む。
「それで、俺に話したいことって?」
届いた飲み物で口の中を湿らせた後、改めてカノンが俺を呼び出した理由を聞いてみた。彼女は数秒黙り込んで何かを考えたのち、思い切ったような表情で口を開く。
「……えっと、タクトくんはこの後、どこか旅に行くの?」
「ん……そうだな。っつってもまだ行先は決まってないから、いつ街を出るのかも決まってないけど」
答えを返しながら、回答になってないぞと内心で突っ込む。一方で当のカノンは何かを迷っているようで、あちこちに目をそらしつつ俺のことをうかがっていた。……若干視線に熱が入っているのは気のせいだろうか?気のせいだ、きっとそうだ。
「あの、タクトくん」
「ん」
数分が過ぎようとした頃、ようやく何かを決めたらしいカノンが、少しだけ身を乗り出して俺に言葉をぶつけてきた。
いきなりだったので間抜けな返事だけしか返せなかったが、カノンの言葉は続く。
「その……っ、もしよければ」
「見つけたぞタクトオォォォ!!」
「ぬわーーっっ!!?」
だが、カノンがその言葉を言い終える前に、突如俺の後ろから伸びてきた手が俺にヘッドロックをかけてきた。あんまりにもびっくりしたので変な悲鳴を上げつつ、ヘッドロックをかけてきた張本人の顔を見て――。
「……あ、お、ゼック!」
「おうよ、覚えてたかタクト!久しぶりだなぁ」
そこにいたのは、このレブルクに立ち寄るきっかけを作った行商人ゼック・バートその人だった。てっきりもう行商を終えて別の町に向かっていたと思っていたのだが、まだこの街にいたとは驚きだ。
そんなことを考えていることが顔に出ていたらしく、今度はこめかみをグリグリされる。気持ちのいい笑顔がおまけでついてきた。
「タクトよぉ、さっそく女こさえてやがんのか!うらやましぃねー、今度俺にも紹介しろっての」
「てめっ、離しやがれください!ヒゲ、ヒゲいたいっす!」
向かい側でカノンが呆気にとられているのが見える。こんな光景見られたかない……だから彼女できないんだよゼック!
「んで、ゼックさんはどうしてここに?」
数分後、ゼックのこととカノンのことを互いに説明した俺は、改めてゼックにここへ来た理由を問いかける。
「おう、それなんだ。……俺は明々後日にここでの行商を切り上げて、海を渡ろうと思ってな。そのために、ここから南西にある港町の『セルビス』ってとこに行こうと計画していたんだが、困ったことにその道中にある『セラ森林』でおかしな霧が発生するって言われてな」
「おかしな……霧?」
俺とゼックの疑問は、しかしカノンからもたらされた情報で解決された。
「『魔障霧』のことですね。文字通り魔力素子で構成された、冒険者の視界を阻む霧……って教わりました」
魔力素子は俺やザクロが使用する衝撃波攻撃の大本になる力なのだが、形を変えて人を阻害するとは思わなかった。カノンの説明に少し衝撃を受けながら、一つ思い至った考えを口にする。
「……ってことは、また俺に?」
「おう、護衛を頼もうと思ってるんだ。まぁお前の都合が悪いなら一人で行かせてもらうが、どうする?」
正直言って、ゼックは護衛なしでもやっていけると感じていた。ザクロとの戦いの際、襲ってきた野盗相手に愛用の棍棒をぶん回して無双していたのが見えたのである。ザクロとの戦いのときも野盗たちをひきつけていてくれたし、正直俺必要なかったんじゃないかと思う。
風貌に似あう豪快さを持つ彼に護衛は必要なさそうなのだが、それでもこうして申し出てくれたのはうれしい。せっかくの心遣いだ、乗らせてもらうとしよう。
「引き受けますよ。ちょうど行き先に困ってたんで、ありがたいです」
「そうか、助かる!あのザクロを退けたやつが味方なら心強いぜ!」
豪快に笑うゼックが俺の肩をブッ叩く傍ら、カノンのほうはどこか意気消沈したような感じがした。しかしその表情はすぐに消え去り、毅然とした表情に変わったカノンがゼックに声をかける。
「あの……私もついて言って構いませんか?」
「ん?構わないけど……嬢ちゃん、魔法学校の生徒なんじゃないのか?」
ゼックの疑問は当然のことだろう。彼女の羽織っているケープは、その魔法学校の紋章が刻まれているのだから。
「いや、学生だったのは今日までさ。カノンは卒業生なんだ」
「ほぉぉー、あの難関校を卒業した小娘と来たか!それなら心強い、ぜひ頼むぜ!」
若干興奮気味のゼックに微笑みかけたカノンが、次いで俺のほうを向く。
「この際だから、一緒に言っておきたいことがあるんだ。……タクトくん、私を旅に連れて行ってくれない?」
その口から発された言葉を、しばし理解するのが遅れた。連れていく、という言葉から連想されるのは、旅に同行するということだ。だが、それを言うならゼックに頼めば旅をすることはできるし、なによりこのオッサンも喜ぶ。
などという方向に思考が迷走したのち、最終的に行き着いた結論は「俺とカノンが旅をする」というものだった。
それなら俺に向けて言ったことも納得できるのだが、一体全体どういう風の吹き回しだろうか?
「え……あぁ、うん、かまわない、けど……?」
「おいコラタクトぉ!お前というやつはなんという羨ましいことになっていやがる!どこでコネを持った、吐け、吐け若造オォォォォ!!」
「痛い痛い痛い痛い!入ってる、入ってるってかなんで泣いてるんすかゼックさん?!」
ともかく、この面倒くさい人に振り回される人が増えただけ安堵するべきか、どうなのか。
ヘタすればセクハラに及ぶ可能性もあるから、とりあえず監視だけはしっかりしておこう。そう考えて、一つため息をついた。
2014/01/24…来週月曜日からお仕事出動要請が入ってしまったため、ただでさえ遅い更新速度がさらに遅延してしまいそうです。
こんなに評価点をいただいた手前申し訳ありませんが、楽しみにしていただいている方にはなにとぞご了承願います。




