痛恨のメタモルフォーゼ
変身を完了したダイヤモンドとエメラルドだったが、覚悟をしていたとはいえ、いざ自分の戦闘服姿を目にするや、がっくりと首をうなだれた。そんな二人の様子に、早く怪人を倒しに行きたいルビーが焦れて尋ねる。
「今度は何?」
その問いに、ダイヤモンドが暗い表情のまま答えた。
「変身したら、もしかしたらって思ったんだけど・・・やっぱりメタボなままだった・・・」
「はぁ!?そんなのしょうがないでしょ!!あれだけごねたんだし、最初からわかってたことだったんじゃないの?」
「でもさ・・・昔から変身した時は、ちょっと美化っていうか、髪の毛の色とか違ったりしてたじゃない。だから・・・もしかしたら少しくらい細くなってたりしたら嬉しいかなあ~なんて思ったりしないでもなかったんだよね・・・」
回りくどく言ってはいるが、要するに、変身によって体型が補正されるのを期待していたというわけだ。そんな都合知るか、そんなことのために正義の味方になるわけじゃないだろうと脱力する。
「あんたねえー!!いったいどんな思考の組み立て方をしたら、そういう図々しい発想がわいてきて結論出せるのよ!!」
いらいらしたルビーの詰問にも、ダイヤモンドは悪びれていない。
「だって、ルビーたちはもともとそんなに変化がなかったし、太ってないからわかりにくいだけで、私とエメラルドみたいに振り幅が大きかったら、ああ細くなってるねみたいに、はっきり違いが現れるかもって思ったんだもん!」
「ああ~!!もうっ!!」
呆れてものが言えないとばかりに、髪の毛を激しくかきむしったルビーに、エメラルドが申し訳なさそうな顔つきで謝罪した。
「ごめんなさい・・・実は私も、結構期待してたの・・・」
「エメラルドまで!?」
ここまでずっと言葉を失っていたサファイアだったが、とうとうこらえきれなくなって声を上げる。が、そんなみんなの空気も気にせず、ダイヤモンドが仲間とばかりに同調した。
「だよねー!!やっぱり考えちゃうよね!!」
「女ですものね」
何をのんきにと放心していると、予想外にもオパールまで参加し始めた。
「女だからって言われたら、やっぱり気持ちはわかるわ。おしゃれすると心が弾むわよね」
だったらダイエットでも何でもしてくれ。ただしそれはこの戦いが終わってから、個人的にがんばってくれ。そしてオパールは余計な同意をして、これ以上話をこじれさせないでくれと叫びだしたいルビーとサファイアだったが、本当に叫んでしまったら、またややこしいことになるのは目に見えている。
二人は文句をぐっと飲み込み、とにかく戦いに引っ張り出さなければと気持ちを切り替えた。
「とりあえず!!怪人を倒しに行くわよ!!・・・この街をこれ以上めちゃめちゃにされちゃあ困るんだから!」
「あ、そうね」
さすがに正義の大義名分まで、忘れたわけではないらしい。雑談に興じていた三人は、やっと本来の目的に立ち返ってくれた。
街の広場にたどり着くと、怪人が街頭をつかんで振り回していた。その周囲に、ある者は逃げまどい、またある者は腰を抜かし、いつもの明るい「みんなの広場」という雰囲気はすっかり失われていた。
「ひどい・・・こんなに壊して!」
「もっと早く到着できていたら・・・」
ルビーとサファイアのつぶやきには、若干の嫌味が潜んでいたが、しかし今のダイヤモンドとエメラルドにとっては、そんな皮肉など些末な問題だった。このコスチュームで人前にでる以上には。
「さあ、リーダー!!どうする!?」
が、振り向いたそこにダイヤモンドとエメラルドはいなかった。
「ちょっと・・・リーダー!?ダイヤモンド!?エメラルド!?」
大きな声で周囲を見回すと、広場の隅にあるベンチから二人の声が返事をする。
「はあ~い・・・ここで~す」
「逃げてないから、ちゃんといるから~」
声の方向へと視線を向けると、ベンチの裏で身を寄せ合ってしゃがみこむ二人を見つけた。この期に及んでなお、スタイルを気にして無駄な抵抗を試みているらしい。
「そんな場所にいたら逃げてるのと同じでしょ!!」
「でもちゃんといるし~」
ダイヤモンドの言い訳に、これ以上何の言葉を尽くせというのかと途方に暮れた。
「もういいよ・・・もう知らないから・・・。私たちだけで戦おう」
ついにルビーはさじを投げ、サファイアとオパールに顔を向ける。彼女たちもまた説得の手段を思いつけないらしい。特にフォローすることもなく、そのままルビーに従った。その様子に、さすがのダイヤモンドとエメラルドも、胸が罪悪感で苛まれる。
「あ・・・行っちゃうわ・・・」
戸惑いながらエメラルドが三人の後姿を目で追うが、しかしだからといって体は動かない。割り切ろうとして変身まではしてみたものの、コンプレックスをそうそう簡単に解消できるはずもないのだ。
「どうしよう・・・」
互いに顔を見合わせながら、二人はどちらともなくつぶやいた。追いかけるべきなのはわかっている。だが、追いかけるということはすなわち、逃げ惑う人々にこの姿を見られるということ。合わせていた視線をそらして我が身に注意を向けると、コスチュームを今にも引き裂くのではと不安になる、三段腹がとびこんでくる。
「ああ・・・!!まさかこの年になって、こんなことになるなんて!ましてダイヤモンドと私以外、体型を維持できてるのに・・・私はダメな女なんだわ!!」
「確かに・・・ラブドリのころに永遠の戦士だのなんだの、調子に乗って言ってたけど・・・でも考えたらこんなの、この年齢でできるわけないのよね」
「せめてあと20年・・・ううん、10年でいいから若かったら、もうちょっとなんとかなったのに・・・」
「エメラルド、10年前じゃ私、もう子供産んでるから充分やばいよ・・・」
「そっか、じゃあ私もだめだわ。それなら20年前なら・・・」
20年の、23歳の自分が変身している姿を想像してみた。人生で一番スタイルにメリハリがあったあの頃、このフリフリミニを身に着けたと仮定する。が、どうしても正義の味方とは思えなかった。
「コミケのコスプレの人か、繁華街で働いてるいかがわしい仕事の人って感じよね」
「エメラルドもそう感じた?私も。なんていうか・・・愛っていうより、欲望にまみれてるよね・・・」
やっぱりこういうことは色気がにじむ前の中学生が限度だよなと、改めて再確認する二人だった。