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異世界行ったら門前払い食らいました  作者: 矢代大介
Chapter2 旅路の仲間たち
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第10話 冒険者と魔法使いと退学生

粉砕。英語で言うならデストロイ。

がらがらと音を立てて崩れていく石の壁を全身に浴びながら、俺はどうしてこうなったんだと思いっきり叫びたい衝動に駆られた。



***



事の発端は、今日の早朝にさかのぼる。

昨日、宿屋に直行して食事もそこそこにベッドにもぐりこんだ俺は死んだように眠り、気が付いたらもう朝になっていた。時計――神器と呼ばれる機械「刻指ノ針ときさしのはり」というらしい――はすでに9時半を指しており、ぎょっとしながらすぐに朝食を食べ、その足で俺は魔法学校の正門へと向かっている。理由はもちろん、カノンの護衛だ。

学校の外へ出かけるということは、つまるところ退学処分になったアグニが自由に動ける場所へと行くことに等しい。そんな嫌がらせの可能性が常時付きまとう場所に、一人でいかせるわけにはいかないのだ。むろん依頼を受けた身として。



10時になる少し前には正門へ到着し、時計塔が10時の鐘を鳴らすのに合わせて、カノンも到着した。

「すみません、お待たせしちゃいました」

「大丈夫、俺も寝坊して今来たところだからさ」

……なんだこのなんちゃってカップル風味な会話。内心でちょっと寒気を覚えながら、改めてカノンに行先を聞くことにする。

「それで、今日はどこに行くんだ?」

至極普通に問いかけたはずだったが、カノンは少し神妙な表情になる。

「……えぇと、タクトさんは冒険者ですよね?」

「え……あぁ、そうだけど」

正直、そのカノンの質問で嫌な予感はしていた。いたのだが、護衛する立場である都合上彼女を守らねばならないわけであり。

「あの、お願いですっ。私を……ダンジョンに連れてってもらえませんか?」

結局、その予感は的中することになる。



***



そうして時間は戻り、現在はレブルク郊外に位置するダンジョン「カルカマス遺跡」。

ここに来た理由はズバリ、もうじき学校を卒業するカノンが冒険者としての道を志望したため、前もって冒険者証を作成して卒業と同時に旅に出たい、という彼女の要望だった。俺の時のようにモンスターの討伐ではなかったのは幸いだったが、目的の品として提示された物品が、このカルカマス遺跡の最奥でしかとれないという難儀な代物だったので、クエストの遂行を遅れに遅らせた結果、こうして俺が同行することになったのだ。

――そんな、かつて古代カルカマス人が作り上げたといわれている古代遺跡の中で、俺とカノンは現在、立ちはだかった守護者(ザコ敵)との激闘を繰り広げていた。

無数の岩で構成された巨人――平たく言えば「ゴーレム」の戦闘力は、はっきり言って今の俺には到底どうにかできるレベルではない。

事実、こぶしの一振りだけで遺跡の壁をたやすく粉砕してくれるのだ。そのうえ岩という性質上剣も通用せず、泥沼の戦いが続いた結果、進むことも退くこともできない状況に陥ってしまった。

しかも俺が懐に入って戦っているので、カノンお得意の魔法攻撃も俺を巻き込む恐れがあるせいか使用できない。加えて、カノンにとっては初めての実践経験だったということも手伝い、彼女は腰が引けているらしいのだ。

最悪な状況だったが、どうにか打破しなければいけない。よくあるRPGでは、こういう物理攻撃に強い敵はたいてい魔法に弱いという性質を持っている。このゴーレムも同じ性質を持っているかどうかはわからないが、可能性がある以上賭けるしかない。

「う、くっ……カノン、俺を巻き込んでいい!魔法をっ!」

「でも、タクトさん!」

「いいから!ここで負けりゃカノンにも被害が行く……そうなったらっ」

そこまで言って、接近してきたゴーレムの拳に気付いた。すんでのところで両手の剣を使って受け止めるが、踏ん張ったにもかかわらず実に1m近く後退させられた。全身が軋むような嫌な感覚を振り払いながら、俺は叫ぶ。

「護衛の名が廃るんだっ!……安心しろ、死ぬまではいかない。だから――――やれぇっ!!」

そこで、ようやくカノンは踏ん切りがついたらしい。意を決したように表情を引き締め、右手に握っていた杖をゴーレム――そしてその懐にいる俺に向けて構える。

「――――ウォトム・ワズル=メイワルクー……『広き激流の波動メガワイド・ウォーターエミッション』!!」

瞬間、凝縮した光が水滴となり、コップ一杯ほどの水になり、水球がぐんぐん肥大化して――突然、はじけた。それを皮切りに、どうどうと爆音を鳴らして、まるで津波のごとき勢いと化した水の激流が周囲一帯を飲み込む。むろんその中には俺と、対峙していたゴーレムも含まれる――使用者本人に被害はいかないらしい――ので、迫ってきた水流をまともに食らう結果となった。

「うぼぁふっ!」

というか、意外と普通の水である。せいぜいボートの波を受けたぐらいしかダメージはないのだが、そもそも水属性の魔法は、射撃の形でで使用するのが常識らしい。

だが、今回は急を要する事態、ましてカノンは正確にあてられるか自信がないと言っていたので、この判断は結果的に正解といえるだろう。現に、この激流を受けたゴーレムは水流に押し流されこそしていないものの、水の中でもがいていた。

「――っぶぁっ!……カノン、射撃であいつをぶち抜け!」

「はいっ!ウォトム・バトク=ギルファトナ……『超速の水砲ギガファスト・ウォーターバスター』!!」

再び杖の先に集束した水滴が、今度は一条のレーザーのごとく鋭く噴き出す。回避させる暇もなくゴーレムに突き刺さった水流は、ゴーレムの胴体をいとも簡単に突き抜けて、その体躯を瓦解させた。



「……ふぅっ、お疲れカノン」

「お、お疲れ様ですっ」

数分後、水の引いた遺跡通路内で、俺たちはとりあえずの勝利を喜んでいた。怪我はないかと心配してくるが、プチ津波をまともに受けたくらいで大した傷はない。

「大丈夫だよ。ちょっと水は飲んだけど」

「そうですか……。にしても、冒険者の人ってすごいんですね」

崩れ落ちたゴーレムを見つめて、カノンがため息をつくその溜息はあきれたというより、面倒だというより、感心しているかのような、そんな色を含んだ溜息だった。

「そうだな。……俺もまだ冒険者になって日は浅いけど、正直上のほうのランクになんて上がれる気がしないよ」

とはいうが、実際のところすでに最低ランクであるEは脱し、本格的に冒険者として動き出すDランクになっているのも事実だ。

才能と積み重ねた技量がものをいうこの世界で俺がどこまで通用するのか、それを試してみたいという気持ちもまだ燻っている。

「……んじゃ、奥に行くか。アイテムは……なんて名前だったっけ?」

「たしか、『古代魔石のかけら』です。……あの、タクトさん」

踵を返して進もうとしたとき、ふいのカノンの言葉が俺の足を止めた。

「重ね重ね、ありがとうございます。こんな無茶に付き合ってくれて」

カノンからの感謝の言葉は、同行を承諾したとき、遺跡に来る途中、遺跡にたどり着いて突入する直前と、すでに3回聞いている。

それくらい彼女は、俺の同行に感謝したいのだろう。ならば、その気持ちは受け取らなければ失礼だ。

「気にするな。俺だって、こうやって冒険できるのが楽しいのさ」

まぁ、気の利いたことが言えないのは悲しいが。



***



その後、カノンの魔法が大活躍したおかげで道中のゴーレムは一掃でき、無事に目的のアイテムである「古代魔石のかけら」入手。滞りなく冒険者ギルドにカノンが登録でき、現在は二人で街を歩いていた。

学校に戻る案もあったのだが、カノンがぜひお礼にと食事のおいしい店を紹介してくれるという。正直嫌な予感しかしなかったのだが、善意からの行動を断れるわけもなく、こうして俺とカノンは街を歩いている。

「それで、その店って何の店なんだ?」

「麺もの全般を扱ってるお店ですね。あのお店のフルーツパスタっていうのが美味しいんですよ!……ほかの人はゲテモノ料理だって言って、頼みすらしないんですけど」

そういってすこし頬を膨らませるカノンだったが、俺の直感は告げている。それは食べてはいけないと。

向こうの世界にもフルーツパスタというものはあったのだが、周囲からゲテモノ呼ばわりさせるほどとはいかがなものか。

――カノンは味オンチなのだろう。そうあたりをつけて、期待しないようにカノンの後をついていく。

が、少し歩いたところで、カノンがぴたりと足を止めた。危うくぶつかりそうになってよろけつつ、どうしたのかをカノンに聞く―――その前に。

「よぅ、カノン!なんだ、いっちょ前に男作ってんのかよ」

彼女の目の前に、体格のいい金髪角刈りの男が立ちふさがっていた。いかにも不良然としたガラの悪そうな目が、まるで獲物をしとめた肉食獣のごとくねちっこい視線を送っている。

その男を目にして数歩後ずさったカノンが、俺にだけ聞こえる声量でささやいた。

「……こいつです、アグニ・ゼルヴァイン」

思わずはっとして、不良――アグニを一瞥する。先ほどから嫌な予感はしていたのだが、よもや的中してしまうとは。

――アグニ・ゼルヴァイン。カノンを護衛するきっかけとなった、あるいは元凶となった、元魔法学校の生徒。素行の悪さから、最終的にカノンの師匠である教師リラに実力で打ち負かされた、問題児。そんな人間と、出会ってしまった。

内心で歯噛みしつつ、ともかくはおびえるカノンを俺の陰に隠して、アグニをにらみつける。

「……あん、なんだお前。そいつのトモダチか?」

「そうだ。……カノンから聞いたぞ、逆恨みでこの子に嫌な思いさせてるんだってな」

俺の主張に、しかしアグニはけっ、とだけつぶやく。

「言いがかりも大概にしろや。俺が退学になったのはカノンそのクソアマの師匠のせいだぞ?何の罪もない俺を退学にさせたんだ、そのツケは弟子が取るべきだろうよ!」

そのアグニの一言で、俺は確信した。――――こいつ、何をしたのかを、しているのかを理解していない。

下手をすれば――いや、もうしなくても、元の世界なら犯罪者としてまかり通っても不思議ではないレベルの嫌がらせを行っているのだ。それを逆恨みを言い訳に正当化するなんて……。

「……お前、自分がなんで退学になったのかわかってないだろうが!」

「わかるわけねぇだろ!俺が何をした?ただ学生として青春を謳歌していただけじゃねぇかよ。それがどうしてクソ教師の一存だけで退学させられにゃならねぇんだよ!!」

「人に迷惑をかけたって自覚はないのかよ!」

「迷惑かけたって誰が言ってんだ!その女か、あのクソ教師か、それとも先公共か?だったらそれは俺につけられた言いがかりだよ!どんな気持ちで叩き出されたかも知らねぇで!」

自分が正しいと思っているからこその剣幕に押されつつ、俺は内心で呆れ果てていた。というかこいつ、本当にいかれてるんじゃなかろうか。

「だからこそきちんと知らしめるんだよ!罪もねぇ奴に濡れ衣着せたらどうなるか、その女を使ってなぁ!!」

――――その一言が、俺の中の何かを刺激した。口も開かず腰の剣を抜き放ち、額に青筋を浮かべるアグニののど元にその切っ先を突きつける。

「……あん?なんだよガキ。その剣で俺を殺すか?――――だったらよぉ」

瞬間、横殴りの衝撃が俺を襲った。同時に視界もぐらと揺らぎ、気づいた時には石畳に体を伏せていた。

「――俺も、相応に抵抗はさせて貰うぞ?」

どうやら、思いっきり殴り飛ばされたようだ。狼狽するカノンが駆け寄ってきて「大丈夫ですかっ?!」と声をかけてくるのに心配ないと返しながら、俺はまだ右手に握ったままだった剣を鞘にしまい込む。

「…………こんなとこで問題起こして冒険者人生終わらせたくないからな。非常にシャクだけど、お前を殴るのはまた今度だ」

「はっ、うるせぇんだよ甘ちゃん。なんだ、そのクソアマにいいとこ見せるために罪もないやつを殴るのか?」

「バカ言うんじゃねぇ。……絶対に報いを受けさせてやるからな」

それだけ吐き捨てると、俺はカノンの腕を引いてこの場を後にした。正直、これ以上アグニとの口論を繰り広げていると、本気であのムカつく面をぶん殴るかもしれないのだ。人目がある以上、傷害沙汰は避けなければいけない。



「……ごめんなカノン、何もしてやれなくて」

暗い路地裏で、壁に背を預けた俺は無意識のうち、カノンに謝っていた。やったことといえば、アグニに対して噛みついて、殴り飛ばされただけ。

――――人一人守れないのが、本気で悔しく感じたのはいつぶりだろう。

思えば俺は、昔から人を守るようなことをしなかった気がする。友人たち数人とやったおにごっこで友達がけがをした時も、何をするでもなくおろおろしながら見つめるだけ。気の合う悪ガキとふざけて、俺のミスが原因で愚行が発覚して

まとめて教師に怒られているときも、ただ怒られているだけ。

――ゼックとの旅の途中、彼に気をかけずにただザクロとの戦いに没頭していた時もそうだ。結果的に彼に危害は加わらなかったが、もっと統率のとれた野盗たちなら彼を人質にすることもしていただろう。

思い出せばきりがない。耐え切れなくなって空を仰ぐと同時に、いくらか暗い調子のカノンの声が耳に入った。

「気にしないでください。……タクトさんがいなかったら、もっとヒドイ仕打ちを受けてたと思いますから」

その気遣うような声色が、苦しい。

「……学校まで送る。これ以上外にいると、アグニにかぎつけられるかもしれない」

一人になりたいという、完全な建前だ。だけどカノンも何かを察してくれたのか、頷くだけで肯定してくれる。



――守らなきゃいけないのに、守られているような気がする。

せめて、残りの時間はきちんと守らなければいけない。



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